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今日の筆洗

2022年02月14日 | Weblog

昔の子どものクイズに「鉄一トンと綿一トン。どちらが重いか」というのがあった。鉄と答えたくなるが、どちらも一トンなのだから同じ重さである▼寒さはちょっと違う。気温が同じセ氏一度でも風や湿度によって人の肌の感じ方は異なる。体感温度によるもので同じ一度でも風が強ければより寒く感じる▼この問題を気温にたとえれば、どうやら寒くはなっていないらしい。昔に比べれば、過ごしやすくなっている。なのに日本人はより寒さを感じているそうだ。何の話かといえば治安である▼警察庁のアンケートによると治安が悪くなったと回答した人は約六割に及ぶ。実際、昨年、全国で発生した刑法犯認知件数は戦後最少記録を更新したにもかかわらずである。体感する治安が悪い▼世界的ベストセラー『ファクトフルネス』によると人間は世界を悲観的に見る傾向があるらしい。今、起きている悪い出来事ばかりをニュースで見ていれば、誰でも不安を覚えるようになるという。逆に過去は美化されやすく、結果、世界は悪くなっていると感じるそうだ▼治安悪化は錯覚か。どうも素直にうなずけぬ。電車内で刃物を振り回すなど理解しにくい事件や意見の異なる者を決して許さぬ風潮を思えばやはり寒さにコートの襟を立てたくなる。<合点して居ても寒いぞ貧しいぞ>小林一茶。治安の悪さを体感させる風の正体を知りたい。


今日の筆洗

2022年02月12日 | Weblog

沙羅双樹(さらそうじゅ)はインド原産の常緑樹。高さは三十〜五十メートル、幹の直径は一〜二・五メートルという。淡黄色の小さな花をつける▼仏教では聖なる木とされる。釈迦(しゃか)の死の際、その場所の四方には二本ずつ計八本の沙羅の木があったが、死を悲しみ、にわかに白く変わったとも伝わる。万物は変化してとどまることがない<無常>を象徴する木とされる▼そう名付けられた理由は知らないが、高梨沙羅選手(25)は少しでも元気を取り戻しただろうか。北京五輪のノルディックスキー・ジャンプ混合団体で、スーツの規定違反で失格になった▼100メートルを超えた一回目のジャンプ後の検査で、判断された。大飛躍の喜びが一転、悲しみに変わることも<無常>なのかもしれないが、あまりに残酷な展開。よくぞ二回目を飛んだものだと敬服する▼高梨選手は自身のインスタグラムに「私のせいでメダルをとれなかった」「深く反省しております」などと投稿したが、仲間やファンから激励のメッセージが相次いでいるという。本人は「今後の私の競技に関しては考える必要があります」とも書いた。心の整理にはまだ時間がいるのかもしれない▼インドはスキーのジャンプが盛んとは聞かないが、古代のサンスクリット語で<サラ>は<高く遠いさま>も意味するという。世の万物が流転するのなら、人生も悪いことばかり続くまい。花はまた咲く。


今日の筆洗

2022年02月10日 | Weblog

長いテーブルの端と端に分かれて座った二人の夫婦が言葉もなく朝食を取っている。夫の方は大富豪の新聞王なのだが、妻がその席で読んでいるのは夫が憎む、ライバル紙の方。古い映画ファンならお気づきか。オーソン・ウェルズ監督・主演の「市民ケーン」(一九四一年)にそんな場面がある▼長いテーブルに遠く離れて座る二人。それだけで夫婦の冷えきった関係を明確に表している。あのテーブルのシーンをふと思い出させる、七日のモスクワでの出来事である▼登場人物は仲の悪い夫婦ではない。ロシアのプーチン大統領とフランスのマクロン大統領。緊迫の度を深めるウクライナ情勢について約五時間にわたって協議した。目を引いたのは会談に使われたテーブルの長さである▼ゆうに五メートルはあったそうだ。このテーブルに二人の大統領が遠く離れて座る。話しにくかろうし、親密な雰囲気とは無縁なテーブルである▼自身のコロナ感染に神経をとがらせるプーチン大統領の指示で、化け物のようなテーブルが用意されたと聞くが、理由はそれだけではなかろう。先の北京では中国の習近平国家主席と身体が触れ合うほど近い場所にいたプーチンさんである▼会談後、マクロン大統領は緊張緩和に向け、前進があったかのように説明したが、ロシア側は否定している。確かにあのテーブルの距離が簡単に縮むとは思えない。


今日の筆洗

2022年02月09日 | Weblog
「平林」。ヒラバヤシと読むのが普通だが、使いの小僧が読み方を忘れ、人に漢字を見せて尋ねると「タイラバヤシ」と言う。ところが、別の者は「ヒラリン」と言うし、他にも「一八十(いちはちじゅう)の木木(もくもく)」「一つと八つでとっきっき」だと言う者も。落語「平林」である▼「平林」ではないが、この漢字を見ても思いつく読み方は分かれるだろう。「羽生」。北京冬季五輪開催中の今なら羽生結弦選手の「ハニュウ」と読む人が大半か▼一九八〇年代以降、ハニュウ選手が登場するまでは「ハブ」と読む人の方が上回っていただろう。もちろん、将棋の羽生善治さんのことを思い浮かべてである▼ハニュウさんの話は別の日に譲るとして、ハブさんのことである。二十九年間維持してきた棋士の最上ランクA級から初めて陥落することになった。ファンにはショックだろう▼将棋の世界でよく聞く「五十歳の壁」。運動選手と同じで棋士も加齢によって能力がどうしても低下する傾向がある。勝負に欠かせぬ記憶力や集中力に陰りが出る。五十一歳。史上初の永世七冠にも壁があったのか▼年齢を重ねると「チャンスに弱くなるが、ピンチに強くなる」と書いていた。五十三歳でA級に復帰した加藤一二三さんの例もある。培ったピンチでの強さを生かし、返り咲きを願う。踏ん張れ「羽生」。これは北京で少々苦戦するハニュウさんの方にも。
 

 


今日の筆洗

2022年02月08日 | Weblog
岩手県北上山地方には「アンモ」と呼ばれる妖怪、魔物の言い伝えがある▼この魔物、囲炉裏(いろり)の火に長く当たっているような怠け者の子どもには罰を与えるというから秋田のナマハゲに似ているが、最大の特徴は飛行術を身に付けていることだ。正月十五日に太平洋方面から飛来し、家々を回るという。病弱な子がアンモを拝むと治るというから優しい魔物である▼「僕が魔物でした」。北京冬季五輪のスキージャンプ男子個人ノーマルヒルで金メダルを獲得した小林陵侑選手。五輪に棲(す)み、有力選手の行く手を阻む「魔物」について聞かれ、そう答えたそうだ。印象に残る言葉と、美しいV字で夜空を飛んでいく岩手出身の名ジャンパーの姿にアンモを重ねたくなる▼五輪に棲むという「魔物」の正体は選手にのしかかる緊張や焦りなのだろう。「メダル確実」。そう言われるほどに魔物は巨大化し襲いかかってくる▼アンモが怠惰を憎んだようにこの選手も厳しい練習と戦略によって自らが魔物となることで五輪の魔物をねじ伏せたのだろう。「すでに良いイメージができていた」と試合前の試技を回避するなど的確な状況判断も魔物たるゆえんか▼日本勢によるノーマルヒルでの金メダルは一九七二年の笠谷幸生さん以来。五十年前、八歳だった身は札幌五輪での雄姿を今も覚えている。今の子どもたちもアンモの飛行を忘れまい。
 

 


今日の筆洗

2022年02月07日 | Weblog

「火の用心さっしゃりましょう」。町内を回って火の用心を呼びかけていた旦那衆。あまりの寒さに番小屋で暖を取っていたが、そのうち隠し持ってきた酒を飲みだし、揚げ句はシシ鍋まで。もはや宴会である▼おなじみの落語の「二番煎じ」。志ん朝さんの名調子が懐かしい。大切な火の回りの務めもすっかり忘れ、宴会とはあきれた話。その現場を目撃した役人もとがめるどころか一緒になって酒を酌む▼英国に似たような話がある。「コロナの用心さっしゃりましょう」。そう呼びかけ、厳しいロックダウン(都市封鎖)で市民生活を規制しながら、自分たちは許されるのだといわんばかりに首相官邸で規制違反のパーティーを繰り返し開いていた。ジョンソン首相を含む首相官邸の職員らである▼感染対策の行動制限が求められていた二〇二〇年五月以降、官邸などで十数回のパーティーが行われたと伝わる▼人には厳しく自分には甘く。この件で首相の支持率は大きくダウンしたが、国民が腹を立てるのも無理はない。とがめられ、パーティーを仕事だと当初、言い訳したことも火に油を注いだ▼ジョンソンさんが尊敬するチャーチル元英首相の名言を思い出す。「私はアルコールに奪われた以上のものをアルコールから奪った」。酒の効用を語っているのだが、ジョンソンさんの場合は奪われたものの方がはるかに大きい。


今日の筆洗

2022年02月05日 | Weblog
北朝鮮・中国国境の長白山脈の主峰は朝鮮名で白頭山(ペクトゥサン)。標高二、七四四メートルである▼朝鮮半島が日本の植民地だったころ、金日成氏が抗日パルチザン闘争の拠点とした。北朝鮮は「聖地」とあがめる▼朝鮮民族発祥の地といわれ、韓国人観光客も中国経由で多く訪れる。南北間が融和ムードだった三年ほど前には、両首脳が一緒に登った▼さて今週末、日本では立春も過ぎたというのに日本海側を中心にまとまった雪が降るらしいが、この聖なる山が原因に絡むよう。大陸からの冷たい風が長白山脈で二手に分かれ、日本海上で合流してできる日本海寒帯気団収束帯(JPCZ)が昨日、現れたと伝えられた。帯状の雪雲を断続的に発生させる。暮れに滋賀県彦根市などで降った大雪もJPCZがもたらしたというから、警戒が必要である▼白頭山は過去に何度か噴火したが、一〇〇〇年ごろの噴火では火山灰が日本にも降った。東北や北海道で数センチの厚さで堆積しているという▼北朝鮮は最近も、北京で「平和の祭典」が開幕するのを忘れたかのようにミサイルを放った。韓国は、日本が「佐渡島の金山」を世界文化遺産に推薦することに反発している。半島との不仲解消は容易でないが、向き合うのが宿命。寒気も灰もやってくる近さは変えられない。気に入らないからといって「風上にもおけない」と怒るだけではいけないだろう。
 

 


今日の筆洗

2022年02月03日 | Weblog
人の才能を見抜くのは難しいものだ。成績や出来ばえが数字でそのまま表れる、スポーツの世界でも同じだろう▼たいした成績は残せまい。そう思われた選手が大輪を咲かせることもある。有名な話でいえば、日米通算四千安打のイチローさん。オリックス入団はドラフト四位である。大リーグのかつての名投手、ノーラン・ライアンさんがメッツから受けた指名は十位。球は速いが、制球が悪いと高く評価されなかった▼このアメリカンフットボールのQB(クオーターバック)がかかったのは二〇〇〇年のドラフトで指名は六巡目、全体では百九十九番目。指名した球団も期待していなかったそうだが、チームとフットボールの歴史そのものを変える、大選手となった。NFLのペイトリオッツなどで活躍したトム・ブレイディ選手。先日、現役引退を表明した▼七度のスーパーボウル制覇、歴代最多の六百二十四本のタッチダウンパス。百九十九番目の「石」は己を磨き、史上最高のQBの「玉」となって輝いた▼四十四歳。全力でのプレーが困難になったことを引退理由に挙げていた。ごまかすことなく、心と体のすべてをゲームに注いでいたこの人らしい理由だろう。米国のファンはさぞ寂しかろう▼さて、日本はといえば、プロ野球がキャンプインした。球春到来。下位指名の若者たちが気になる。ブレイディはいないか。
 

 


今日の筆洗

2022年02月01日 | Weblog

岡山県に転勤を命じられた会社員の夫(池部良)が妻(淡島千景)と相談する。「山ン中だぜ」「いいじゃないの。東京でクサクサしているよかよっぽどいいわ」。小津安二郎監督の映画「早春」(一九五六年)にそんな場面がある▼夫に浮気相手(岸恵子)ができ、夫婦関係はのっぴきならない状態になっている。最終的に夫婦は岡山へ行くのだが、ラストシーンで夫が通り過ぎる列車をながめながらつぶやくセリフが印象に残る。「あれに乗ると、明日の朝は東京に着くんだなあ」。東京への未練がまだ残っている▼「早春」の時代に比べれば今の人は東京を離れることにさほどの未練もためらいもないのだろう。総務省が発表した二〇二一年の人口移動報告によると東京二十三区の転出者数は転入者数を上回ったそうだ▼比較できる一四年以降で初めての転出超過という。コロナ禍の影響が大きいらしい。東京の過密さを嫌い、自然豊かな地方へ目を向けるのはよく分かる▼テレワークの普及によって東京に住まなくとも今の仕事を続けられるとなれば「東京よさようなら」を選択する人も増えるのだろう▼行き過ぎた東京一極集中の緩和や地方再生は歓迎すべき方向とはいえ、この流れは本物か。転出先を見れば神奈川、埼玉、千葉が中心である。東京二十三区を離れても「東京圏」には未練がなお断ち切れないのかもしれぬ。