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知的障害のある妹にウリをらやらせて生計を立てている足の不自由な兄。片山慎三監督デビュー長編作は、インタビューで自身の好きな映画として名前をあげていた2作品『レインマン』と『サイダーハウス・ルール』を足して2で割ったようなシナリオである。『レインマン』は、抜群の記憶力を持つサヴァン症の兄ダスティン・ホフマンの能力を利用して弟のトム・クルーズがカジノで大儲けするお話。『サイダー....』は、孤児院で身につけた非合法の中絶術を使って、近親相姦でできた子どもの堕胎をかってでる青年の成長物語である。
しかし観客のほとんどはそれに気づかないままこの映画を見終えることだろう。なぜなら、キレイキレイなハリウッド2作品には、障害者による売春行為や、脱糞バトル、取り立て屋にバレないよう目張りしたアパートの極貧生活を映し出したシークエンスなど、まず登場しないからだ。この片山監督の社会的弱者を見つめる眼差しは、ダルデンヌ兄弟のように超現実主義的でクールしかもブレがない。故に観客の目にはきわめてリアルに写るのである。あの是枝裕和も貧乏セットにはかはりの拘りがあるようだが、片山のそれは筋金入り、近所に住んでいる認知症爺さんの部屋を意図せず覗き見た時と同じぐらいの衝撃を受けたのである。
神奈川の三浦あたりと思われる架空の港町。足が不自由なことで造船所をクビになった兄良夫は、母親失踪後徘徊癖のある妹真理子の面倒を一人で見ている。トラックの運ちゃんにヤクザ、地元の高校生....1時間1万円ポッキリの定額デリヘルで良夫と真理子は小銭をためていく。その中のヘビーユーザー、小人症の中村くんといい感じになった真理子に妊娠が発覚。思い悩んだすえ良夫は中村くんのアパートを訪ねるのだが.....結局、貯めたお金を使って真理子の中絶手術を行うことになるのだが、この後に続く現実と夢が錯綜したラストシークエンスが少々分かりにくい。
映画冒頭と全く同じ、家からいなくなった真理子を良夫が探し回るシーンで終わるのだが、これは麻酔で眠らされていた真理子の夢なのではないか。直前、真理子が道端で拾い上げる子雀の死骸は、間違いなく堕胎された真理子の赤ちゃんのメタファーだろう。真理子の死をうっすら匂わせていた冒頭シーンから察するに、堕胎手術に失敗した真理子はそのまま亡くなってしまったのではないだろうか。彼岸を思わせる黒々とした岩場で真理子の姿を発見した良夫にかかってきた電話は、警官のケンちゃんから真理子の訃報を知らせる連絡だったのではないか。
『レインマン』のように金に目が眩んでいた弟が、兄の真意を知り自戒するシークエンスもなく、『サイダーハウス・ルール』のごとく共依存関係にあった主人公の自立を描いているわけでもない。たとえ五体満足の赤ん坊が産まれてきたとしても、いま以上に不幸な暮らしになることがほぼ100%確実な兄妹にとって、この映画に描かれる結末の方がまだ2人にとっては幸せだったのではないか。本作のラストシーンに漂う不思議なカタルシスは、死んでしまった方がまだましなくらい過酷な貧乏生活が延々と描かれていたからに他ならない。
岬の兄妹
監督 片山慎三(2018年)
オススメ度[
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