あの『ブリキの太鼓』の次にドイツで売れた小説が本作の原作『香水』だそうな。累計1500万部を超える大ベストセラーらしく、スピルバーグやスコセッシも映画化に意欲を見せたものの、原作者が頑として首を縦にふらなかったという曰く付き。スピルバーグによる“香り”のVFXや、主人公をイエスキリストに重ねたスコセッシの演出を見たかった気もするが、原作者が許さなかったのだからしょうがない。ドイツ出身のトム・ティクヴァが映像化するまでには結構な年数がかかったという。
お世辞にも美しい街とは言えない18世紀のパリで生まれた主人公グルヌイユ。おまるの中味を窓からぶちまけていた歴史があるパリの水事情は、19世紀コレラが大流行するまで改善されず、セーヌ川は糞尿垂れ流しの状態で周囲には悪臭がたちこめていたという。貴族の女性のフープスカートも、お庭で野グソをするのに便利な道具として開発されたのは有名な話。香りを求めてグラースにグルヌイユが向かったのも、あまりにもくっさいパリをどうしても離れたかったのが真の理由なのかもしれない。
風呂に入らないことで有名なフランス人、水が貴重というお国事情もあってか石鹸消費量はいまだに世界最小ともいわれている。風呂に入ると体の大事な成分が流れて落ちてしまうとマジで信じている人も多いとか。その体臭を消すためにうまれた香水文化そして濃厚なソースを特徴とするフランス料理なのである。そんなフランス人の悪習(臭)?に目をつけたのが、このドイツ人原作者パトリック・ジュースキントなのだ。
いかにも実在の人物の人生を語る大河ドラマのような第3者によるナレーションや、フランスなまりの英語をしゃべる登場人物たちに違和感を覚えつつ、ダスティン・ホフマン演じる香水作りの師匠のもとを離れて、山ごもりの末自分の体臭=存在感が無いことに気付くまでの映画前半のくだりは少々退屈。しかし、究極の香り=処女の体臭を求めてハンニバル化するグルヌイユが、ラスト手前で見せるーアントニオーニもびっくりのーとんでもない奇蹟は圧巻の一言。
究極の香水によって愛を操る能力まで身につけたグルヌイユはーその生い立ちからしてー第二のキリストにもなれたはず。人間の100万倍ともいわれる嗅覚の犬をも超えた鼻をもつ男が、世界を香りによってー愛を操ることによってー支配することもできたはずなのである。原作者のジュースキントならそうしなかった理由をこう言うだろう。香りとは元々人間にそなわっている性欲や食欲を喚起するための感覚であり、体臭のない男には世界を支配する欲などサラサラ無かったのであると。
パフューム ある人殺しの物語
監督 トム・ティクヴァ(2006年)
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