岡山県に転勤を命じられた会社員の夫(池部良)が妻(淡島千景)と相談する。「山ン中だぜ」「いいじゃないの。東京でクサクサしているよかよっぽどいいわ」。小津安二郎監督の映画「早春」(一九五六年)にそんな場面がある▼夫に浮気相手(岸恵子)ができ、夫婦関係はのっぴきならない状態になっている。最終的に夫婦は岡山へ行くのだが、ラストシーンで夫が通り過ぎる列車をながめながらつぶやくセリフが印象に残る。「あれに乗ると、明日の朝は東京に着くんだなあ」。東京への未練がまだ残っている▼「早春」の時代に比べれば今の人は東京を離れることにさほどの未練もためらいもないのだろう。総務省が発表した二〇二一年の人口移動報告によると東京二十三区の転出者数は転入者数を上回ったそうだ▼比較できる一四年以降で初めての転出超過という。コロナ禍の影響が大きいらしい。東京の過密さを嫌い、自然豊かな地方へ目を向けるのはよく分かる▼テレワークの普及によって東京に住まなくとも今の仕事を続けられるとなれば「東京よさようなら」を選択する人も増えるのだろう▼行き過ぎた東京一極集中の緩和や地方再生は歓迎すべき方向とはいえ、この流れは本物か。転出先を見れば神奈川、埼玉、千葉が中心である。東京二十三区を離れても「東京圏」には未練がなお断ち切れないのかもしれぬ。