深く潜れ(Dive Deep)! キネシオロジー&クラニオセイクラル・ワーク(クラニオ)の蒼穹堂治療室

「ココロとカラダ」再生研究所、蒼穹堂治療室が送る、マニアックなまでに深く濃い、極私的治療論とお役立ち(?)情報の数々。

出番だ

2015-02-25 17:55:28 | 心身宇宙論

治療家、セラピストなんて商売をやっていると、全員が全員というわけではないだろうけれど、スピリチュアル(霊的)や宗教的なこと、時にはオカルティックなことにも何らかの関わりを持つようになる。

いきなり大きな話になってしまって恐縮だが、「生物はなぜ進化してきたのか」という問いに対して、私の1つの答は「生物は進化を指向するように最初から作られているから」である。

ここで言う「進化」とは生物学的な形態の変化を意味するが、形態の変化とは存在そのものの変化であり、そこには広い意味での霊的な変化が含まれれていると見るなら、人が(霊的な)進化を望むのも、生物として最初からそう作られているから、なのかもしれない。つまりスピリチュアル、宗教的なものへの志向は、あらかじめ生物という存在の中にプログラミングされているのだとも考えられる。

今回は劇場アニメ『千年女優』のテーマ曲「Rotation(LOTSU-2)」をBGMに、ひすいこたろうさんのメルマガ「名言セラピー」を引用する。(明治政府が政治的にでっち上げた国家神道ではなく)この国に連綿と続く神道の特異性と豊穣さが、体の中に涼やかな風を呼びこむように、とても心地いい。



「世界一ふざけた夢の叶え方」
の出版記念ツアーで、熊本に行ったとき、
ある神社で正式参拝をさせていただいたんですね。

で、そのあと神主さんが僕らに問いかけてきたのがこの質問です。


「日本の神道と、外国の宗教、どこが一番違うと思いますか?」

え?なんだろう?
わかんない・・・。
すると、菅野一勢さんが口をひらきました。

え? わかったの?


「日本の宗教と外国の宗教は言葉が違うと思います」


外国なんだから、当たり前だろ!^^


「……そ、そ、そうですね」
神主さんもおもわず苦笑いです。



「神道は、教えがないんです」
神主さんはズバリ正解を言いました。



これ、よく考えたら、すごいことですよね?

教えのない宗教


それは、まるで女性のいない女子校です。

違うか^^


神主さんの質問はまだ続きました。



「神道は、教えがないわけですが、教えがないってことは何がないと思いますか?」



教えがないということは・・・



「善悪がないのです」





普通は、異教徒同士はケンカになる。戦争になる。

しかし、日本人は
キリストの誕生日とされるクリスマスに盛り上がり、
大晦日にはお寺で除夜の鐘を聞き
お正月は、神社に初詣に出かける。

日本人は、正しい、正しくないで宗教を見ていないからでしょうね。






神主さんの質問はまだ続きました。
「じゃあ善悪のかわりに何があると思いますか?」







善悪のかわりに何があるんだろう?



善悪のかわりの、よりどこになるものは何だと思います?


















美しいかどうか、だそうです。






美しいかどうか。
それが問題になる。




江戸時代の借用書は
借金を返せない場合は

「お笑いくだされ」

この一言だったようです。


借金を返せずに笑われるってことは美しくないわけで、
だからこそ、それだけは絶対に避けたかったんです。


美しいかどうかは
江戸時代には
粋か野暮かになるわけですね。



ちなみに、江戸幕府は、
ひとつの政権が250年以上も続いた
世界でも類を見ないケースですが
江戸を守る警察官は何名だったと思いますか?

なんと、14名です!
ぴったりエグザイルのメンバーで江戸を守れたということです。


井沢元彦さんの『逆説の日本史』によると、江戸中期(人口55万時)には
南北両奉行で警察官にあたる人は28人とあり、
南北は交代で任務に当たるので、
実際はわずか14人で警察業務をしていたということです。

14人って全員点呼をとっても14秒で終わる人数です!


各自が美しいかどうかで判断して生きていたから、
警察は14人ですんだんです。






正しいか間違ってるかではない。

損か得かでもない。

美しいかどうか。

粋か野暮か。

笑顔になれるかどうか。

かっこいいかどうか。

心晴れやかになるかどうか。


それが本来の、あなたの体に眠っている

ニッポンスピリットです!




だから、


自分の胸に手を当てて呼び出せばいい。


「おれの中に眠る俺よ。出番だぜ」って。



ひすいこたろうでした(^^♪




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4 コメント

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はじめまして (ぞう)
2015-06-21 00:52:57
はじめまして!
すごく面白くてためになるブログありがとうございます。

この件に関しては自分もよく考えます。
生物が目的論的に進化すると、植物とかもどんどん動物?とかになっていって、バクテリアとかもいなくなって、生物はすべて絶滅するしかなくなりますよね。
進化した生き物は、進化してない下等な生き物によって生かされています。
目的論的な進化論は、その結論が多様性の消滅と生物の絶滅でしかないので、間違ってるかなあと思うのですがいかがでしょうか?

同じように価値観における進化論(『パワーか、フォースか』みたいな)、つまりある価値観が「進化」しているのでそこに行き着くべきみたいな考え方も、その行き着いた先は価値観の一元化による停滞と絶滅しかないと感じます。
返信する
進化とは… (sokyudo)
2015-06-22 10:03:59
>ぞうさん

コメントありがとうございます。とても興味深く読ませて頂きました。

ぞうさんのコメントを読んで改めて思ったのですが、一般に身体構造を複雑化させることを「進化」、つまりより上位方向への変化と考えますが、本当は生態系を一定レベル以上複雑に保つるための水平方向への変化のバリエーションの1つに過ぎないのではないでしょうか。

そう考えると、進化によってバクテリアなどがいなくなってしまう、といったことは起こらないことになります。

いかがでしょう。
返信する
res (ぞう)
2015-06-22 23:52:48
ご返信ありがとうございます。

小さいころ輪廻転生の考え方を聞いて「動物とかが魂の進化?で人間になったら、どんどん人間だらけになってすぐ地球滅亡するだろ」って思ったことを思い出しましたw

仰るとおり、多様性のひとつの形態、つまり異様に首が長かったり鼻が長かったりする生き物がいるのと同じように、異様に大脳が発達した生物(人間)がいると考えたほうがいいかもしれませんね。
返信する
万物の霊長なんて言うけれど (sokyudo)
2015-06-23 11:49:13
>ぞうさん
>仰るとおり、多様性のひとつの形態、つまり異様に首が長かったり鼻が長かったりする生き物がいるのと同じように、異様に大脳が発達した生物(人間)がいると考えたほうがいいかもしれませんね。

そうですね。人間は自分たちのことを「万物の霊長」なんて呼んでますが、「俺たちはお前らより上だ」というのは人間の単なる思い違いで、他の生物からすればたくさんいる種の1つとしか見えないでしょう。

おそらく生物たちが生き続けるには、生態系が一定レベル以上複雑なものである必要があるのではないでしょうか。そして、その複雑さを作り出すには水平方向への多様性と垂直方向への多様性がある方がいいので、分化と進化ということが起こってきたのだと思うのです。
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