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意思による楽観のための読書日記

マンハッタン・ビーチ ジェニファー・イーガン *****

2019年7月発刊の骨太な近代小説で、太平洋戦争直前から終戦前のニューヨーク、ブルックリンが舞台。欧州と太平洋での戦争遂行中のアメリカ東海岸の雰囲気、海軍工廠、潜水夫の仕事、ナイトクラブ、当時の女性の立場、アイルランド系労働者の立ち位置、WASPで上流階級の考え方など、詳細部分の記述が秀逸で読み応えがあった。読後には登場人物の人間の強さと上昇意欲に感嘆する。主人公女性アナの思うように生きたいという渇望にも近い思いと女性の自立へのあがきが切なく、同時にアメリカが太平洋戦争後、世界をリードすることになった近代史のベースをも感じる。

物語の時代は禁酒法解禁、大恐慌あとの1934年の年末から始まり、主人公の女性アナは11歳、父でアイルランド系移民のエディ・ケリガンと訪れた場所はブルックリン、コニーアイランドが近い高級住宅地として開発されたマンハッタン・ビーチ。イタリア系のヤクザで、賭博や不正な商売で財を成し、ナイトクラブ経営やショービジネスで成功したデクスター・スタイルズの屋敷に父と娘は車で訪問した。エディは大恐慌前は株や投資で一財産を築いたが恐慌ですべてを失い、港湾労働組合支部長のダネレンの下で「運び屋」をしていた。そんなことでおさまりたくないエディは、この訪問でスタイルズに経営しているカジノなどでの情報収集と提供を申し出て、職を得た。アナはそんなことは知らず、立派なお屋敷とスタイルズという名前をしっかりと記憶した。この3人の視点で物語は進む。

8年後の1942年、アナは母のアグネスと障害のある妹リディアと3人で暮らしていた。エディが5年前に謎の出奔をしてしまったからであった。ある日アナは美人のネルとナイトクラブに出掛け、そこでクラブ経営者のスタイルズに出会う。アナは父の行方に繋がる情報が手に入ると考えて、偽名を名乗ってスタイルズに近づくが、彼は魅力的で勝ち気な可愛いブロンド女性と出会ったことを記憶する。アナに頼まれて障害を持つリディアに海を見せる手伝いをしたりもするが、その後リディアは急死してしまい、アグネスはミネソタの親戚の元に引っ越し、アナはブルックリンで一人暮らしをすることになる。

スタイルズはイタリヤ系ギャングとして名を馳せ、WASPで上流階級のアーサーの娘と結婚、経済力に加えて、上流階級の親戚とのつながりも手に入れた。アーサーは「人類史上の大事件はすべて、銀行家が企んだものの副産物だ」と嘯く人物。スタイルズはこうした表の世界に憧れを持ってきた。マンハッタン・ビーチの邸宅は憧れてきた富の象徴でもあった。スタイルズは、雇い入れたエディをスパイのように使い、経営する店やそれ以外の裏社会からの情報を手にして、着実に力をつけていく。ある時、エディが持ちかけた取引に自分は裏切られたと感じて、ニューヨークの海にエディを沈めた。裏社会の掟を破られたと思ったからである。しかし、そのスタイルズも義父のアーサーが雇ったチンピラに殺害されてしまう。

アナは海軍工廠で働きながら、ある日目にした潜水夫の仕事に興味を持つが、当時女性の潜水夫はおらず、潜水夫への扉の開け方も見当がつかなかった。上司に相談して潜水夫の面接と試験を受けてみたアナは見事合格、その後、上司の女性蔑視のなかでもたくましく成長して、海軍工廠潜水夫チームの欠かせないメンバーとなっていく。そんな時にスタイルズと再会、スタイルズの所有する小さな船家でめくるめく夜を過ごす。次の朝、エディ・ケリガンの娘であることを告白するが、スタイルズは思わぬことに仰天する。スタイルズは、父は湾の下に眠っているとアナに伝え、スタイルズにその場所を教えてもらい、アナは潜水夫仲間と協力して父の死体と思われる鎖の塊と、遺品であるよく見知った懐中時計を見つける。父は死んだんだとその時やっと確信する。

スタイルズとの情事の結果としてアナは妊娠してしまうが、潜水夫に妊娠は禁物であり、父がいない子供の出産など許されるものではなかった。スタイルズは義理の父の手下にアナも知っている舟屋で殺されてしまい、相談相手のいないアナは途方に暮れる。そういう時、相談した相手は、エディの妹で叔母のブリアン。ブリアンのつけた知恵と作り話で、チャーリー・スミス大尉という架空の人物との結婚を偽装し、海軍工廠潜水夫上司には、親戚の手伝いをするためと偽り、西海岸への転属願いを提出する。アナの実力を買っていた上司は西海岸の同僚に推薦状を書く。アナが心配なブリアンは家も仕事もほっぽって西海岸に同行、出産まで一緒に過ごすことにする。

エディは死んではいなかった。障害のあったリディアに愛情を感じられず、家族に思うような暮らしをさせられなかった悔恨から、貯金を残し、その後も送金を続ける約束までして、家族を捨てる覚悟をしてスタイルズに対峙したのだった。知らないのはアナだけだった。そして、鎖に巻かれる時に鍵を開ける針金を口の中に隠し、沈められる直前に鎖を解いていたのだった。エディは船員となり太平洋戦争の商船員から三等航海士となって、物品輸送の任務の途中でドイツのUボートに魚雷攻撃され撃沈、数週間の漂流の後に救助された。帰国したエディは、アナのブルックリンの住所に送った手紙から、アナが西海岸に移ったことを知る。その後、ブリアンから知らされて、アナも父は船員として生きていることを知る。西海岸で出産、戦死したスミス大尉との子を持つ寡婦として新たに週給80ドルの潜水夫としての仕事を得たアナは父のエディと再会する。物語はここまで。

産業革命以降のイギリス主導経済から、第二次大戦を経てアメリカ主導の世界に移行していくことを、当事者であるアメリカに住む人々は、戦勝のニュースが続く中で感じ取っていた。どうしたら自分も成功したアメリカ人になれるか、これが当時の人々の思いであった。マンハッタン・ビーチは成功したニューヨーカーの象徴である。エディ、アナ、スタイルズ、いずれも心に屈託と葛藤を抱えながら、偉大なアメリカの市民になることへの思いを心のなかに燃やしていた。「アメリカを再び偉大な国に」といスローガンのトランプ大統領に、こうした思いを重ねると、現在のアメリカ人はどう感じるのだろうか。自分は偉大な国の大きな流れに乗り遅れてきた、と感じる人達は「そのとおり」と思うかも知れないし、すでに偉大なアメリカを体感してきた人たちは、「それは今までのアメリカではない」と感じるのかもしれない。大きな国の人たちの考えを統一することは容易ではないが「万国の労働者よ団結せよ」や「真珠湾を忘れるな」は、多くの人の心を一つにするスローガンの一つだった。その後もアメリカを一つにするスローガンは「強いアメリカ」「第二の産業革命は情報革命」など確かにいくつかはあったはずだが、現在の米を見ていると、今ではそれが難しいのだろうと思う。本書に共感する現代アメリカ人は、トランプ大統領で良いと思うはずはない。

↓↓↓2008年1月から読んだ本について書いています。

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