連続大河ブログ 原付旅
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名古屋編
熱田神宮!なぜ熱い田んぼ?の巻
さて、前回は熱田神宮の御神体である「草薙の剣」が出雲の八岐大蛇!スサノウにより退治その尾から出てきた剣!高天原のアマテラス!天孫降臨ニニギノミコトにより芦原の中津国!神武により現在の奈良「大和」!ヤマトヒメにより伊勢神宮!ヤマトタケルにより東方討伐を経て尾張の国の宮簀媛!という経緯で熱田の地に鎮座したってお話でした。
熱田神宮!なぜ熱い田んぼ?の巻
さてさて、草薙の剣の話になるとどうしても、スサノウとヤマトタケルにフォーカスがあっちゃうんですよね!逆転勝利の神様として沢山の武人や統治者達に敬い奉られてきました。
前々回の桶狭間の戦いの勝利のお礼に塀を奉納した織田信長!
その以前もやはり天下人達、平安時代には藤原氏、千秋氏が宮司を務め、足利氏の祖である足利 義康に嫁いだのは宮司の妹、大河ドラマ「鎌倉殿の十三人」の鎌倉殿足利頼朝の母は宮司の娘だそうです。
「日本所謂三大宮司、盖厳島・熱田・富士之三所也」広島のは厳島神社、富士の浅間大社、そして熱田は日本三大宮司に数えられていたそうです。
熱田神宮のすぐ南には国道1号線が東西に走っています。そうです!江戸の日本橋から伊勢神宮(現在は大阪)まで続くの日本の大動脈!東海道です!旧街道も残されており、東海道五十三次のうち43番目「宮の宿」そして唯一の海路、七里の渡しがあります。ここから桑名まで海の東海道です。そして、徳川家康!この東海道をはじめ主要な街道の両側に黒松の並木を整備して人々が夜中でも迷うことなく行き来できるようにしたそうです!イエス!家康!
さてさてさてさて!名古屋駅周辺に地名に亀島、牛島、枇杷島など近年まで本当に島だったことからこの地名になったってお話をしましたよね。ヤマトタケルが逆転勝利の舞台、草を薙いで火をつけ焼き払った地を「焼津」、弟橘媛が自らの命と引き換えに荒れ狂う海を鎮めた時に「ああ妻!吾妻!あずま!」といううわけで東の方を「あずま」と言うそうです。
熱田がなぜ熱い田んぼかと言うと、ヤマトタケルが尾張の地を立って、人生の終わり後に草薙の剣を託されたミヤズヒメは、生涯ツルギを守り占いで現在の熱田に決めたそうです。この地は海辺で田んぼが広がる地で楓の木が立っていたそうです。おそらく、落雷により楓の木が炎上!メープルシロップでも有名な楓は油分も多く朽ちて倒れてもなお燃え続けたそうです。なので熱い田んぼ「熱田」となった説。
火口付近の海沿いで魚が豊富に水揚げされ「年魚市潟(あゆちがた)」が「あちた」熱田となったとか諸説あり!
ミヤズヒメは熱田の地に草薙の剣を移すまで、ヤマトタケルの死後、八十年!今の名古屋市緑区大高にある氷上姉子神社に草薙の剣を祀りっていたそうです。
個人的には、前者の「ファイヤ メープルツリー フィールド」がいいな〜って思います。
草薙の剣は、焼津と言い熱田と言い火にまつわる感じですね!
次回 草薙の剣だけじゃない!熱田神宮の神様達の巻
ここまで読んでくださった方の願い事が叶います様に…」
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