祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響あり、沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす
平家物語の冒頭を飾る「沙羅」、これはナツツバキの「しゃらのき」とは別物だそうです
こちらは「姫しゃら」
30歳の時、意を決して造園の道を歩み始めましたが、
最初の難関は、木を見分けて、名前を覚えることでした。
実際、お客様の前で、庭木の名前が分からないのは、恥ずかしく、信用失墜ものです。
花を見れば見分けはついても、1年のうち花のある時期はわずかです。
あとは、幹肌、枝ぶり、葉の特徴で識別しなければなりません。
ましてや、葉が落ちる時期もあります。
左は常緑樹の「くちなし」と、右は「姫くちなし」(もしくは「こくちなし」)。
常緑樹でも、花が印象的な木は早く識別できるようになりましたが、
シラカシ、ウラジロカシ、アラカシ、アカガシ、などは区別が難しく、
落葉樹でも、コナラ、ミズナラ、ブナ、クヌギなども葉が落ちるとお手上げでした。
東農大の樹木学の授業を受けて、識別のコツを教わり、少しずつ世界が広がりました。
識別と名前は表裏の関係で、識別は生態を、自然を知ることでもあります。
そして今、夫と庭を作る機会を得て、私は当時抱いた夢を、少し実現しつつあります。
それは、庭に様々な樹木を植え、四季を通じてよくよく観察し、識別できるようになり、
旅の空の下、野山の木々を一瞥して、「ここはブナの森だ、あちらはミズナラ。」
などと自然を鑑賞できるようになることです。
そのような訳で、あえて、似て非なる木を植えるようにしました。
新年早々、冬の箱根を旅した折、ヒメシャラの森がありましたが、幹肌で分かりました。
そして先ほど、ヒメシャラの花と、初対面。
雨の時期に咲き、一日でハラリと落下して終わるので、いつも見過ごしていました。
今年は、落ちた花を見つけて、雨の中を見上げ、間に合いました。
すぐにシャラを見に行きましたら、高いところで咲いていました。
ようやく「違い」が実感できて、嬉しいです。
平家物語の冒頭を飾る「沙羅」、これはナツツバキの「しゃらのき」とは別物だそうです
こちらは「姫しゃら」
30歳の時、意を決して造園の道を歩み始めましたが、
最初の難関は、木を見分けて、名前を覚えることでした。
実際、お客様の前で、庭木の名前が分からないのは、恥ずかしく、信用失墜ものです。
花を見れば見分けはついても、1年のうち花のある時期はわずかです。
あとは、幹肌、枝ぶり、葉の特徴で識別しなければなりません。
ましてや、葉が落ちる時期もあります。
左は常緑樹の「くちなし」と、右は「姫くちなし」(もしくは「こくちなし」)。
常緑樹でも、花が印象的な木は早く識別できるようになりましたが、
シラカシ、ウラジロカシ、アラカシ、アカガシ、などは区別が難しく、
落葉樹でも、コナラ、ミズナラ、ブナ、クヌギなども葉が落ちるとお手上げでした。
東農大の樹木学の授業を受けて、識別のコツを教わり、少しずつ世界が広がりました。
識別と名前は表裏の関係で、識別は生態を、自然を知ることでもあります。
そして今、夫と庭を作る機会を得て、私は当時抱いた夢を、少し実現しつつあります。
それは、庭に様々な樹木を植え、四季を通じてよくよく観察し、識別できるようになり、
旅の空の下、野山の木々を一瞥して、「ここはブナの森だ、あちらはミズナラ。」
などと自然を鑑賞できるようになることです。
そのような訳で、あえて、似て非なる木を植えるようにしました。
新年早々、冬の箱根を旅した折、ヒメシャラの森がありましたが、幹肌で分かりました。
そして先ほど、ヒメシャラの花と、初対面。
雨の時期に咲き、一日でハラリと落下して終わるので、いつも見過ごしていました。
今年は、落ちた花を見つけて、雨の中を見上げ、間に合いました。
すぐにシャラを見に行きましたら、高いところで咲いていました。
ようやく「違い」が実感できて、嬉しいです。