テキサスの牧場で暴れ牛を相手にプロレスラーの父親が二人の息子に関節技を伝授する。技の名はスピニング・トー・ホールド(回転足首固め)▼少年時代に夢中で読んだ実録漫画にそんな場面があったが、さすがにフィクションらしい。技を教えられた兄弟「ザ・ファンクス」の弟、米プロレスラーのテリー・ファンクさんが亡くなった。七十九歳。約半世紀、日米のマットで活躍し、ファンを熱狂させた。ブッチャーのフォーク攻撃にも耐えた姿を思い出すファンもいるか▼著書によると牛は使わないまでも父親がテリーさんにプロレスを指南したのは事実である。一つだけ父親に影響されなかったことがある。日本への考え方である▼太平洋戦争のせいで父親はいつまでも日本を憎んでいたそうだ。テリーさんは日本人にも米国人への憎しみがあると感じた。初来日当時、広島のバーに入っていくと追い出された。「アメリカ人は出ていけ」▼それでも日本のファンを大切にし、ファンもテリーさんに心を寄せるようになった。当時、敵役が相場の外国人レスラーの中で「善玉」として人気と評判を取った▼ブッチャーにフォークを使えと言ったのはテリーさんだったらしい。日本のファンのためにそこまで体を張った。タフなテキサスの荒馬が山の向こうへ去る。認知症だったそうだ。当時の少年は寂しく見送るばかりである。