“笑わせ”と“泣かせ”には定評がある木下惠介だが、本作のような辛口の映画にも実は見るべき作品は多い。時代は昭和7年、上海に出征していた大地主の息子平兵衛(仲代達矢)が傷病兵として阿蘇の自宅へ帰還する。小作人の娘さだ子(高峰秀子)に手を出す平兵衛、さだ子の恋人隆(佐田啓二)が出征中と知っての狼藉だった。一度は川へ身投げしたさだ子だが、救助され平兵衛の妻となる。そんな時、戦争から隆が元気な姿で帰還してきたのだった.....
この映画弟忠治が担当した音楽が、なんとナレーション付のフラメンコギター。熊本弁丸出しの会話とのミスマッチも、なれてくると不思議と気にならなくなってくる。全体の構成も30年間に渡ってお互いに憎み合う夫婦を演じた高峰秀子と仲代達矢の2ショットがほとんどで、2番目にクレジットされている佐田啓二はむしろ脇役扱いという木下ならではの変態チックなキャスティングが特徴だ。
仲代曰く、木下の指示で憎まれ口をたたいた高峰を思い切り張り倒したところ「仲代さんって力強いのね、演技は下手だけど」と逆にやり返されたらしい。年齢的にも高峰の方が上で、大先輩の演技に負けじとヒールを演じたという。聞けば、障害者役が非常に多いという仲代だが、肉体的にも精神的にもコンプレックスを抱えた役処は本作の平兵衛をふくめ、仲代達矢の十八番となっていったそうだ。
出生の秘密を知った長男栄一(田村正和)が阿蘇の火口へ飛び込み自殺、次男守人は赤になって学生運動で大暴れ、末っ子の直子は隆の息子と大阪へ駆け落ち婚(冒頭シーン)してしまう。そのすべてを平兵衛はさだ子の自分に対する復讐だと妻をなじるのだ。臨終の際にある隆に一言詫びをいれてほしいと平兵衛に頼み込むさだ子だったが、自分勝手な夫の思い込みに「あなたって人は....」と呆れてものも云えなくなってしまうのである。
阿蘇の火口からもうもうと立ち上る噴煙は、30年間にわたり憎み合う夫婦の心の奥底にたまったマグマから発せられているのだろうか。松葉杖がなければ歩くことも出来ない身体に平兵衛がなった原因も、隆の帰還が半歩遅れさだ子が望まぬ結婚を強いられた原因も、農地改革により土地をとり上げられて家が落ちぶれてしまった原因も、元はといえばみな戦争なのである。
木下惠介は、阿蘇の噴煙にいまだに消えることのない戦争の残り火(精神的トラウマ)を投影しようとしたのではないだろうか。平兵衛とさだ子の夫婦間に横たわる愛憎の焔は、その子供たちにも延々と引き継がれていくのである。その昔一揆を密告した小清水家の祖先によって皆殺しの目にあった百姓たち、平兵衛にレイプされたさだ子、そのさだ子に愛されることのなかった平兵衛や栄一たちの怨念が噴き上げる煙は、けっして浄化されることはないのである。
永遠の人
監督 木下惠介(1961年)
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