TAZUKO多鶴子

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原子力エネルギーと自然エネルギー

2011-06-17 | TAZUKO多鶴子からの伝言
 
 東日本大震災の二次被害とされる福島原子力発電。
 現在も多くの人々がそれによって苦しみ戦っている昨今である。

 何故、原爆で苦しんだ私たち日本人が第二次世界大戦後も
 原子力発電に頼ったのか?

 先日ニュスを見ていると、
 村上春樹が
 「日本は何故原発に頼ったのか…」
 という答えに
 「戦後の日本は『効率』だけを考えた…。」
 そのように演説していた。

 しかし思うに…
 『効率』を重んじたのは日本だけでなく
 殆どの国がそうだったのではないかと思われる。
 
 「オレは進歩と調和なんて大嫌いだ!」

 の岡本太郎の名言があるが…
 その太郎の『太陽の塔』のあるあの地で行われた『万国博覧会』。

 あの頃からも象徴するように
 人々や日本の国の我欲が大きく怪獣のように膨れ上がったように思う。
 その夢が原発と正比例しているのかもしれない。


 福島原発以後
 「自然エネルギーに変えて行くべきだ」と唱える人々が多くなってきているが
 何も問題点はないのだろうか?
 色々と調べてみるとやはりこれにも問題があるようだ。
 下記を一部抜粋しましたので
 是非ご覧頂きたいと思います。

 『自然エネルギーの導入で、新しいビジネスが生まれ、富を得る企業が出る一方で、
  電気料金は確実に高くなる。日本は工業立国だ。電気料金が上がれば、
  大企業は生産拠点を国外に移す可能性がある。
  大企業のように資金がなく、国外に移転できない中小企業は、
  工場をたたみ、廃業という道を選ぶ恐れもある。』

 『自然エネルギーはそれぞれの地域の風土によって、それぞれの問題がある。
  例えば、中国の山峡ダムは、様々な批判を受けながらも開発が進められている。
  世界三大河川のひとつである長江にダムを建設し、
  2009年までに出力1820万kWhの水力発電を完成させようというものである。
  この計画には120万人ともいわれる住民の移転問題をはじめ、
  1200ヶ所以上の文化財、遺跡が水没してしまうことや、
  生態系の変化の恐れなどが指摘されている。』


 江戸時代は原発も自然エネルギーもなかったが
 貧しい人々も多くはいたが
 美しい自然の中で
 美しい文化を築き
 情緒ある生活が出来て
 それぞれの楽しみがあった…。

 それでは
 今後私たちは
 どんな道を歩めばよいのでしょうか?

 ふと…
 今日はそんな事を考えてしまいました。