楽しみにしていた「子供服のファミリア」がモチーフとなったドラマが始まった。
子供のころ、ファミリアの洋服は、あこがれだった。
ちょっとおすまししてお出かけするような場所には、ぴったりのデザインと素材。
それは、おそらく母の趣味に影響されてのことだったのかもしれない。
今度の朝ドラが、それがモチーフとなっていると知った時から、とても楽しみにしていた。
が。
まったく気持ちが入っていかない。
ヒロインの女の子は、おっとりして嫌みのないお嬢様タイプはよしとしても、
周りを固める俳優たちに、ぐぐっとひきつけられる魅力が感じられない。
それとともに、ストーリーの展開もだらだらしていたり、ありえない設定だったり・・
性格をひねくれさせてしまうほどの貧困家庭で、大きくなったにも関わらず、あの時代に英会話がペラペラの明美ちゃん。
戦後の復興がままならない時期に、雪見障子までついた仮住まいがすぐに建てられたすみれ。
家は隙間風が入る掘立小屋なのに、ぱりっとした旦那様のスーツが用意できた良子ちゃん、などなど・・
また、食べるものにも不自由しているときに、刺繍をほどこした肌触りのよいベビーグッズの数々。
まだ、鬼畜米英への思いを残したままの時代に、いきなり敵性語と教えられていた「ベビー」相談室?
なんだかな~・・な設定。
自分がその時代に生きたわけではないし、ましてや山手のお嬢様の生活を知る由もないが、
なんかシラけてしまう・・
それより、何より一番大きいのは、「お!」と思える魅力のある、ある意味「毒」ともいえるような脇役がいないことなのかもしれない。
「あさが来た」の柄本祐さん、友近さん、山内圭哉さんとか
「ごちそうさん」のキムラ緑子さん、とか
「純と愛」の黒木華さん、吉田羊さんたちのように、この人が見たいから見よう、と思わせるような役柄と、役者がいないのが原因だと思っている。
みんなが、まるで文化祭の演劇部のようであり、演技が固い。
ドラマは、やはり脇役のスパイスが味を引き締める。
それを痛感する、今期の朝ドラ。
今後、それがどう魅力的に動くか、そこを楽しみに見ていくしか仕方がないか・・・
子供のころ、ファミリアの洋服は、あこがれだった。
ちょっとおすまししてお出かけするような場所には、ぴったりのデザインと素材。
それは、おそらく母の趣味に影響されてのことだったのかもしれない。
今度の朝ドラが、それがモチーフとなっていると知った時から、とても楽しみにしていた。
が。
まったく気持ちが入っていかない。
ヒロインの女の子は、おっとりして嫌みのないお嬢様タイプはよしとしても、
周りを固める俳優たちに、ぐぐっとひきつけられる魅力が感じられない。
それとともに、ストーリーの展開もだらだらしていたり、ありえない設定だったり・・
性格をひねくれさせてしまうほどの貧困家庭で、大きくなったにも関わらず、あの時代に英会話がペラペラの明美ちゃん。
戦後の復興がままならない時期に、雪見障子までついた仮住まいがすぐに建てられたすみれ。
家は隙間風が入る掘立小屋なのに、ぱりっとした旦那様のスーツが用意できた良子ちゃん、などなど・・
また、食べるものにも不自由しているときに、刺繍をほどこした肌触りのよいベビーグッズの数々。
まだ、鬼畜米英への思いを残したままの時代に、いきなり敵性語と教えられていた「ベビー」相談室?
なんだかな~・・な設定。
自分がその時代に生きたわけではないし、ましてや山手のお嬢様の生活を知る由もないが、
なんかシラけてしまう・・
それより、何より一番大きいのは、「お!」と思える魅力のある、ある意味「毒」ともいえるような脇役がいないことなのかもしれない。
「あさが来た」の柄本祐さん、友近さん、山内圭哉さんとか
「ごちそうさん」のキムラ緑子さん、とか
「純と愛」の黒木華さん、吉田羊さんたちのように、この人が見たいから見よう、と思わせるような役柄と、役者がいないのが原因だと思っている。
みんなが、まるで文化祭の演劇部のようであり、演技が固い。
ドラマは、やはり脇役のスパイスが味を引き締める。
それを痛感する、今期の朝ドラ。
今後、それがどう魅力的に動くか、そこを楽しみに見ていくしか仕方がないか・・・
朝ドラ、私も見てます。というか、もう時計代わりって感じですわ~。まんまと〇HKの戦略に乗ってますね(笑)。
しかしふわふわ視聴の私が唯一気になるのは、すみれちゃんの刺繍です。
なぜ、なぜ刺繍枠を使わないの!!
枠使うと楽よ!きれいに刺せるよ!
あの時代にまだなかったの!?(いやむかーしからあったはず)
鍋釜同様にお国に供出させられたの!?(いやメイン木だし)
1度気になるともうずっと気になって気になって。
ここにはいつも悶々としながら見てしまっております(笑)
そうでした、そうでした、刺繍枠!
それも気になっていたひとつです。
刺繍が手作りのスタートだったはずのすみれが、何故使わない!それで、人様にお金をいただくものを売っていいのか!ってね。
今日は二度驚きました。
現在あのドラマは終戦後まだ一年経っていなかったっていうことと、その時代でご近所さんたちが、みな喪服も数珠も持ってお悔やみに参列していたということ。
神戸も空襲で焼けたはずやのになぁ・・って。
やはりハイカラ港町神戸は、あの時代から復興も早く、被害も少なかったってことにしておきましょう。
にしても、刺繍枠。
使いなはれ・・