1. 妻たちと東郷青児
恋愛に節操のない東郷青児が結婚後直ぐに別の女性に惹かれ、親に仲を引き裂かれるやまた直ぐに別に女性と同棲するなど、まことにだらしない。挙げ句の果てに自殺未遂などするのだが、女性は散々な目にあっても東郷青児の絵描きとしての名声には傷は付いていない。
2. 井上中尉婦人の「死の餞別」
井上中尉の若妻は夫の出征を見送った直後に自害、時節柄美しき夫婦愛であり、お国のためのすばらしい心がけと絶賛される。しかし、その後の井上中尉の戦場での行状や、再婚の苦労を追ってみると、偶像化された軍人妻の亡霊がどれほど普通の軍人である井上中尉に重くのしかかったことか、「死せる孔明、生ける仲達を走らせる」である。
3. 保険金殺人の母と娘
医者の息子として安逸に育った長男を父と母、そして長女が保険金をかけて殺してしまう。しかし、母は医者としての夫に直接手を下させようとはせず、母と娘で息子を出刃包丁で刺し殺し、強盗に入られたと見せかけ保険金をだまし取るがばれてしまう。裁判では、実際に殺人をしていなくても教唆したとして主犯は父親とされる。父親には母以外の女性とのつきあいがあることも明らかになっていて、母には娘達や世間も同情を寄せた。
4. 志賀暁子の「罪と罰」
女優であった暁子の半生。恋多き女性暁子は映画監督や映画界の多くの恋の遍歴を雑誌に手記などで明かしてしまう。男性にとって迷惑な話であるが、この時代男性側は実質的な被害を被らず、結果として暁子の映画女優としての時代は長くは続いていない。
5. 杉山智恵子の心の国境
岡田嘉子が一緒に逃避行をした相手の杉本の妻が杉山智恵子である。岡田嘉子は1972年に帰国し、数本の映画に出るがその後「心の故郷」であるソ連に帰国する。杉本は逃避行直後にスパイ容疑で銃殺されてる。智恵子は二人の逃避行に理解を示しながらも、夫の逃亡に恨みを隠せない。
6. チフス饅頭を贈った女医
医者である女性広川君子は医学博士を目指す男、伊藤と結婚、別居してでも勉学を続ける男に送金を続け、6年ものあいだ結婚し続けながら同居したのは1ヶ月ほど、男は医学博士を取得するが、なぜか長く貢献してくれた妻と一緒に暮らそうとはしない。君子は離婚することを受諾、手切れ金として6年間の送金分ほどの金額を手にするが、憤懣やるかたない。怒りは治まらず、当時流行していた腸チフス菌を塗布した饅頭を患者名を語って伊藤に贈る。食した伊藤の弟は死に至る。裁判では君子に禁固8年の判決が下るが、伊藤に裁判官は厳しい評価を下す。この時の弁護士には滝川幸辰がいるが、「本当の被害者は被告人である」と述べ、多くの傍聴者、国民は君子に同情する。
7. 性の求道者・小倉ミチヨ
「相対」という会員制雑誌は大正2年から昭和19年まで発行された、性の情報誌。発行者が小倉清三郎と妻ミチヨであった。会費は年3円で手刷りの月刊誌が届けられるというもの。「相対性理論」と聞いた多くの方はアインシュタインの、と考えるが、「相対」会員だった方だけは違ったようだ。
8. 桝本セツの反逆的恋愛
桝本セツの愛した人は唯物論研究家であった岡邦雄、美津という妻と3人の子供がいる家庭人だった。邦雄は家庭を捨ててセツとの暮らしに入るが、二つの家族は交流を続ける。邦雄の死後は美津の子たちがセツの2人の子たちの面倒をみる。
いずれの女性も女性として伸び伸びと生きられる時代ではなかった昭和初期、戦前に大いに女性としての本能と意志を貫いた人たちであり、大いなる苦悩や不幸を味わった。共通するのは、好きな相手がいたこと、その相手は立派な男とは言えない弱い面をもった男性であり、その弱い面を女性が助ける、補完する、代替するなどで女性としての社会的役割を果たそうとしていたこと。しかし社会はそうした女性の社会的役割を肯定したわけではなかった。この本が書かれた1977年という時期、それはここに登場した人たちがや関係者がまだ存命していた頃。取材対象に配慮した部分もあったろうと想像でき、客観的な記述が十分果たせなかったかもしれないが、米原万里さんはこの本を読めば戦前昭和史が分かると書いていた。紹介された8つのストーリーから、昭和10年ころ、まだ大正デモクラシーの名残があり、しかし時代は確実に戦争の時代、そのころの男女関係に関する価値観がよく分かる書き物だと思う、価値ある昭和史資料だと思う。
完本 昭和史のおんな
続 昭和史のおんな
横浜富貴楼 お倉―明治の政治を動かした女
HAL(ハル)伝説―2001年コンピュータの夢と現実
風土の日本―自然と文化の通態 (ちくま学芸文庫)
あなたみたいな明治の女(ひと) (朝日文庫)
フェルマーの最終定理 (新潮文庫)
パンダの親指〈上〉―進化論再考 (ハヤカワ文庫NF)
パンダの親指〈下〉―進化論再考 (ハヤカワ文庫NF)
吉原御免状 (新潮文庫)
吉田茂とその時代 (PHP文庫)
秀吉と利休 (新潮文庫)
死者の書・身毒丸 (中公文庫)
消えゆく言語たち―失われることば、失われる世界
百代の過客―日記にみる日本人 (上) (朝日選書 (259))
百代の過客―日記にみる日本人 (下) (朝日選書 (260))
バカ丁寧化する日本語 (光文社新書)
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