SUPER PANTOMIME THEATER SOUKI の HADOです。
今夜は4月の大倉先生の歌舞伎勉強会。
とはいえ、本日はイレギュラーなスタートとなりました。
たまたま見つかった。というベジャールのボレロの鑑賞から始まり、
話はやがて歌舞伎の『盟三五大切』へ。
日本古来の身体表現と、西洋の身体表現では「身体」や「気」の使い方が真逆なのです。
西洋では大きく、大きく、外へ外へ。
日本古典芸能の能では内に、内にと気を充填させていきます。
この違い、ホントに面白い。
と、面白いなー。って思うのも、
これはきっとどっちとも「客観的」に見ているからなのでしょう。
現代人としての僕は、どちらも見たことはあるけど、どっちつかずのいきものです。
そこで今夜の大倉先生が伝えてくださったことは
歌舞伎、お囃子などを「主観的」に感じとり、楽しむこと。
日本人のDNAを持つ僕は、きっとどこかにそれらを「楽しい」と感じるセンサーを持っているはず。
ちょっと格好良く言えば『盟三五大切』を観ている時間は、
自分の持つDNAを探る旅のようでした。

そしてこの演目は「長い」ので、今夜は前半のみ。
後半は来月へのお楽しみとなりました。
しっかし!こういう「重構造」を持つ歌舞伎の作品なんて
大倉先生の導きがなければ、僕には楽しめるはずもありません。
大倉先生!
いつもありがとうございます!!!
今夜は4月の大倉先生の歌舞伎勉強会。
とはいえ、本日はイレギュラーなスタートとなりました。
たまたま見つかった。というベジャールのボレロの鑑賞から始まり、
話はやがて歌舞伎の『盟三五大切』へ。
日本古来の身体表現と、西洋の身体表現では「身体」や「気」の使い方が真逆なのです。
西洋では大きく、大きく、外へ外へ。
日本古典芸能の能では内に、内にと気を充填させていきます。
この違い、ホントに面白い。
と、面白いなー。って思うのも、
これはきっとどっちとも「客観的」に見ているからなのでしょう。
現代人としての僕は、どちらも見たことはあるけど、どっちつかずのいきものです。
そこで今夜の大倉先生が伝えてくださったことは
歌舞伎、お囃子などを「主観的」に感じとり、楽しむこと。
日本人のDNAを持つ僕は、きっとどこかにそれらを「楽しい」と感じるセンサーを持っているはず。
ちょっと格好良く言えば『盟三五大切』を観ている時間は、
自分の持つDNAを探る旅のようでした。

そしてこの演目は「長い」ので、今夜は前半のみ。
後半は来月へのお楽しみとなりました。
しっかし!こういう「重構造」を持つ歌舞伎の作品なんて
大倉先生の導きがなければ、僕には楽しめるはずもありません。
大倉先生!
いつもありがとうございます!!!