「他に勝る事の有るは、大きなる失なり」−。『徒然草』の第百六十七段にある。「他人より優れていることがあるのは、大きな欠点なのだ」と教えている▼いささか分かりにくいが、その長所、優秀さによって、己の心のどこかに慢心が生まれる。そのことを戒めているのだろう。その道に本当に通じている人は自分自身の至らなさを知っているもので、常に高い境地を目指し続け「終(つひ)に物に誇る事なし(最後まで自慢するようなことはない)」と言っている▼優秀な上にみじんの慢心もない人をわれわれは目の当たりにしているのだろう。将棋の藤井聡太さん。王将戦で渡辺明王将からタイトルを奪い、史上四人目となる五冠を達成した。十九歳六カ月での五冠はもちろん、最年少である▼十三日の記者会見。富士山でいえば、自身の将棋の現在地はどのあたりにあるのかと問われ、「森林限界の手前」と答えた。森林生育の上限の地点のことで富士山ならば、五合目付近だそうだ。五冠を達成しながら、ほんの五合目付近とは十九歳の目標の高さや謙虚さに感心する▼十九歳といえば派手なガッツポーズやビッグマウスが出ても不思議ではない年ごろかもしれないが、この天才に慢心はない。これだけ高い目標があれば燃え尽き症候群などの心配もあるまい▼五冠でも森林限界付近。だとすれば頂上には何が待っているのだろう。