【フィギュア女子フリー】「サムソンとデリラ」のリズムに溶け込んだ4分間。ジョアニー・ロシェット(24=カナダ)は演技を終えた瞬間に母テレーゼさんの声を聞いたと言う。
「トリプルフリップのどこが悪かったの?ダブルアクセルなんて眠っててもできていたでしょ」。今、このような状況で失敗を指摘してくれるのは、幼い頃からずっとそばにいた母しかいなかったのかもしれない。「信じてもらえないかもしれないけど、ママが私の足を動かしてくれた感じだった」。女子フィギュアのフリーで彼女が示した強い意志。その言葉を疑うより、その言葉で救われたファンがどれだけいたかを、いつの日か知ってほしい。
モントリオールから娘の晴れ舞台を見るためにテレーゼさんがバンクーバー入りしたのは20日。しかしその夜、心臓発作に襲われ55歳の生涯を閉じた。交際中のカナダのアイスダンス選手、ギョーム・グフェラー(26)と病院に駆けつけたロシェットは、愛妻を亡くした父ノーマンドさんの落ち込みぶりに言葉を失った。「欠場を本気で考えた」。とても演技どころではなかったが、そこでも母の声を聞いた。「私はあなたに“強くなりなさい”って言ってきたでしょう」。肉体はなくとも魂が支え続けた5日間。「マオ(浅田)にも感謝したい。果敢にトリプルアクセルに挑んだ姿を見て、私は悲しいことなんか忘れて正直、燃えたわ。ありがとう」。SPでは泣いてしまったロシェットはフリーで笑顔を取り戻し、自身初の200点台となる202・64点で銅メダルを獲得した。
カナダ選手が五輪の女子フィギュアで表彰台に立ったのは88年カルガリー大会銀メダルのマンリー以来6大会ぶり。“カナダの勇気”と称賛された迫真の演技には、母の愛が満ちあふれていた