意思による楽観のための読書日記

強欲資本主義ウォール街の自爆 神谷秀樹 ****

お金の儲け方ばかりを勉強しMBAを取得、経営学を修めたビジネスマンは、人間として大事なこと、職業人としての倫理やなにが幸せなのかについて何も学んでいないのではないか、というのが神谷(みたに)さんの指摘。合法であれば手段を選ばない金儲けは破綻すると主張していて、それは今現実のものになろうとしているが、こうしたバブルとその破裂は「強欲」がある限りなくならないとも指摘、これを「強欲資本主義」と称していずれ終わりを告げるときがくると説いている。神谷さんももともとは住友銀行入行後、ゴールドマン・サックス証券に移籍、米国で投資銀行「ロバーツ・ミタニLLC」を経営する強欲の当事者とも言える人物、その著者がインサイダーとしてウォール街は自爆すると表現。欧州系のマーチャントバンクが投資銀行へそして金儲けのためなら何でもやる今の投資銀行のように変身してきたかを解説、ゴールドマンサックスをそれらの象徴的存在と指摘している。

アメリカは物作りができない国になってしまった象徴としてGMを例示、CEOワゴナーの2008年5月に日経ビジネスに掲載されたインタビューでの言葉を紹介している。「企業としての至上命題は株主への利益の還元であり、収益性やキャッシュフローが非常に大切です。当社は昨年米国でレンタカー向けの販売を大幅に削減しました、採算が合わなかったからです」自動車会社の命題は消費者が必要とする車を作ることであり、顧客のために働くことが至上命題のはず、と神谷さんは指摘している。これに対するトヨタ経営者の言葉を紹介。「われわれが欲しいのは顧客なのです。顧客を増やすためには顧客のためになる新しい技術が必要なのです。そのためにはどんなにお金をかけても良いと思っています」神谷さんはこれがGMとトヨタの今の企業差を表していると言う。GEも2008年5月に不採算という理由で家電部門を売却すると発表、アメリカ企業は儲からない物作りから手を引いて、採算の良い金融機能に絞ろうとしている、これがアメリカの危機だという。その金融機関の考えていることは「今日のもうけは僕のもの、明日の損は君のもの」という自己中心的なもの、リーマンショックで目が覚めることを祈る、としている。

ウォール街のファンドの報酬体型はどうなっているのか。一般にプライベート・エクイティ・ファンドでは、運用総額の2%プラス、キャピタルゲインの20%という契約、できるだけ短期で利益を上げて売り抜けることを考える。10年20年かけて事業を作り上げることを考えているようなマネージャーはいない、ということ。法律さえ守っていれば、社会貢献や経営者倫理などには全く興味もなく、ひたすら利潤を目指しているという、お金だけに価値があるとの考え方である。

所得格差にも問題があると指摘、倒産したリーマンブラザーズのトップ、ファルドCEOが得ていたボーナスは4000万ドル、一方で失業者は6%を超えていて、健康保険や予防施主さえ受けられない子供達がいるアメリカという国は病んでいると言わざるを得ないと神谷さんは言う。こうしたアメリカの病理を1987年時点で指摘していた日本人が下村博士、池田内閣時代に「所得倍増論」を構想した経済学者で指摘事項は次の通り。
①消費好きのアメリカ人とレーガン減税は虚構の経済政策。
②日本商品はアメリカの異常膨張に吸い込まれ繁栄しているかのように見えるが、異常膨張に合わせて設備投資すると過剰投資となる。
③財政赤字を減らすには大幅な歳出削減と増税以外に道はない。
④アメリカの要求に合わせた日本の内需拡大論は日本経済を破滅させる。
⑤ドル崩壊の危険性は常にあり、日本はすでに何兆円も損をしている。
⑥日米は縮小均衡から再出発するべきである。世界同時不況を覚悟するしか解決の道はない。

当時、この下村博士の主張に耳を貸す人はおらず、前川レポートにつながり日本バブルは90年代初めに崩壊、「小泉・竹中時代」にはさらなる強欲主義が日本を席巻し、そして今アメリカ金融経済は崩壊、日本も大きな影響を受ける結果となっている、と神谷さんはいう。これからは内需振興や輸出振興、特にアメリカの浪費を前提とした輸出は多くを望めず、資源価格は上昇傾向、地球温暖化問題もある。大きな赤字を抱える日本としてはこれ以上の財政出動にも限界があり、下村博士指摘の通り、ゼロ成長を現実のものとして受け止める必要がある。日本人は物づくりや日本人が大切にしてきた価値観、「もったいない」「足を知る」に立ち返るべきである、という主張である。デフタパートナーズの原丈人さんの「公益資本主義」での主張と重なる部分も多い。強欲資本主義の真ん中にいる著者の主張だけに説得力もある。
強欲資本主義 ウォール街の自爆 (文春新書)
世界経済はこう変わる (光文社新書)

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