責任ある態度の続き。
いつも気丈なしっかり者の母親が夜1人で泣いてる姿を襖の間から見て…
というエピソードなどしばしば目にするように、日本では子どもの前で泣かないという
我慢の美徳があります。でも、私には無理だから最初からこの美徳には乗りませんでした。
できる予感がしないのと、その我慢の考えに感覚的に賛同していないからでしょう。
私が子どもの前で泣いた時に、そこに居合わせたおじちゃん(他人)が私に説教を
してきました。私は面食らいました。私はそれに罪悪感を感じていないのに、彼は
とんでもない過ちを私がしでかしたかのような反応だったからです。九州の田舎では
子どもの前で泣いたりするのはよっぽど忌避されているらしい。
おじちゃんの深刻さと実際の子どもの様子は対照的で、書いていて笑いが出てしまう。
私は全国の子育て中の母親のみなさんに向けて書きます。
子どもの前で泣くことが、子どもの心に悪影響を及ぼしている気配は見当たりません。
むしろ、責任ある態度でも話題にした通り、親が自分の感情を封殺して鉄仮面越しに
子どもと接した方が、ストレスを与えると思います。会話の頻度が減る、
会話の時間が減る、コミュニケーションの質が落ちるなど、色んな形で現れます。
やわらかな波長を失い、張りつめた緊張や硬直感が出て、そのvibrationは伝わるのです。
特に子どもはとても感受性が鋭敏ですから。
(アメリカのワシントン州立大学などが行った実験結果を紹介するDaigoさんの動画では、母親がと言っていて父親はまた別のようだと言ってました。でも私は父親でもそうだと思っています。)
注釈をしておくと、子どもの前で泣くことに「あなたのせいよ」などと子どもへの責めが
掛け合わされたら 子どもの心に暗い影響を及ぼすのは言うまでもありませんが、
親にとても哀しいことや苦しみがあったりして泣くこと自体が子どもに悪影響を
及ぼしているとは、私には全く感じません。
先日ミャンマーで7歳の女の子や10代の少年たちが治安部隊に射殺され、その母親が泣き叫び
全身で悲しみ猛烈に抗議している映像が放映されました。当たり前だと思います。
韓国や中国などの映像でも、母親やその他の人々が感情をありのまま表出して泣いて悲しんで
怒って訴えている場面をよく見ます。それはごく自然なことで、感情を抑えて表に出さずに
淡々と冷静な態度でいる方が、とても不自然で奇妙だと思います。
けれど日本ではそういう態度が「常識的」だとみなされ、起きていることに対する
当たり前の感情(激しい怒り、悲しみ、号泣、怒号、絶望、錯乱、狂乱など)を出すと
「非常識」とか「大人げない」「品位の欠如」「慎みがない」などと言われます。
トーンポリシングが盛んな「美しい」お国柄です。
私は、海外のそういう映像を見たら、それが自然な姿で日本の「慎み」深いふるまいの
方が異様だと思います。その不自然さを誰か外国人がstrangeだと言っていました。