終戦後、初めて封切られた映画は五所平之助監督の『伊豆の娘たち』で公開日は一九四五年八月三十日である。挿入歌「リンゴの唄」で知られる『そよかぜ』よりも二カ月ほど早い。終戦から半月で上映にこぎ着けるとはどんな早業だったか▼食堂を営む父親と二人の娘。これに長女が思いを寄せる青年技師の下宿人が織りなすホームドラマで佐分利信さんが若い。登場人物が国民服を着てはいるが、戦争のにおいがまったくしない▼撮影助手として加わったカメラマンの川又昂(たかし)さんによると大半は終戦前の撮影だそうだ。製作が決まったのが五月。本来は東京の下町の話だったが、東京大空襲で焼け野原となったため、やむなく伊豆に舞台を移した▼空襲の激しい期間で苦労も多かったそうだ。ネガを東海道線で運ぶ途中、空襲に遭い、川又さんはトンネルの中で大切なネガを抱えて寝ないで一晩明かしたという▼戦時中の撮影にも同作には戦意高揚の場面はない。若い男女が仲良く歩く場面もある。「どうしてこんな平和なドラマが戦時下に製作できたのだろう」と川又さんが書いているが、想像だが、公開までの短期間で「戦後」向けに手直ししたのかもしれない▼昨日が終戦記念日なら本日は終戦の「次の日」記念日か。七十八年前、大混乱の中にも未来に向けた、たくましい動きがあったことに、今さらながらホッともする。