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腹巻き帽子の続きは、段染めではなくて無地にしました。
腹巻き帽子の続きは、段染めではなくて無地にしました。
同系色だから、着用してて煩くないかな。
時々帽子にして着用するので、無地の方が合わせやすいと気付いたワタシ。
この毛糸は、30年以上前の弟のセーターをほどいたもの。
編み機で編んだセーターでした。
そう、実家には編み機もあった。
しかも、なぜかワタシ用…
母が編み機販売店で積み立てし、購入に至ったような…あやふやな記憶。
昔はミシンもそんな感じでしたよね。高価だったし。
母が欲しかったのか?お店で勧められ、断れなかったのか?どちらかというと断れなかった方かも
編み機講習を受け、編んだものは弟のセーターとベストだけ。と、記憶しています。
昨年亡くなった叔母が編み物の先生で、主に編み機を使ってました。
着ていたセーター等は、すべて叔母の手作り。
そのうち忙しくなって編み物をしなくなった叔母。
母はワタシを代わりにしたかったのかも知れませんね。
学生時代だったのか?社会人になっていたのか?さえも忘れちゃったけど、、、
ワタシも忙しいのと邪魔くさいのと合わせて続かなかったのでしょう。
以後、編み機は実家の宝の持ち腐れとなっています。ミシンほど使う機会はなかったですね。
最近プラスチック問題で、フリースの洗濯時に出る繊維の屑が海の環境汚染に繋がる…と、生協で話題になっています。
そうなると、毛糸のセーターとかが見直されて来るのでしょうか?
となると、編み機の出番も夢じゃない!?
ところで、この腹巻き帽子。
使い込むうちに、けっこう伸びちゃう。
混紡だからかな?
でも、ウールのように毛玉も出来ず、ほどくのも簡単。
古くなった順からほどいて、ソックスにしようかなぁ…
なんてことも考えてます
お隣りに住んでたお婆さんは、「洗い張り」をしていたようで、よく「板に糊付けして、貼り付けた」着物の部品?を、天日干ししてました。
私が小学校1年生の冬、学校から「イス用の座布団を持ってくるように」と言われた時、母は、余り毛糸で、夜鍋をして、私用の座布団を作ってくれました。(^^) 可愛いヒヨコの刺繍までしてあって、とっても嬉しかったのを、今でも覚えてます。
「手作りの温もり」は、(機械編みですが)忘れないものですね。(^_^*) そういえば、あの編み機一式、その後、母はどうしたんだろう? 家で見た記憶は無いから、どなたかに譲ったかな?
やはり機械編みでしょうか?
50年くらい前は、編み機を使ってセーターとかは普通にあった気がします。細い毛糸が主流だったからでしょうか?
機械で編まれていても、手作りって感じでしたよね。編み直しも当たり前で、糸巻きの手伝いをさせられてました。
実家には、そんな毛糸がゴロゴロしています。
洗い張りも昔は家でやったのですね。私はお向かいの洗い張り屋さんに頼んでました😊
私が生まれ育ったのは「農村」なので、特に「お店」とかは無く、お隣りのお婆さんも、自宅で「頼まれて」、商売として「洗い張り」をやっていたようでしたヨ。(^_^*)
母は、編み機の他に「かせくり機」「毛糸巻き機」など、色々駆使してました。私は、「編み物の本」を眺めるのが好きでしたね。^_−☆
生活していくための手仕事をされていた方は、昔はけっこういらっしゃいましたね。
叔母達も職業とするために学校に通ったようですが、皆若く結婚したために、花嫁修業の一つに変わってしまいました(笑)
いとこが男ばかりで、手仕事好きな血筋は私で止まっています💦