長いテーブルの端と端に分かれて座った二人の夫婦が言葉もなく朝食を取っている。夫の方は大富豪の新聞王なのだが、妻がその席で読んでいるのは夫が憎む、ライバル紙の方。古い映画ファンならお気づきか。オーソン・ウェルズ監督・主演の「市民ケーン」(一九四一年)にそんな場面がある▼長いテーブルに遠く離れて座る二人。それだけで夫婦の冷えきった関係を明確に表している。あのテーブルのシーンをふと思い出させる、七日のモスクワでの出来事である▼登場人物は仲の悪い夫婦ではない。ロシアのプーチン大統領とフランスのマクロン大統領。緊迫の度を深めるウクライナ情勢について約五時間にわたって協議した。目を引いたのは会談に使われたテーブルの長さである▼ゆうに五メートルはあったそうだ。このテーブルに二人の大統領が遠く離れて座る。話しにくかろうし、親密な雰囲気とは無縁なテーブルである▼自身のコロナ感染に神経をとがらせるプーチン大統領の指示で、化け物のようなテーブルが用意されたと聞くが、理由はそれだけではなかろう。先の北京では中国の習近平国家主席と身体が触れ合うほど近い場所にいたプーチンさんである▼会談後、マクロン大統領は緊張緩和に向け、前進があったかのように説明したが、ロシア側は否定している。確かにあのテーブルの距離が簡単に縮むとは思えない。