拈華微笑 ネンゲ・ミショウ

我が琴線に触れる 森羅万象を
写・文で日記す。

  迷・ガイド時代 ~ スイスに!

2012年01月03日 | オレ的アングル
  ボクは 今の仕事につくまで 約10年ぐらい ジュネーブを起点にした 日本人旅行者のガイドとして働いていた。

  フランスなどは ガイドになるためには試験をパスしなければ ガイドになれないそうであるが スイスでは 旅行会社が雇ってくれたら
  誰でもガイドになれる・・・という 安易さ(いい加減さ)に便乗して 来瑞して 直ぐにボクはガイドになった。

  迷・ガイドのスタートである。
  失敗のエピソードを 話してたら きりがないぐらい いろいろあるが 、今日はその中でも 
  未だに 迷か 名ガイドであったか 判断できない 思い出を 書きたいと思う。

  それは多分 ガイド5年目?ぐらいで 迷・ガイドぶりも多少 板についたくらいの時だったと思う。 いつものように 客を楽しませようと
  普段、 無口なのに ベラベラとスイスについて あること(ないこと?)バスの中で喋りまくり お客さんも 乗ってきたナ~という手応え
  を感じつつガイドを終えたわけであるが、 お客の中に 母と娘の二人組がいて その日の観光がとても楽しかった、とお礼を言われ、少しの
  時間であればということで お茶を一緒にして さらに普段のスイスについて 知っていることを話したように思う。

  二週間後ぐらいしてからであっただろうか その娘さんから 手紙を頂き 楽しかったです、というお礼と スイスが非常に気に入ったので
  住んでみたいので アドバイスをしてくれないか? という質問が書いてあった。

  「イヤーッ、そう言われても・・・?」というのが ボクの正直な 感想で、 観光で楽しかったから=住んで楽しい! とは その時のボクには
  思えなかった。 ボクの場合 妻がスイス人であるから いろいろ助けてもらっているけど 日本人が一人で来て 語学学校でも行くのであればいいけど
  そうでなく 仕事をしたり 生活したりとなると スイスって結構 アタマに来る場面が 多いのだ。 ガイドの話では どちらかと言うと良い事ばかり
  を、そうでない事も ユーモラスを混じえて話しているわけで 現実は やはり厳しい・・・というのが ボクの認識だった。

  ボクは 正直にそういった気持を 手紙に書いて送った。 その後 4,5回手紙を交換して 結局どうなったのか・・・その辺がよく覚えてないのだけれど
  ボクは安易な気持ちで 来てはダメ・・・と言い続けたような気がする。 言葉も満足にできないのに来て 苦労をしている自分を観察すれば 答えは
  どうしても そうなってしまうのだ。

  今でも たまぁにその出来事を考えるが それで良かったのか、どうか? ・・・。海外に出る人達の動機なんて 案外他愛もないものである。
  動機が素晴らしく 準備が素晴らしい方が いいに決まっているが 人生は気まぐれ(特にボクの場合)だ!
                              
  


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