拈華微笑 ネンゲ・ミショウ

我が琴線に触れる 森羅万象を
写・文で日記す。

  拈華微笑・考【 Ⅱ 】

2023年11月10日 | 東洋自分なり研究所

  私は同じタイトルで、今年の3月にブログを書いていた 2023年3月6日のブログ記事〜拈華微笑 考

 

  そもそも私のブログのタイトルに『拈華微笑』と付けた理由が自分でも不明であるが、それは偶然ではなかった・・・と思う今日此頃。

  で、今日は『拈華微笑考』第二弾を考察しようということになった。

 

  『拈華微笑』(ねんげみしょう)の話自体を知らない人が多いようなので、ウィキペディアでみると・・・

 

  『 拈華微笑(ねんげみしょう)とは、宋代以後禅宗にその法脈を釈尊が摩訶迦葉に微妙の法門として付嘱したという禅林において喧伝された説話である。

    禅宗の起源を説くとされ、看話禅の公案の一つでもある。

    宋代以降の禅宗において、不立文字・教外別伝の立宗の基盤を示すものとして重用された。

    概略
    インドの霊鷲山(りょうじゅせん)上で釈尊が黙って華を拈(ひね)ったところ、会座の衆はその意味を理解することができなかったが、

    迦葉尊者だけがその意味を理解して微笑した。悟りは文字理論によって伝わるものではないという不立文字の意味を示しものであり、

    釈尊が迦葉尊者にのみ正法を授けたという伝灯の起源となった。この説話の最古とされるものは、『天聖廣燈録』(1036年)である 』・・・とある。

 

  もっと手っ取り早く解説すると、

  『その日、釈尊はいつものように何かを語って説法することもなく、ただ華を一本手に持って大衆に黙って示した・・・。

  弟子たちは、その意味が解らずポカーンとしていたが、ただ一人摩訶迦葉という弟子だけがその意を解してにっこり微笑んだ 』という説話。

 

  ウィキペディアが解説するように、『不立文字』を示したもの・・・つまり、非言語で、以心伝心で『仏法』を伝えた、という風に

  私も理解していたのであるが、それが私の行き着いた『観音』というキーワードとがようやく結びついたのだ。

           

  この仏像は(京都 大報恩寺・真言宗)の聖観音菩薩像であるが、これと『拈華微笑』の説話とは無関係ではない・・・。

  というのが、馬骨の『拈華微笑』論の骨子なのだ。これが後に公案になるとは仏様も知らなかったであろう。

  追加(翌日): いやいや、仏様は完全に知っていた(次元x時間(じげん)を越えて)・・・それで『私』なんかにも伝わったわけだ。

           我がブログ・タイトルを『拈華微笑』にした理由がそれだった。

  

 



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