二月は「ぴしり」である。那珂太郎さんの詩「音の歳時記」は一年間のそれぞれの月をオノマトペ(擬態、擬音語)で表している▼一月は静まり返る森の「しいん」。続く二月の「ぴしり」という音は氷の割れる音である。<突然氷の巨大な鏡がひび割れる ぴしり、と>−▼二月が終わる。短い月の中で大きなニュースがあわただしく駆け抜けていった印象がある。新型コロナウイルスが再び勢いを取り戻し、猛威を振るった。選手の活躍への拍手とドーピング問題などの疑問がないまぜとなった北京冬季五輪もあった▼その五輪の歓声さえも、あっという間にかき消し、遠い昔の出来事のように追いやったのはロシアによるウクライナ侵攻の暴挙だろう。コロナ禍の心配さえ新たな大きな不安の前で一時、忘れるほどである▼「ぴしり」。第二次世界大戦と冷戦を経て各国が協力し、築き上げた世界秩序に入った亀裂の音なのか。あるいは平和や安定を当たり前のものと考えすぎていた人類全体に対するムチの音か。不気味なオノマトペが今年の二月に重なってしまう▼那珂さんの詩の「ぴしり」は冷たい音にも聞こえるが、実は春が近づき、氷が割れて解けだす音である。三月の音は「たふたふ」。雪解け水を集め、川は滔々(とうとう)と流れ、大地を潤す。二月の「ぴしり」が豊かな「たふたふ」をつくる。落ち着いた三月を心から祈る。