ネタばれせずにCINEるか

かなり悪いオヤジの超独断映画批評。ネタばれごめんの毒舌映画評論ですのでお取扱いにはご注意願います。

雨の日は会えない、晴れの日は君を想う

2018年12月14日 | ネタバレ批評篇

タイトルから予想されるメロドラマとは違って、最近見た映画の中ではけっこう難解な部類に入る1本。死んだ奥さんがサンバイザーの裏側に張りつけていた付箋。そこに書かれている子供のなぞなぞのようなメモ“”If it's rainy, You won't see me, If it's sunny, You'll think of me. ”の“me”をどうととるかでまったく異なった解釈になる作品だ。

妻の運転する車で移動中、突然の事故でジュリアをうしなったデイヴィス(ジェイク・ギレンホール)だが、なぜか涙が流れない。義父フィル(クリス・クーパー)が経営する投資会社に席をおくデイヴィスは、家の冷蔵庫にエスプレッソマシン、会社のパソコンにトイレのドア、あかの他人の家や自分の家まで壊す奇行にはしるようになるのだが…

本作のわかりにくさは、主人公がみる夢や幻覚、子供時代のフラッシュバックなどと、現実に起きていることとのギャップが曖昧すぎて観客の判断を妨げている点。そして主人公が何のためにdemolition(原題)に固執しているのか最後の方まで故意に隠している点にある。ジャン=マルク・ヴァレという映画監督、おそらく相当の曲者だ。 

(以下ネタバレ)

ひょんなことからデイヴィスと知り合うシングルマザーのカレン・モレノ(ナオミ・ワッツ)にはクリスという問題児がいる。一見物語とは無関係なクリスに対するカレンの母性愛やそのクリスとデイヴィスの擬似親子関係が、実は本作の重要な伏線として描かれている。娘をうしなった悲しみにくれる義父フィル、そしてジュリアが遺した基金でデイヴィスが再生したメリーゴーランドなど、本作には“親子愛”が通奏低音として常に流れているのだ。

亡くなったジュリアとの愛の痕跡を見つけようと、デイヴィスが破壊行為に及んだのは異論のないところだろう。そして発覚した妻の妊娠と浮気(電話で話していた母親との喧嘩はジュリアの中絶が原因か)。「せっかくの赤ちゃんを中絶してまであなたとの愛を選んだのに、どうしてそれに気づいてくれないの?」生前のジュリアは心の中でこう叫んでいたのではないだろうか。

擬人化した冷蔵庫やサンバイザーに生まれることのなかった子供の気持ちを仮託して、ジュリアが戯れに書いた付箋メモの数々。そのメモを読んだデイヴィスは(浮気しといて自分勝手な気がしないでもないが)赤ちゃんを産んで母親になりたかったジュリアの本心を悟ったにちがいない。母性本能に逆らってまで夫との結婚生活を選んだジュリア。壊しても壊しても見つからなかった妻の愛にやっと気づいた時、ジュリアの死をデイヴィスは心の底から受け入れ涙を流すことができたのではないだろうか。

邦題はジュリア自身を“me”と解釈した直訳になっているが、それでは映画の各所に配された伏線がまったく生きてこない。生まれることのなかった我子の気持ちになって書かれたメモだとすれば、こんな訳がむしろ妥当なのかもしれない。

雨の日は(サンバイザーを上げてるから)僕とは会えないよ。
晴れたら(サンバイザーを下げて)僕に気づいてね。

あなたなら、自分の(種)じゃないイスにすわれますか(子供を愛せますか)?という映画です。

雨の日は会えない、晴れの日は君を想う
監督 ジャン=マルク・ヴァレ(2015年)
[オススメ度 ]
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