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意思による楽観のための読書日記

働かないアリに意義がある 長谷川英祐 ****

昆虫の中には集団として活動し、女王の産む子供を集団の子孫として育て上げ、種として繁栄しているアリ、ハチなどの生物がいる。メダカもゾウも群れで暮らしている社会的生物であるが、繁殖を集団として役割分担をするアリ、ハチのような生物を真社会性生物と呼ぶ。人類はどうかといえば、文明の黎明期に、狩りや採集活動に出かける両親に代わって、祖父母や親類、近所の人たちが小さな子供の世話をすることはすでにあり、現在社会でも同様のことは行われている。違いはなにかといえば、それを種族としてシステマチックに遺伝の仕組みとして取り込み、雄と雌、働き手と産む個体、敵対する他の種族との戦いなど役割分担を明確化しているところ。タイトルになった働かないアリについては、グループの中に1割ほど全く働かないアリがいるというところが、人間社会にも思い当たるところ。

本書では、グループの中に働く気になる、というしきい値が各個体には遺伝的に組み込まれていて、多忙時にはスイッチが入り労働を始めるので、環境変化に応じて働く個体数が自在に変化できる多様性のあるグループが生き残るという。ハチやアリのコロニーに普段はオスはおらず、働きバチや兵隊アリはすべてメス。女王が交尾する短い期間にだけ現れるのがオスで、女王が複数のオスと交尾してしきい値が異なる多様な子を産み育てることがグループ繁栄につながる。このオスたちは全く働かず、交尾のみが仕事である。

しかし働きアリのなかにも全く働かない個体が1割ほどいて、7割ほどの個体も熱心に働くわけでもなく休むことも多く、働くアリは2割ほど、それがコロニーの多様性につながっているのがポイント。環境変化は上司が感じ取って部下に司令を飛ばすわけではなく、個体が感じ取るのが人間とは大きく違うところ。エサを探しに行く際にも、各個体が勝手に経路を選んで目的のエサに出くわすのは偶然。そのありかをフェロモンを使って他の個体に伝えるが、その経路が遠回りになっていても構わず、教えられた方はそのとおりに動く。その時、別のオッチョコチョイアリが間違った経路で近道を見つけたりするので、間違えるアリの存在価値がある。働きすぎるとアリも疲れて寿命が縮まる。そのため、適度な労働をコロニーとして維持するためには働かないアリの意義もある。

利他性を持つ個体がある意味は、遺伝により説明が可能。ハチのゲノム分析によれば、女王は働き蜂(娘)とオス蜂に2分の1ずつの遺伝子を伝える。ハチは単数倍数性の生き物で、女王は2倍の遺伝子を持っているので、姉妹同士で見れば、4分の3の遺伝子が共有されており、自分の娘をもし作ってもそれは2分の1の遺伝子となるため、娘を作るよりも妹を育てるほうが多くの遺伝子を残せることになる。弟は4分の1となり、性比をメスに偏らせる説明もできる。これが真社会性生物のシステマチックな役割分担の遺伝的説明。

コロニーの中には、利己的に動く個体もいて、その個体の子孫は一時的には増えるが、そうしたコロニーは他のコロニーに比べると競争力が弱く生き残れないので、利己的個体数は極大化しない。これを「群選択説」という。人間の滅私奉公という利他的行動も、将来的な報いを期待する生物進化の一つだと言える。

群れを作る意味は、敵から身を守る捕食回避、防衛効果、集団による作業効率向上が考えられるが、捕食者から見れば捕食効率がいい格好の標的ともなる。集団には感染症のリスクも高まり、全滅のリスクも有る。そこで、多様な遺伝子の意義があり、利己的個体のコロニー内での圧勝を防ぐため、裏切りを監視する仕組みもコロニーには組み込まれている。本書内容は以上。

人間の体の中にも同じ遺伝子を持ちながら、生殖、運動、生理などあらゆる働きをする役割を持つ細胞があり、人間個体がコロニー的存在だと言える。がん細胞は利己的個体とも言えるが、その増殖を抑制する仕組みが免疫であり、圧勝を防ぐ仕組みも長年の生物進化の中で組み込まれているはず。免疫療法には期待が持てそうだと考えたい。蟻や蜂に学ぶところはまだまだありそうな気がする。


↓↓↓2008年1月から読んだ本について書いています。

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