意思による楽観のための読書日記

海岸列車 宮本輝 ****

手塚かおり、夏彦兄妹と二人と知り合う国際弁護士戸倉陸離、3人をそれぞれの視点から語り、それぞれの生い立ちから今までの人とのつきあい、現在のパートナー、友人などを通して、男女のふれあいの様々な形を示している。作者はあとがきで、「最近の軽薄な男女関係や不倫に不誠実さを感じていること、本来分別のある大人ならそのようなつきあい方はできないはず」と主張。25歳という設定のかおりと男女の仲になりそうになる妻子ある戸倉を通して、まじめに考えれば考えるほど、責任ある大人が不倫をする決断は難しいはず、と語らせる。主人公たちはそれぞれ両親を亡くしており、手塚兄妹は叔父に養育されてきた。その叔父が亡くなったときから物語は始まっている。手塚兄妹の母は二人を捨てて山陰の香住の一つ先の鎧、という漁村にいると叔父に教えられてきたため、鎧は二人にとっては心の故郷、折に触れて訪れてみるがそこに母はいない。城崎から鎧までは海岸をいくつものトンネルを抜けて海を見ながら走る、これが「海岸列車」。夏彦は28歳、40歳の金持ちの未亡人とつきあい、旅行したり美味しいものを食べたりしてヒモの生活を送っている。この二人の男女関係は物語でどのような働きをするのか、作者の言ういい加減な男女のつきあいの典型であるが、醜悪な関係とは描かれていない。むしろ、二人からは不幸は生まれず、娘の泉や夏彦の友人関係から新たな幸せさえも生まれそうになる。手塚兄妹の母が二人を捨てるに至った経緯、叔父が養育することになった理由は後になって明かされるが、そのことも二人の鎧への想いにつながっている。かおりは「情緒的ではあるが情動的になれない女」と夏彦に評価されている。物語は戸倉の学生時代の交遊に広がり、学生時代に苦学をともにしたビルマ人とエジプト人との共同生活が紹介される。ビルマ人の友人は学位を取得 、帰国後死亡するが、その直前に戸倉にペーパーナイフを贈る。それには「私利私欲を憎め、私利私欲のための権力と、それをなさんとする者たちと闘え」と彫ってある。この言葉が物語の後半で紹介される周長徳の生い立ちからたどってきた歴史、様々人との奇跡的出会いとつながる。戸倉の亡くなったビルマ人とのかかわり合いの結果、戸倉は夏彦とアフリカでのNPO活動にチャンレジするという別のエピソードとつながり広がりをもったキーワードとなる。作者は「海岸列車」を25歳のかおりの応援物語としたかったようだ、これは「オレンジの壷」と同じ。物語の中で、25歳の女性に贈る箴言をたくさんちりばめてあるが、一つ紹介すると、「お酒を飲んで周りに不快感を与える男とは一緒になるな」。誰を生涯のパートナーとするかは女性にも男性にも重要な選択、その選択によって男女とも人生を選択することにもなる、というのが主人公たちの両親の物語として紹介されている。宮本 輝、独特の読後感をもつ作家、 夏彦と陸離への描写に違和感を持ちつつも、かおりは応援したくなることは確か。20-30歳代の男性は反発を感じるかもしれないが、50歳以上には男女ともに受けるのではないか。
海岸列車〈上〉 (文春文庫)
海岸列車〈下〉 (文春文庫)

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