2000年、レジオネラ菌感染による死亡事故が静岡掛川であった。原因は循環風呂のろ過装置で、浴槽水の塩素濃度が低く殺菌が不十分だったこと。同じ年茨城石岡で同様の事故があった。循環式風呂で殺菌不足になるとレジオネラ菌とその宿主であるアメーバが検出され、そうした温水の噴霧を吸入することで感染するという。浴槽水の入れ替えを怠る風呂が多かったことが原因だった。さらに、レジオネラ菌の危険を低減するために入れられている塩素にもっと大きな問題があると筆者は指摘。塩素処理水に長時間浸かることは、塩素の酸化力によって、皮膚の老化を促進、太陽光による日焼けと同じ結果となるという。水道水の塩素濃度は0.1ppm、銭湯の塩素濃度は0.3ppm以上、人間が塩素臭さを感じる濃度は3.5ppm、10分間での致死量は600ppm、3-20ppmに15-30分さらされると重大な病気を引き起こすとされる。
日本の温泉法では、地中からの湧水で25度以上あって、温泉成分とされる物質が含まれていれば天然温泉と謳うことができる。平成以降増えたのが市町村による日帰り温泉施設で、その特徴は天然温泉を謳うが、循環式ろ過方式で、塩素による消毒が行われ、温泉以外に食堂や土産物売り場が充実していること。こうした温泉施設が老舗の温泉旅館などの経営を圧迫している。こうした公共温泉施設が日本の温泉を堕落させている、というのが筆者の主張。
循環風呂の見分け方は、浴槽からお湯が溢れているか、飲泉ができると表示されているかどうか。毎日掃除時間が設定されていなければ、お湯の入れ替えもしていないことになる。泉源温度が40度以下なら加温していると考えられ循環している可能性も高くなる。湧出量もチェックすべきという。大型の旅館であれば毎分200リットル、中規模では100リットルあればかけ流しが可能。湯量不足を補う方法として登場したはずの循環式風呂が手抜きの道具に使われていると怒りを表す筆者。源泉であり、かけ流しであれば良いのだが、加水して温度を45度前後に調整することで効能が激減する。少ない温泉水を加温して低温の温泉水を温めるので、有効活用のために循環させる、これは文字通り悪循環である。
こうした温泉の堕落のきっかけとなった裁判があった。外湯が売りであった城崎温泉の湯元旅館三木屋が昭和2年に内湯宣言をして、その他の旅館が泉源が個人の土地にあっても温泉の権利は財産区にあると主張する民事訴訟を起こした。昭和10年に三木屋が勝訴、しかし昭和25年に調停が成立し、三木屋が内湯不慣行、外湯主義という財産区の主張を全面的に受け入れることで決着した。しかしこの調停後財産区では7つあった外湯以外の泉源を求めて掘削を開始、高温泉源を掘り当てて昭和30年以降内湯化が進んだ。この裁判の結果を受けて全国の温泉地で内湯化が進んだという。結果は泉源枯渇とそれに伴う循環ろ過方式の温泉増加であった。城崎では泉源不足を補う方法として内湯を希望する全旅館に、数カ所の泉源から集めた湯を再配布する方式を導入、旅館側は蛇口をひねることでお湯が出るようになり、温泉地としても一日1200トン使用していた温泉水が700トンで済むようになったため余剰湯は再利用されることになる。7つあった外湯の個性はなくなったのである。この時点では循環ろ過は行われていないが、この城崎方式は全国に広がった。
最近の温泉ガイドブックには、源泉、かけ流し、加温、加水、循環ろ過、24時間などの表示がされるようになったことは進歩である。昭和50年以降に開設された温泉施設では特に注意が必要だというのが私の経験則、新しい施設ではお湯に下水のような匂いがある場合もあるのは循環ろ過式である場合が多い。お湯がヌルヌルしているのはアルカリ泉の特徴だが、循環式でお湯の交換をしないと塩素により皮膚組織がお湯に混ざってヌルヌルする場合もあるという。これではお湯に使って顔をぶるぶる、なんていうこともできなくなるではないか。ガイドブックはよく読んで出かけることにしよう。
温泉教授の温泉ゼミナール (光文社新書)
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