ジョー・ホールドマンの「終りなき戦い」、ようやく読み終わりました♪
いえ、前に内容のほうに若干触れてから、結構経ってしまったんですけど……すごく面白かったです。ヒューゴー賞、ネビュラ賞、ローカス賞と受賞しているのが何故かよくわかる、SF小説の金字塔的作品と思う、というか(まあ、こんなふうに書けるほどわたしがSFに詳しくないっていうのがなんですけど・笑^^;)
>>画期的な新航法<コラブサー・ジャンプ>の発見により、人類の版図はいっきょに拡大した。だがその過程で、正体不明の異星人『トーラン』と遭遇、全面戦争に突入する!
過酷な訓練を受け、殺人機械と化した兵士たちが、特殊戦闘スーツに身を固め辺境星域へと送りこまれるが、戦況は果てしなく泥沼化していく……。
(『終りなき戦い』ジョー・ホールドマン著、風見潤先生訳/ハヤカワ文庫より)
というのが、ハヤカワ文庫にある大体のあらすじなんですけど――縮潰星(コラブサー)ジャンプというのはブラックホールを利用した宇宙船の新航法のことらしく、主人公のウィリアム・マンデラはトーランと呼ばれるエイリアンの敵と、最終的に千百四十三年に渡って戦った……という計算になるそうです
もちろん、その時マンデラは千百云十歳にもなっていた――ということではなく、その年月の消費のほとんどは、宇宙船に乗って光速に近くなることで、彼自身は年を取らなくても、ある地点からある地点へコラブサー・ジャンプした時、あっという間に何百年も過ぎてたりするわけですよね。そんなこんなで、実際にトーランと遭遇して戦闘になった彼にとっての主観時間は短くとも、宇宙で移動した時の客観時間があっという間に流れることで、トーランと戦っていた総時間は最終的に千百四十三年にも渡っていたという、そんなことらしい。
まあ、わたしの説明が下手すぎて申し訳ないのですが(汗)、このあたりのことはピクシブ百科事典の「ウラシマ効果」あたりにも書いてあるということで、わたし自身が「終りなき戦い」を読んで思ったことなどを少しばかり書いてみようかなと思ったり♪
マンデラ自身が特別一般男性して「性欲の強い人間」ということではないにせよ、女性側の(あるいは日本人の)感覚として、そんなに「セックスパートナーの重要性」というのでしょうか。最初のほうを読むとそのあたりが特にすごく強調して書いてあるような気がして、正直、「この作家さんとはもしかしたら気が合わないかもしれないなあ」みたいに思ったりしたものでした(^^;)
>>「遅かったね、マンデラ」
あくびまじりの声がした。ロジャーズだ。
「すまない、起こしちゃったね」おれは小声で言った。
「いいんだよ」
彼女はおれにすり寄ると、ぴったりと身体を押しつけてきた。暖かく、適度に柔らかかった。
おれは彼女のヒップを軽く叩いた。兄貴のような叩き方をねらったのだが……
「おやすみ。ロジャーズ」
「おやすみ、種馬さん」
彼女はさらに露骨な身ぶりをしてみせた。
元気なときには疲れた女としか出会わない。疲れているときには色情狂とぶつかる。いつでもそうだ。どうなってるんだろう。おれは避けがたき運命に屈服した。
(『終りなき戦い』ジョー・ホールドマン著、風見潤先生訳/ハヤカワ文庫より)
とか、とにかく「男女平等」といった意味で、軍隊でもそのようになって久しいらしく、女性が男性となんの差もなく「軍隊で働いている」ということも特徴で、女性も男性と同様に「日々の鬱屈たる任務の憂さを晴らすべく、セックスパートナーを求めている」というのでしょうか。このあたり、「作者は体のみらず、脳細胞のひとつひとつに至るまで、よほどマッチョな精神構造の持ち主なのだろう。その感性、なんか合わないわ~」と感じる方は、もしかしたらわたし以外にも結構いらっしゃるかもしれません。
でも、主人公のマンデラ=作者ジョー・ホールドマンの分身……ということではないのだと、先を読み進むにつれて、だんだんわかってきます。そして、ある程度物語が進んだ頃には――作者様に対して、おそらくは「気の合う友達」のように、強い共感を覚えているに違いないと思うわけです(自分比☆)。
最初、マンデラは下士官であり、そこからひとつ任務をこなすごと、順に出世していき、物語も半ばを過ぎた頃には最終的に指揮官にまで昇り詰めているわけですが、何分、自分がある星でトーランと戦うための拠点にいたとして、次に地球から新しい世代の兵士が送り込まれて来た場合、マンデラと彼らの間には相当な年齢差が生じていたりもするわけで……それによれば、「今地球ではその全員が同性愛者になっている」ということであり、マンデラは指揮官として女性にセクハラを行うことも当然出来なければ、そこから誰かセックスパートナーを選ぶわけにもいかないという窮地(?)に追い込まれる。
つまり、最初のほうにある「この作者とは気が合いそうにない」と感じる描写のいくつかは――最終的にこうした地球人類の「性の変遷」を物語る一つの過程にしか過ぎないといったところで……また、このように(人口抑制のためのコントロールといったこともあり)同性愛になった人々にしてからが、次にスターゲイトのある惑星へ戻った時、今度は「そのような性の繁殖をしている惑星は今も存在するにせよ」、「セックスそのものが存在しない世界」を目の当たりにして驚くわけです(ジェネレーション・ギャップにしてもほどがある・笑)。
もっとも、クローン状態へと至り、今では昔のような原始的なセックスによる「繁殖」といったことは多くの惑星でなくなったにせよ、まあ、この状態が人類にとって「完璧にして完全」でないことが、数世紀後にわかった時に備え、遺伝子のほうは相当量プールしてあるらしい。まあ、このクローン人間というのが今は百億人以上もいて、みなひとつの意思によって統合されているわけですよね。
たぶん、読者の多くの方が「それでほんとに人間は幸福なの?」と疑問に感じられるかもしれません。わたしも、もし自分が「終りなき戦い」の発表された翌年くらいにこちらの小説を読んでいたとしたら、「クローン人間なんて絶対やだい!」、「そんなの異常だい!!」と、直感的に反感を覚えていたのではないかと思います。
でもわたし、今は人間の進化として「それもひとつの手なのではないか」と思うようになって来ています(^^;)何故かというと、人類がこのクローン状態へと至ったからこそ、それよりずっと以前にクローン状態へ至っていたトーランとの会話が開かれ、それで戦争は終結したとのことで……確かに、「戦争を終わらせるにはそれしかなかった」ということについては理解できるわけです。
つまり、「戦争」や「争い」といったことはわたしたちの内外に今もあるわけで、そもそもその根源はどこにあるか――というと、究極、「あなたはわたしではないからだ」ということなのではないかと、先日「ミッドサマー」という映画を見ていてふと思ったのでした。。。
まあ、普通に考えて「あなたはわたしではない」?そんなの当たり前じゃないか……それに、そうした違いを乗り越えられることこそ、人間という生き物の醍醐味というものじゃないか――確かにそうなのです。でもあまりにも「違いのある」ことで虐げられた経験のある人ならわかると思います。そういう時、「自分もみんなと一緒だったら良かったのになあ」と感じた経験のある方は、実際のところ短期間であれ、結構いらっしゃるのではないでしょうか。
わかりやすくいうと、ご夫妻やその子供といった極身近な家族間で「あなたはわたしではないから、(こういうことやああいうことが)わからないんだ」ということで、口喧嘩したことのある方は多いと思います。そういう時、口でどんなに説明しても相手に伝わらないことがある。オフコースの有名な歌詞にもありますよね。「こんなことは今までなかった、ぼくがあなたから離れてゆく」……という。この曲はかつて愛しあって一度はあんなにもわかりあっていた恋人同士が、今では心が通いあわなくなり、「ぼく」のほうでは別れることを考えている……といった別れの歌と思います。
結構これは夫婦間だけでなく、元は仲の良い親や息子/娘の間でもあることだと思う、というか。あるいは、兄弟姉妹の間でもあるのではないでしょうか。十代とか二十代くらいまでは「何か詳しく説明などしなくてもわかりあえた相手」だったのに、その後互いに自立するなり結婚するなどして、住まいが別々になったからとか、距離が離れたからというよりも――根源的に「血は繋がっていても」、「今はここまでわかりあえない関係性になってしまった」とか、そうしたことがあると思うんですよね。
こうした人間の互いに「わかりあっている」という感覚というのは、若い頃であれば別として、その後だんだん歳を取ってくると……「もしかして『わたしたち、こんなにもわかりあっている』というあの感覚自体が実は、特殊な幻想ではなかったのだろうか」と思うことさえあります。でも、「自分」という存在を構成する上で、両親の愛や兄弟姉妹のそれや、親しい友達との交流など――「確かにあれはあった」、「なんとも言えない絆のようなものが確かに存在していた」と、過去のある時期においては決して幻想でなかったと確信できる経験が誰にしてもある。けれど、その後長い時が過ぎ、同じ日本語という言語をしゃべっていてさえ、実の親とさえも「こんなに言葉が通じ合わないということがあるだろうか」ということはありうると思うわけです(^^;)
たぶん、身近な例としてはそんなところからはじまって、それが最大限拡大すると、言葉の通じない他民族、他国との戦争ということになっていくのだろうと思います。=ということは、「わたしはわたしであって、あなたでもある」、「あなたはあなたであると同時にわたしでもある」というのでしょうか。「終りなき戦い」の地球人類は、最終的にまったく同じ顔、まったく同じ思考形態のようなものを持つクローン人間へと至っているわけですが、誰かを傷つければその分だけのフィードバックが即座にあって、「わたし」も「あなた」もまったく同じ経験を共有する――戦争を完全になくそうと思えば、確かにそれしかないというのはよく理解できる話と思うんですよね(もっともクローン人間というのは言葉では説明が不可能であり、そのような精神状態に至った人間のみに理解できる境地のようではあるのですが^^;)。
それで、わたしがなんで「ミッドサマー」という映画を見てそのことを思ったかというと、最初のほうに、主人公のダニーの妹が双極性障害で、両親が「もう耐えられない」として、そのことで一家心中をしてしまうという、非常に重い場面があって……わたしの想像として、この妹さんは「どうしてこの自分の苦しみを誰もわかってくれないの」と思い、父親にも母親にも姉のダニーにも、自分の苦しみ・つらさを強制しているところがあったと思うわけです。それで、「ミッドサマー」の監督のアリ・アスター監督は、最後の場面に関してダニーが自己崩壊する……という、あの奇妙な笑顔はそういう意味だと語っているんですよね(だが、そのことのうちには狂気に堕ちた人間のみが理解できる喜びもある、といったように^^;)
自己崩壊するということは、そこに至るまで自分は耐えられるところまで耐えたのだ――ということであり、ダニーのような苦しみの坩堝のようなものを経験した人にとって、まさしく「クローン人間」の、すべての人が同一のものを共有しているというあの状態というのは救いだと思ったわけです。あるいは彼女の妹や両親にとっても……。
それで、もし仮に「クローン状態」というものが、ある種の心の修復モデルとして存在し、最初は「それに参加するもしないも個人の自由」であったにせよ、それが拡大していったとすれば<個>であることの有益部分と不利益な部分、<意識の共有>ということの有益部分と損な部分、それを秤にかけた時、もしかしたらある時点で後者(意識共有の有益部分)のほうが上回る瞬間があったのかもしれないなあ……なんて想像したりします(^^;)
でも、実際には人類がどうやってクローン人間に至ったかの進化の過程については詳しく書かれているわけではなく、主人公のマンデラにしても、彼は以前の自分が慣れ親しんだ環境へ戻ることのみを切望しているというか(マンデラにとっては「クローン人間」の仲間になることを選ぶなぞ、そもそも論外だった)。
こうして、マンデラはかつて軍部で恋人同士となったメアリイゲイと再会すべく、ある惑星へと旅立ち――彼はそのミドルフィンガーという惑星で彼女と結婚し、男児が誕生したことを伝える場面で小説のほうは幕を閉じます。このあたりも、それぞれ別の場所へ別の部隊として派遣されてしまえば、お互い、戻った時にどちらかが死んでるか、おそろしく年に差があったりすることが容易に想像されるわけですけど……そのあたり、メアリイゲイが計算して、コラブサージャンプを利用してマンデラと再会できるよう調節していたということも、ちょっと並の作家さんでは考えつかないような素晴らしい、感動的な終わり方でないかと思います
また、トーランはそもそも平和的な種族で、それゆえに戦争や戦闘といったことが得意なわけでもないのに、地球人類などという恐ろしい種族と偶然この広い宇宙で不幸にも出会ってしまったことで――こんな千年以上も戦い続け、不毛に時と人材と物資を無駄に浪費し続ける結果となり……地球人類にとっても意味のない戦いだったわけですが、実は悪かったのは地球人類側であったということが最後のほうでわかります(^^;)何故かといえば、戦争特需と言いますか、当時の地球側の状況としてみれば、戦争をすれば「軍人」=「仕事ができる」、「軍事物資が必要となれば、次々それを作り出す必要が生じ、経済が活性化する」……というのでしょうか。
わたし、昔、「アメリカではここらへん、どうなってるのかなあ」と思ったことがあったんですけど、やっぱり兵器工場で働いている人々がいて、戦争をしたとなると、やっぱりこのあたりは「景気がよくなる」わけです。アメリカの人口的なことを考えてみても、そのあたりは半端ない規模であり、またこうした兵器工場で造られたものって、消費しなければ次に作れるものってだんだん供給過多になってもくるわけですよね。だから、軍需企業的にはあの恐ろしい「核兵器」でさえも、すでに備蓄されてるものを(実験によってでも)使ってくれたほうが――「また新しく作れば利益がでる」という意味で、「使ってほしい」ということになるらしく(「フォールアウト」というドラマの中で民間企業が核兵器を所有し、実際に使用する場面が出てきますが、近未来の現実で実際にありえそうなところがなんとも怖いところです^^;)。
なんにしても、「終りなき戦い」は、色々なことを考えさせるすごく面白い小説でしたあと、読みはじめた時は「難しい系のハードSFなのかな」みたいに思っていたものの、だんだん読み進むにつれて、このトーランとの戦い自体が何やらある種の「壮大なコメディなのでは?」という奇妙なおかしみも生まれて来(わたしのイメージではトーランは、別名「ギンギラギンにさりげなく星人」です・笑)……また、機会があったらジョー・ホールドマンさんの小説は何か別のものも読んでみたいな~と思っていたり♪
それではまた~!!
惑星シェイクスピア-第二部【31】-
『本星エフェメラ側の軍が、どうやって精霊型人類たちに勝利したのかだって?』
ギベルネスの気のせいでなければ、ユベールの口調にはまるで(そんなこと知ってどうするんだ?そんなことより、今のあんたにゃ心配しなけりゃならんことが山のようにあるだろうが)とでも言いたげな響きが感じられた。
「そうです。ここ惑星シェイクスピアのような下位惑星とエフェメラが認定するような星は……何かよほど旨みのある資源――たとえばエネルギー源となる何かや、中継地点として重要な拠点になるとでもいうのでない限り、見張りのような惑星学者か、あるいはユベール、あなたたちのような監視員を張りつかせておいて放っておくことのほうが多いと思います。ですが、精霊型人類というのを怒らせた場合、今のような敵対する大きな戦力になるかもしれないと、当然星府(スタリオン)にもわかっていたはずです。それだけの理由が何かあったということですか?」
『いや、どうしてもってんなら……俺も知ってることを説明するのにやぶさかでないが、ようするに彼らと交戦状態に入ることになったのは、簡単にいえば今では精霊型人類などという名称で呼ばれる連中に、俺たち地球発祥型人類がまったく気づいていなかったということなんだ。それまでにも、人間ほどではないにせよ、意識にも近いような芽生えを持つ植物に支配された惑星であるとか、そんな星と遭遇することは何度となくあったよ。だが、あれほどまでに知能が高く、人間の肉体の目には見えぬ存在に我々が遭遇したのは初めてのことだったらしい。惑星マルジェラは、それは美しい星で、そこへ初めて降り立ったのは、記録としては惑星開発の資格を持つ大手企業の連中だった。ところがこれもよくある話、数人単位、いや、それが数十人単位である場合もあるが、次々人が行方不明になっていったんだな。そこでこれもまた例によって『目に見えないが何かいるらしい』ということで、惑星開発庁にまずは連絡が入り、開発庁経由で本星情報諜報庁へ調査依頼が来たわけだ。無論、俺はその調査員としてマルジェラへ出向いたわけでもないし、その後精霊型人類と交戦状態になったという丸秘の調査報告書を――ここ、惑星シェイクスピアへ来る前に読ませてもらったというそれだけだ』
(それも、超が頭に幾つもつくほどのトップシークレットなんだがな)と、ユベールは思った。彼にしても、偶然この案件を手がけることになったから知ることが出来たというだけで……もしそうでなければ、そのファイルにアクセスすること自体許されないままだったことだろう。
『なんにしても、それによれば、だ』本来は一般人に洩らしていい内容ではなかったが、今のユベールとしては(何を今更)としか思えない。『「何かいるらしき気配は感じれども、存在は目に見えず」というわけでな。実際に戦いに至るまでには結構な時間がかかったということなんだ。ジャングルというのとはまた違い、惑星マルジェラはそこいら中植物に覆われた星だったから、間違いなく「無人である」と判定されるまでにも、その後相当の時を要したらしい。最初の頃はな、原始的な原住民でもいるのではないかと思われていたが、機械で植物を刈り、土地を丸裸にしようとすると――何か目に見えぬ存在が現れ、作業用アンドロイドも人間も、動くものは見境なく殺害、あるいは破壊されるらしいことがわかった。その模様は記録用の映像にも残っていたが、作業用アンドロイドはまるで自分から壊れたかのようにしか見えず、人間たちはなんらかの致命傷を負わされて倒れているのがわかるのみだったという』
「つまり、それはのちに、精霊型人類が憑依して起きることだとわかった、ということですか?」
ギベルネスは月明かりに照らされた、悪魔の彫像を噴水の縁に腰かけたまま見上げた。物や人間に憑依できる、ということであれば、今もしそこらへんに精霊型人類がいたとすれば、この悪魔の彫像にしゃべらせたり、あるいは動いたように見せかけたり、さらには実際に歩いてきて自分を襲うということも可能なのだろうか……と、つい馬鹿げたことまで想定してしまう。
『いや、最初の頃はそういうことではなかったらしい……いいか、ギベルネス、向こうは突然他星人に自分の惑星を侵略されたんだぜ。我々の生まれ故郷である地球はすでになかったにしても、こう想像することはあんたにも簡単なはずだ。あんたがもし今地球に住んでいて、昔のSF映画によくあったみたいに(まあ、この手の奴は今も結構あるが)異星人が襲ってきたとする。もうすっかり大興奮の大パニック状態だってのは、マルジェラの住人たちだって同じだったんだよ。この侵略してきた人間どもに<憑依する>なんていう高等技術に彼ら自身が気づくのは、もっとずっとあとのことで、とにかく外からやって来た異星人を徹底排除する……で、そんな形で地球発祥型人類が動けなくなり脅威でなくなると、「もう二度とこんな連中やって来なければいいが」と精霊型人類たちは願ったものの、ところがまた次々調査の連中がやって来る。彼らの目的は土地の調査で、植物を刈り取って建物を建設しようとするのも、そのための拠点を確保するためだった。だが、惑星マルジェラの精霊型人類にはそんなこと理解不能なことなんだからな。本星情報諜報庁の調査員ってのは、こうした件については手練れだから、人間そっくりのアンドロイドを作業にあたらせ、その様子を遠くから映像で記録したわけだ……俺もファイルに添付されていた映像を見たが、可哀想なアンドロイドたちは動かなくなるまで徹底的に破壊されていた。それも、まったく目に見えない存在にな』
「それで、どうなったんです?」
『その時点で考えられそうな可能性はふたつだ。惑星マルジェラには、自分たちと同等かそれ以上の文明を持つ存在がいて、地下に隠れ住んでいるという可能性(というのも、地表にそれらしき存在がいないことがその後わかったからだ)、もしそのような存在が超先端科学技術を駆使していないのであれば、他の目に見えぬ未知の生命体がいる可能性があるだろう……ほら、我々には古くは軍部で最初に使われた、光科学技術による姿を隠すことの出来るマントがある。それが今ではかなり大きなものでも衛星から光の屈折率を計算することで、人の目に見えない状態にすることが可能になったわけだが、もし相手がそのようなものを使用してないとすれば、次のような可能性がある。たとえば、惑星ルシリアンに敵の目をくらますのに体を透明に出来る魚や蛙が、惑星ジュメイラに同じように姿を透明にする蝶や蛾が存在するように――それは可能性として「絶対にありえないことではない」と推測できる程度の頭が、今の我々にはあるわけだよな。まずは、前者の可能性はかなり困難だと思われた。というのも、攻撃されたら当然、最初の惑星開発企業の連中だって、エネルギー銃を撃つなりなんなりして対抗したはずだが、三百六十度、「何かがいる」と思われる方向へ無差別にビーム砲を繰り出したところで……樹木や植物が倒れたりしおれたりするというだけで、何かに当たった、ヒットしたような感触もなく、それは記録映像を見ても明らかだったからだ』
「その時点で撤退しよう、とはならなかったわけですか?」
『そうだな。何かよくわからないが意味不明に人が死ぬし、とにかくそっとしておこう、撤退しよう……となれれば良かったんだろう。だが、我々地球発祥型人類の歴史を振り返ってみろ。いつか、超高度な文明を持つ地球外生命体という奴がやって来て宇宙戦争になるかもしれない――なんて思っていたのに、実際はそうはならなかったんだ。むしろその逆さ。地球人類は外の宇宙へ飛び出してのち、確かに他にも自たちとは形態の相当違う異星人なり、自分たちと容姿の似た異星人なりと遭遇することにはなった……が、彼らはどこの惑星でも、我々ほどの科学技術水準にはまだ達していなかったんだ。つまり、惑星マルジェラはもしかしたら、我々地球発祥型人類が初めて遭遇する、自分たちよりも高等な文明を持つ何がしかの超生命体が存在する可能性がある。ギベルネス、本星エフェメラで暮らしたことのあるあんたならわかるだろ?人類は進化の行き詰まりに直面してるんだ。それもとっくの昔にね……それを打破する鍵が、もし惑星マルジェラにあったとしたら?』
「ようするに、それが絶望的なまでに精霊型人類を追い詰める戦争にまで発展した理由ということですか?」
『そういうことだ。まったく、手前勝手な理由だよな……ま、戦争なんてものはいつでもそんなもんだってのはわかりきったことだが、長く戦い続けたのち、精霊型人類と名づけられた者たちは、自分たちの母星を去っていった。そして、彼らがいなくなってから地球発祥型人類が虚しい勝利とともに手にしたのは、あれほど美しく生い茂っていた植物の枯れ果てた、死の惑星だった。そこにいた昆虫も動物たちも、植物が枯れるのと同時、当然次々絶滅していったんだよ。戦争が起きた時、惑星中の植物を軍部の連中が焼き払ったからではない。むしろ、新種の植物や昆虫、動物が発見されていたから、惑星の保存状態についてはよくよく配慮がされていたんだ。だが、本星エフェメラの軍が一切なんの攻撃も受けなくなったことで……だんだんに我々側にはわかってきたというわけだよ。普通なら、総攻撃直前の嵐の前の静けさといったように考え、用心するところだ。ええと、そのだなあ、ギベルネス。こんな話、エフェメラで暮らしたことのあるあんたでも、ちょっと信じがたいことだとは思うんだが、この広い宇宙にはいわゆる超能力ってのか?そんなものを持つ連中がいて、本星情報諜報庁では、そうした人間をかき集めてきて訓練する特殊機関というのが存在する。で、その中にいわゆるテレパスってのか、精神感応力の強い連中ってのがいて、彼らの言うには――惑星マルジェラの住人たちは、最初は少しずつ、それからそのほとんどが一気に宇宙の外へ出ていったというんだ』
「…………………」
ギベルネスは黙り込んだ。(そんな話、信じられるかっ!!)と思ったからではない。また、今のユベールに何か重要なことを隠すために嘘をつく必要性というのを彼は感じない。ゆえに、ユベールの語ったことをそのまま信じた。むしろ、ミドルクラスの惑星に住んでいたギベルネスでさえ――人間にはもっと進化の可能性があるはずだと、SF小説や漫画の世界の話ではなく、科学的に考えてもそうではないかと、時に想像することがあったというそのせいでもある。
『こうして、惑星マルジェラは結局のところ開発の手を免れ、いつ彼らが戻って来てもいいようにそのままの保存状態を保つということになった……だが、元住人である彼らは戻って来ず、そうこうするうち、植物が原因不明の理由で枯れはじめ、その死の病いは瞬く間に惑星全体に広がっていったんだ。まるで、目に見えない野火か立ち枯れ病に星のすべてが瞬く間に覆われでもしたように……こうして惑星マルジェラは死の星となったわけだが、無害状態となった今でもその周囲は禁制宙域に指定されている。ある種の侘びの気持ちから、次に彼らが戻って来た時には「もう我々地球発祥型人類はあなた方に何もしません」とあやまり、惑星のほうをそのまま引き渡すつもりでいたにしても――そんなのは俺たち人間の手前勝手な理屈というやつで、惑星マルジェラの元住人たちは、その数十年後……正確には、それが間違いなくそうだとして確認が記録されたのが、その四十九年後ということだったな。サディアス宙域において、無差別に宇宙艦隊が総攻撃され、ほんの数日で一万五千人ほどが死んだ。最初はな、本星エフェメラ、引いては星府スタリオンに対する抗議活動としてどこかのテログループが戦争を仕掛けたのではないかと思われた。だが、その宙域の惑星は地球発祥型人類ばかりが住み、安全な宙域であることが昔からよく知られていたわけだ。その後、情報を精査する段階で、初めて「何者かに憑依されたのではないか」との可能性が浮上したんだ。とはいえ、宇宙警察機関のほうでは当然議論が割れた。むしろ、我々情報諜報庁のような機関のほうが……超能力者の能力なんてものを目にしたことのあるお陰で、その説について「可能性としてゼロではない。むしろありうる」と認識することが出来たわけなんだ』
「その後、どうなったんですか?」
『この件に関しては、本星情報諜報庁が引き続き捜査するということになり、宇宙警察機関のほうでは、協力を要請されればなんでもしましょう……みたいな形に落ち着いたわけだな。けれど結局、似たようなケースがその後も頻発したわけだよ。こうなると銀河諜報庁のほうでも自身の持っている情報を開示せざるを得なくなった。つまり、極めて気は進まんが、かつて惑星マルジェラという星でこんなよーなことがあって……みたいな話をだよ。無論、「間違いなくそうだ」との確信を得るのに、地球発祥人類側でも当然結構な時間がかかった。だけど、俺があんたに説明するには、映画のダイジェスト版みたいな感じでさ、短く約めて説明するだけで十分だと思うんだ。ここからは「おそらくそうであったのだろう」と、ある情報分析官が立てた仮説を、今はみなそうと信じるようになったことなんだが、惑星マルジェラから出ていった元住民たちは我々に相当腹を立て、コンチクショーと思い、復讐する機会を窺っていた。もし最初から彼らが「人にも物質にも憑依できる」という自分たちの能力に気づいていたとしたら……彼らは惑星マルジェラという母星から出ていく必要はなかっただろう。けれどその後、母星を離れて宇宙を漂う精神生命体となった彼らは――何分、どこにも行くあてなどなかったのだろうから、他の無人の惑星に住むにも、そこには問題があったのかどうか、精霊型人類ではない我々には結局のところわからない。とにかく、そうこうするうち、彼らは自分たちが内に秘める無敵の可能性に気づいたのではないだろうか。物だけでなく、人間にも憑依して同じ地球発祥型人類を物理的に攻撃することも出来れば、精神的に攻撃することも可能であるということに……』
とはいえ、ギベルネスにもわからないことはまだたくさんあった。理屈に合わないこともあれば、矛盾を感じる部分もある。だがあくまで、「大枠で言えば」どういうことなのかという理由について納得できる領域まではやって来ていたと言えるだろう。
「だが、我々地球発祥型人類はまだ滅んではいない……ということは、彼らと戦う過程で、例の精霊型人類の姿を見ることが出来、さらには滅ぼすことの出来る恐ろしい兵器が開発されたことで――最初は無敵状態に思われた彼らも、流石にそんな死に方は嫌だとして恐怖し、少しは攻撃を控えるようになった……そういうことですか?」
『無論、結局のところ我々にはわからんのさ。恐竜から進化したと思われる爬虫類型人類にも、海老や蟹のような存在から進化したと思われる甲殻型人類にしても……言語ってものが存在するだろう?その点、精霊型人類と我々が話す場合は、彼らの言葉を惑星標準共通語であるエスぺリオール語に翻訳する――なんていう過程すら必要なく、直接ダイレクトに頭の中へ語りかけてくるんだからな。そんな存在を相手に「彼ら精霊型人類は本当は何を考えているんだい?」なんて聞くこと自体、ある意味無意味なんじゃないか?どうやら、向こうにはこっちの考えていることが、口にだしてしゃべる前、心に思い浮かべただけでもわかるという話だし……とはいえな、精霊型人類という万能のように思われる彼らにも、誤算といったものは存在したようなんだ。つまり、地球発祥型人類に憑依している時間が長くなると、その肉体から出られなくなるらしいということだ。他に、今では憑依できる対象が誰でもいいということもなく、長く憑依し続けるためにはある程度相性というものがあるらしいこともわかっている。ニディア・フォルニカのことに関して言えば、だ。そうした形で一度肉体に固定されてしまうと、だんだんに精霊型人類としての力が弱まるということらしい。人の心を読む力も弱くなり、もう一度外へ出たいという時には自分の宿主のような肉体を殺すか、死亡するのを待つしかない。俺が彼女のことで何故あんな死に方をしたのかわからない、といったのはそういう意味だ。頭をレーザー銃で撃ち抜いた理由はわからんでもない。記憶領域が無事なら、そこを取り出されて、彼女が今までどんな事件に手を貸してきたかが暴露されることになるだろうし、それは取りも直さず他の仲間に逮捕と生命の危険が及ぶ可能性を与えることになるわけだから。だが、あんな冷え冷えとした宇宙の真空地帯で、死んだあともぷかぷか浮かんでいたいって理由がよくわからんと思ったわけさ』
「でもそれは……」と、ギベルネスも口にしようとして、思わず苦笑しそうになってしまう。ある特殊な精霊の存在を信仰する、新興宗教の団体にでも入信した気分だ。「その後、ニディアの精神体というのか魂そのものが外へ出ていく儀式のようなものだったのではありませんか?猫というのは死期を悟ると姿を消すとよく言いますが、猫の気持ちなんてものを、人間が本当の意味で理解しているわけではありませんし……相手は猫などより遥かに高等な情報処理能力を持つ異星人ということになれば尚更です。ただ、ニディア・フォルニカに憑依されていた――いえ、この場合精霊型人類に憑依されたニディア・フォルニカと言うべきなんでしょうかね。もともとの肉体の所有者であった彼女が『今どこにいるのか』ということのほうが、私にはよほど心配ですよ。精霊型人類の精神体のようなものに吸収され、今では自分が誰かということもわからなくなっているということですか?それとも、肉体が死ぬと同時にそこへ置き去りにされ、消滅したということなのかどうか……科学者のはしくれである医師の私としては、そんなことが気になりますね」
『そうだなあ。そりゃもう、自分が精霊型人類に憑依される経験でもしないことには永遠にわからんことかもしれんな。俺たちに「どーもそんなよーなことらしーぜ」みたいなことがわかったのも、何かの理由で一時的に憑依されたにも関わらず、相手が出ていった経験をした人間の証言や、何も覚えていない場合は無意識領域に探りを入れて記録したという、そんな僅かな例の積み重ねによってだ。なんにしても、憑依されても気分が悪くなるとか、突然発狂するような苦しみを味わうとか、そんなことではないようだ。むしろ、夢見心地になって、現実と夢の境がわからなくなるような、フワフワした楽しい気持ちになるのだとか。それからの体験についていえば、人が夢の経験を覚えていないように、この場合は現実体験のほうを、まるで他人が勝手に経験でもしているように覚えてないことが多いらしい。それでも、これも夢と同じように現実を途切れ途切れに覚えているといったような具合でな……肉体のメインコントロールを明け渡すと、大抵は味覚や痛覚といった神経の遮断も起きるため、腹がすくだの喉が渇くといった思いを味わうこともなくなるということだった。そうした現実に関わる面倒なことは、精霊型人類の人格のほうが受け持ってくださるという、何やらそうしたことらしいぞ』
「となると、おかしくありませんか?」と、ギベルネスは考えこんだ。「というか、私だったら絶対嫌ですね。無論、それまで経験したことのない味覚を通した楽しみや、地球発祥型人類が肉体を持っているがゆえに経験できる面白いことというのもあるかもしれません。ですが私だったらおそらく、何者にも憑依などせず、精神体のままでいて、その特権のほうを有難く楽しむような気がするのですが……」
『ハハハッ。まあな』と、ユベールも笑った。ギベルネスのまわりが真っ暗闇に包まれていて、自分たちの言語を誰も理解しないにせよ――わかったらわかったで、いずれにせよ気違いの会話だと、そう思ったからだ。『報告書を読む限りにおいてはな、それだけ母星を奪われた彼らの憎しみと絶望は深いものだったのだろうという、そうしたことだった。いずれにしても例の兵器が開発されて以降、マルジェラ人……と、便宜的に我々が呼んでいる精霊型人類の攻撃は次第に減っていった。ニディア・フォルニカが言った、「わたしは疲れた」、「仲間を説得しようとしたが無理だった」というのも、おそらくはそうした意味だったのだろうということは、一応俺にも理解出来る。そして、同じ地球発祥型人類として――「すまない、悪かった。許してくれ」といった贖罪の気持ちだってあるんだ。直接彼らの惑星に攻め込んだことがあるわけでも、マルタン・マルジェロといったテログループと直接交戦したことがあるわけでなかったとしてもね』
「そうですね。もしかしたら、ニディアがあなたを生かしておいたのは、ユベール、そうしたあなたの気持ちを彼女が感じていたからなのかもしれませんよ」
『いーや、違うねっ!!』と、小蝿は何故か強く全否定していた。『とにかく俺はさ……なんでもいいから、早くあんたと合流して本星のほうへ帰りてえのよ。で、ここまでの俺の説明でギベルネス、あんたは大体のところなんか納得したのか?それで今度は――ええと、なんだっけ。命知らずにも<東王朝>のほうへ向かうんだろ?やれやれ。俺は暑さもなんにも感じない羽アリとしてあんたについて行くからさ、例のボロっちい麻のズダ袋にでも隠しといて、なんか困ったことがあったら呼ぶっていうそんなふうにしといてくれねえか?』
例の会議室での別れの場にも、ユベールは小蝿として参加していた。ギベルネスがいかにひとりの人間として……いや、この場合は<神の人>として、と言うべきだろうか。誰からも信頼を受けているかを見、彼としても胸が痛んだほどである。その場にいて、ただひとり何も感じていないように見えたランスロットですら、あとから部屋のほうへやって来て、「護身用に」とエメラルドとルビーの嵌まった高価な短剣を渡してくれたほどだった。その短剣は鞘と柄が金で出来ており、ランスロットによれば「魔除けの効果がある」という話であった。その上、魔除けの効果が本当であればなんの災厄にも遭わぬはずであるが、彼は「短剣の効果的な攻撃法」についてまでもレクチャーしてから、最後に旅の安全を祈願する言葉を口にして、ようやくギベルネスの部屋を去っていったのだ。
(損な性格だな)と、ギベルネスはランスロットに対しあらためてそう感じたものである。(アストラットの美姫のこともそうだが、彼が真心のある素晴らしい男だとわかるのは……同じ騎士仲間以外に本当の意味で理解してもらえるのは、なかなか難しいことなのかもしれんな)とも。
「その件についてなのですが……ユベール、あなたはAIクレオパトラを通して<神の眼>を持っているにも等しい。そこで頼みたいのですが、これから<東王朝>へ向かう私とディオルグの動向を窺うのと同時、あなたにはその気になればハムレット王子たち陣営のことや、他にも<北王国>や<南王国>で起きていることだって、同時に知ることが可能ですよね。だから、ハムレット王子側で起きていることも――時々、教えて欲しいんです。もちろん、私には体がふたつあるわけではないから、彼らが困っていたところで、具体的に何か出来るわけではない。それでもやっぱり、戦争のことが一番心配なんですよ。何より、その前に私が<西王朝>へ戻って来られるかどうかといったことがね」
『ああ、もちろんあんたに頼まれずとも、そのつもりではあったさ。だがなあ、俺が思うに……ギベルネス、あんたに精霊型人類らしき占い師のババアが接触してきたってことは、ハムレット王子の王位の確立だの、戦争を勝利に導くだのいったことは、あいつらの責任だと思って丸投げして放っておきゃあいいんじゃねえの?ギベルネス、遭難して長くなるにつれ、現地人に対して愛着の気持ちの湧くあんたの気持ちもわかるが、俺のことをまずは最優先で憐れんでくれなきゃ困るぜ。俺はな、そのバロン城砦陥落とやらについては、こんなふうに思ってんだ。ギベルネス、あんたはまず、こっちへ戻って来い。あれから考えたんだがな……一度戦争ってことになりゃ、流れ矢に当たってうっかり死ぬなんてことは、長い人間の歴史が証明済みなんだからな。つまり、どんなに注意してたって、人間死ぬ時ゃ死ぬってことさ。ハムレット王子やそのお仲間のことは、例の精霊型人類さまご一行があらゆる手を尽くして守ってくださるのかもしれねえ。が、その点あんたはどうだ?俺はな、星神や星母とやらの信仰の名において、あんたを<神の人>としてきっと守ってくれるに違いないだのいう信仰心を持つ気がねえのさ。そして、そう考える俺が思うのは――とにかく、あんたがこっちへ一度戻って来るということだけだ。それも戦争が具体的にはじまる前にな。この点だけはどうしたってハエちゃんとしちゃ譲れねえぜ』
「ですが、彼らはほとんど万能な存在で、逆らうとどんなことになるかわからないということについては、ユベール、あなたも同意していたではありませんか。それに、あなたのそばには今も『滅多なことをしたらどうなるか見てろ』とばかり、例の姿なきお仲間が脅しをかけてくるんでしょう?」
『おうともよっ!!毎日気味が悪いったらありしゃしねえぜ。だがな、<神の人>とやらとして担ぎ上げられて利用された挙句、遭難した惑星であんたに客死されたんじゃ、俺としちゃ堪らんからな。戦争がはじまる前に――ギベルネス、あんたの元にゃ旧式のヘリを向かわせるよ。こっちでセットすりゃ、あとはクレオパトラが自動操縦して目的地のほうへ無事向かってくれる。今にしてみれば最初からこうしてりゃ良かったんだ。だが、何故この方策をチョイスしなかったといえば、当然現地人の目に触れた場合、あとから報告書がどーだの、法律がこーだのいう面倒な問題が生じるからだ。それもさ、よく考えてみりゃ、アルダンやダンカンのような面倒な連中がいればの話であって……こうして話の口裏合わせなきゃならんのがあんたと俺のふたりきりで、その上命まで懸かってるとなれば――俺はヘリコプターなんぞ出動させなかったということにすりゃいいわけだよな。いいか、ギベルネス?現地民の連中は実際のとこ、ヘリコプターなんぞ見てあんたがどっかへいなくなったとしたら……たぶん、これはあくまでもたぶんだが、「<神の人>は竜巻に運ばれて天上の国へ帰っていかれた」とでも勝手に解釈して納得するんじゃねえのか?』
「そう上手くいくものでしょうか……」
(その場合、一体どういうことになるだろうか?)という、幾通りものありそうな結果について検出するのに、ギベルネスは時間がかかった。その間に、ユベールが間髪入れず、大声で周囲にこう怒鳴る。実は、彼が怒鳴ったのはギベルネスに対してではない。姿は見えども存在のみを強く感じる例の精神的存在に怒鳴ったわけであった。
『いーか、おまえらっ!!そこらへんにいてどうせ聞いてんだろ?だったら、耳があんのかどーか知らねえが、とにかく耳の垢かっぽじってよく聞いとけっ!!ようするにおまえらは、あのハムレット王子の側を戦争で楽々勝たせてえんだろ?だったら、こっちでも協力してやるってんだ。そのかわり、その前にギベルネス・リジェッロのことを何がどうでも無事にこっちへ帰らせろ。電波障害やなんだでこっちの邪魔すんじゃねえぞっ!!わかったか!?』
いつもなら、こっちの考えごとその他を邪魔するためかどうか、常に絶妙なところで物音を立てたりしてくるのだが、この時は突然にして船内はシーンとしていた。(まったく、なんだってんだ!!)とユベールは舌打ちしたくなるが、もちろん彼にはわからなかったろう。宇宙船カエサルに存在していた精霊型人類がその言葉を聞き――彼らが考えてもみなかったこの申し出について、互いにヒソヒソ話しあっていたことなどは。
『いいか、ギベルネス。俺としちゃあな、次のように考えてんだ。<東王朝>へ行けってことは、なんか理由があんだろうから、占い師のババアの言うとおりにするとしても……こっちから、タイミングを見計らってヘリコプターのほうを出動させることにする。で、あんたはそれなりにハムレット王子といった仲間たちにさようならの挨拶をしてだな、「<神の人>としての私は去ってゆきますが、必ずあなたたちは戦争に勝利します」とでも言い残していきゃいいんだ。あとはな、こっちでいくらでもやれることがあるわけだ――流石にミサイルの発射まではやりすぎだろうが、タイミングを合わせりゃ、そんなことも悪くはねえのかもしれねえ。あれから俺も、惑星シェイクスピアにおける戦争の歴史なんて項目について、歴史専攻の惑星学者の残したもんを読んでみたんだ。トレビュシェットとかいう発射体を飛ばすものを今は使ってるのが通常のようだから、それがぶつかるのにタイミングを合わせてドカンと一発、ようするにあの頑丈な三重壁の外二枚が破れるのが肝要なんじゃねえかという気がするな』
(ええと、となると最後にまだ一枚壁が残るわけですよね?)とギベルネスは思ったが、とりあえずこの段階で彼にも、ユベールの言いたいことはある程度理解できた。確かに、ミサイルの使用までは間違いなくやりすぎではあったろう。だが、一度宇宙船カエサルに戻ることさえ出来れば――それこそ<神の人>として、ギベルネスには出来ることが色々あるというのは本当のことである。
『俺が思うにはな、精霊型人類のみなさま方が今ここ惑星シェイクスピアのどのあたりにご滞在中なのかはわからんが、それでも、戦争における士気をこの上もなく下げるだの、縁起の悪いことを連発させるだの、とにかく、確かに何か彼らには勝てる方策があるってことなんだろう。なんでも精霊型人類様というのは、地球発祥型人類が嘘つきのしょーもない連中であるのに対して、一度約束したことは必ず守るという気高いお方々のようだからな。ハムレット王子は必ず勝てるにしても、それでも味方側の被害について完全に保証するってことまではできまい?それに、戦争なんてことはあいつらだって本当は大嫌いなはずなんだ。電光石火で終わりゃあ、それだけ被害が小さくて済むってもんよ』
ここまでのことを、ユベールはギベルネスにしゃべっているようでもあり、まるで独り言をブツブツ呟いているようでもあり、それと同時にメインブリッジのそこからへんをうろついているに違いない、精霊型人類に向かい、ある種の交渉術を駆使しているようでもあった。
「ユベール、なんだか、私のほうでもすっかり元気になってきましたよ」と、ギベルネスはくすりと笑って言った。「そういうことであれば、確かに私のほうでも安心してそちらへ帰れますから」
『だっろー!?仮にさ、ミサイルやなんやら使用したところで、次にここへやって来る連中が弾数が合ってないだのなんだ、いちいち気にして報告するかってんだ。そりゃあ、もっと本星エフェメラにとって重要な星系での話だ。こんな辺境惑星でちょいと不思議なことがあったからって、惑星の歴史に介入した罪に問われるだなんだ、今じゃあんたと俺のふたりっきゃここに残ってねえ以上、ありえねえ話ってことになるからな』
「ですが一応、AIクレオパトラは今こうして我々が話している会話についてもすべて記録してるはずなんですがね……」
『その点は大丈夫だっ!!』ギベルネスの目には小蝿の姿しか見えてないはずだが、その彼をして、ユベールがえっへん!とばかり、胸を張っているのがわかる気がしたものである。『一度、AIクレオパトラの回線自体落ちて使いものにならなくなったんだ。そこでな、再起動するって時にちょいと細工させてもらったのよ。最初の設定だと、なんかここで不審なことが起きたらすべて当局へ連絡が行くってバージョンだからな。だが、今はなんの連絡が通達され、されないかについては、俺の胸三寸の選択性ってことになってる。もちろん、最初のパターンが一番性能が高くはあるが、今はもう他の惑星学者どもがどこの機能もほとんど使やしねえんだから、問題はない』
「そんなこと、本当に出来るんですか?そもそも、最初にAIクレオパトラの回線が落ちて連絡が取れない状態に暫くなった時点で――向こうでは異変を感じ取っている可能性があるのでは……」
『辺境惑星をナメんなよ、ギベルネ先生』と言って、小蝿は笑った。『本星情報諜報庁だの宇宙警察機関だのいうところはな、超忙しいんだよ。その中でな、辺境星系に存在する惑星からの連絡ってのは――処理しなきゃなんねえ優先順位が最下位かそれに近いくらいなんだ。一応、俺のほうでも定期連絡というやつはしてるが、向こうからは何も聞かれやしなかった。つまりはそんな程度のものだってことなのよ』
「そうですか……逆にいうと見捨てられ感半端ないという気もしますが、この場合は良いほうに、ポジティヴに捉えたほうがいいようですね。私も、思った以上に早くそちらへ帰れるかもしれないと思っただけで、気力が漲るようになってきましたし」
『そうだ!その意気だぜ、ギベルネ先生!!』
――周囲は真っ暗闇、その上あたりは不気味な悪魔や鬼の像などで飾り立てられている……という状況でも、ギベルネスはこの時、随分心が元気になってきていた。実をいうと、<東王朝>側へ向かう→戦争に勝利する→さらに、再び長く旅をして基地へ向かう……と考えただけで、彼としては気が遠くなるばかりだったのだが、ユベールの「法律違反上等!!」の頼もしさのことを思うと、今では色々な肩の重荷やら、胸のつかえやらが一気に下りるのを感じたくらいである。
と、同時に、ギベルネスの脳内はその後、永遠に解けない難題と時があれば向き合うことにもなっていた。それは取りも直さず『精霊型人類』とは一体何者かということであり、ニディア・フォルニカに憑依していた精神体は今どこにいるのだろうということであり――おそらく自分は、もしこれから宇宙船カエサルに戻れ、さらには本星エフェメラへ帰れたとして、「そのような不思議な存在に遭遇したらしい」ということ以上のことは何もわからずに終わるのだろうと、彼はそんな気がしていたのである。
>>続く。