仙丈亭日乘

あやしうこそ物狂ほしけれ

『氷壁』   井上靖

2004-04-11 21:57:20 | 私の愛讀書
氷壁

新潮社

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著者名 井上靖   初めて讀んだ年(西暦) 1974  
出版社 新潮文庫   値段 忘れた  
お薦め度 : ☆☆☆☆☆


私の愛讀書のひとつ。
初めて讀んだのは中學2年の時だつた。
當時「山と溪谷」で山好きの選ぶ山嶽小説のアンケートがあり、その時の1位が新田次郎の「孤高の人」で2位がこの作品だつたと記憶してゐる。
それを見て、讀んでみたのが、この作品との出會ひであつた。
その後何囘この作品を讀んだかしれない。

前穗東壁を登攀中にナイロン製のザイルが切れてしまふといふ、實際にあつた事件をモデルにした山岳小説。

冬の前穗東壁を登つてゐる時、パートナーの小坂が滑落して中吊りになつてしまふ。
主人公の魚津は當然ザイルで確保してゐたのだが、そのザイルが突然、たいした抵抗もなく切れてしまふ。

現在でこそザイルといへばすべてナイロン製であるが、當時は麻で出來てゐるものが主流であつたため、
ナイロン素材がザイルに適してゐなかつたのではないかといふ疑ひがもたれた。

魚津が自分の命惜しさにザイルを切斷したのか、小坂が魚津を卷添へにしないために自らザイルを切斷したのか、
それともナイロン製ザイルの缺陷だつたのか・・・

こうした疑惑のなかで、亡くなつた小坂の妹が主人公の魚津に寄せる想ひや、
魚津とナイロン素材メーカーの偉いさん(だつたと思ふ)の奧さんとの間の淡いロマンスが進行して行く。

最後に魚津は冬の瀧谷で雪崩に遭遇して遭難してしまふ。
(注:これは間違ひです。夏の瀧谷で落石に卷きこまれた、が正解!)

魚津の會社の上司が、ナイロン素材メーカーの偉いさんと、魚津の死を悼みながら食事をするシーン。
魚津への哀惜の情で言葉をつまらせてしまふ。
何度讀んでもそのシーンには涙を誘はれる。

この小説は映畫化され、私もTVで見たことがあるのだが、小坂を若き川崎敬三が演じてゐた。
「そおなんですよ、川崎さん」(これを知つてゐる人も少なくなつたかも)のあの川崎さんである。
若い頃はなかなかの二枚目さんで、若くして山で亡くなる小坂によく似合つてゐた。


これを書いた後、無性に讀みたくなつて、ネットで注文した。
さて今囘、恐らく20年以上振りに讀んだのだが、やはりラスト近くでは涙を誘はれた。
主人公の魚津が瀧谷で遭難死したあと、上司だつた常盤大作が、
ナイロンザイルの實驗を行なつた八代教之助と魚津について語りあつてゐる場面で、
思はず感きはまつて嗚咽を漏らすところ。
初めてこの作品に接した時と同じく、ここでは泣けてしまつた。
(40男が泣くとはみつともないが)

昔は山登りの小説として讀んでゐたが、この年になると、
八代教之助の妻、八代美那子に寄せる魚津の思ひや、ザイルが切れて死んだ小坂乙彦の妹、かおるの魚津への思ひなど、
男女の氣持の方に興味が惹かれた。
同じ作品でも、讀み手の年齡やその時の状況によつてずゐぶん讀み方が變るものである。

新潮文庫の表紙の寫眞は、30年前と全く變つてゐないのが嬉しかつた。


2003年8月1日讀了


コメント (38)    この記事についてブログを書く
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38 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
ありがとうございます (コバさん)
2006-01-26 09:06:18
コメントありがとうございます。

貴方が言われるように、あの事件を知る人は本当に少なくなりました。当時はフランス隊がアンナプルナに8000メートル級としては初登攀し、その時のナイロンによる軽装備が注目を浴びた頃でした。



隔世の感がありますが、今のような登山ブームを貴方はどう思われていますか。
返信する
山への憧れ (仙丈)
2006-01-26 22:31:33
コバさん



最近はとんと山登りから離れてしまつた仙丈です。

一昨年の夏、10年ぶりに山に行つたのですが、からだが自分のからだとは思へませんでした。

それでも、ドラマ「氷壁」を見てゐる時など、山戀が募ります。

登山ブームなのだとしたら、山への憧れを持つ人が増えたと云ふことなのでせうか・・・

さうだとしたら、素晴らしいことだと思ひます。



返信する
原案なのですね (hide)
2006-01-29 15:00:30
トラックバックありがとうございました。井上靖の「氷壁」は原作ではなく,原案なのですね。設定や名前が少しずつ変えてあるのが分かりました。

感動する作品のようなので,いずれは読んでみたいと思います。
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原案 (仙丈)
2006-01-29 16:40:39
hideさん



コメントありがたうございます。



井上靖の「氷壁」とドラマ「氷壁」とでは、舞臺も登場人物の名前も、登場人物や事件そのものの背景設定も違つてゐます。

さういふ違ひを踏へて、「原案」としたのでせうね。



井上靖の「氷壁」はいまとなつては時代背景が古いので違和感もあるかもしれませんが、

人間の思ひを描き出すといふ意味では依然として名作だと思ひます。

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TB有り難うございます (kimi)
2006-01-30 11:54:24
はじめまして

山の歌には色々想い出がありまして



山が命と 笑ったあいつ

山を一番 愛したあいつ

雪の穂高よ 答えておくれ

俺に一言 教えておくれ

なんで吹雪に あいつは消えた



なんてのも有りました。

いずれも学生時代を思い出します。

(40越えると涙もろくなりませんか

)
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もしかある日 (仙丈)
2006-01-30 22:03:31
kimiさん



コメントありがたうございます。

デュブラの詩「もしかある日」は、「氷壁」で小坂の好きな詩でしたね!

たしか歌にもなつてゐました。

「なんで吹雪にあいつは消えた」ですか・・・

いい詩ですね!

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TBありがとうございます (上州あられ)
2006-01-31 00:02:57
名前が違っているのは、そういう事情があったのですか。

それにしても、何でみんな美那子さんに惚れてしまうのか、分かりません。鶴田真由さんも玉木宏さんも誠実で

清潔そうですし、石坂さんだって原作みたいな老いぼれ

チックな人ではないですものね。
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わかりませんねえ~ (仙丈)
2006-01-31 00:24:30
上州あられさん



ホンマに何で美那子に惚れてしまうのでせう。

魚津は祕めた思ひだつたですが、奧寺はストレートでしたね。

少し唐突すぎました。

なぜ美那子に惹かれるのか、觀てゐる者にわかるやうにして欲しいです。

石坂さんは原作(原案)の八代教之助よりも、凄味がありますね!

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また読みたい (puutaro)
2006-02-01 01:07:36
TBありがとうございました。



高校時代に学校で北アルプスにキャンプへ行く前、強制的に読まされたのが井上靖の原作です。美那子があまり好きじゃなかったことと、魚津のメモの文語体に感心した覚えがあります。

私もいま読んでみたらずいぶん感想が変わるでしょうね。
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Unknown (ゆうき)
2006-02-01 02:48:20
こんにちは。いつもTBありがとうございます。



> 人間の思ひを描き出すといふ意味では依然として名作だと思ひます。



わたしも、そう思います。名作ですよね。
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