Joni Mitchell - River (Official Music Video)
Tatsuro Y - Fragile (Full Length Audio - Official Noisehive Video)
Mystery Jets - Campfire Song
「RIVER」南正人
(ちんちくりんNo,64)
結局かほるは圭太と貢には、病気が悪化したこと、入院しなければならないということだけを話した。アメリカに行くことは話さなかった。それでも二人とも納得し、部室を出る間際に、圭太はこう言った。「気にせんでええで。ここももうそろそろ閉めよか思うとったんや。来年は卒業や。いつまでもここでたむろしていてもしゃーないしな。なあ、貢、海人もな」
圭太の言う通りだ。いつまでもいてもしょうがない。貢は大学院へ進学、圭太は音響エンジニアとして大手レコード会社への就職が決まっている。僕だってもう来年のことを考えて動き出さねばならない。「ああ、潮時だね」僕は即座に応えたのだった。
八月二十九日は雨が降っていた。とは言え、僕が午後下宿を出る頃にはほぼ小雨といっていい程になっていた。御茶ノ水駅を出て七瀬家へ向かう。明大通りを南に行き、駿河台下の信号を渡り、右へ行く。その先を行くと"アルムのおんじ"の古本屋がある。僕はそこを通り過ぎて二軒先の角を左に曲がり、ニ十メートル程行ったらまた左奥の道を行く。道路左沿い一軒、二軒…三軒目、煤けた板塀に囲われた二階建ての家の前で僕は立ち止まった。まるで田舎の旧家屋のような建物。中央には小さな屋根のついた格子戸、庭はそれ程の広さはないようだが塀の上から柿ノ木の枝が伸びていた。見上げれば、二階の軒下には木製の縦格子で四角く形作られたヴェランダが見える。これは戦前・・・、とすれば東京大空襲で奇跡的に残った家屋になるということか。両側ビルに挟まれすぐ後ろは"アルムのおんじ"の古本屋が入った三階建ての古いビルがある。それでもここは土地だけでも相当の価値がありそうだ。"七瀬"僕は門の表札を確かめてから格子戸に指をかけ、ゆっくりと横へ左腕を流した。
「古い家で驚いたでしょう」
二階の部屋へと向かう階段を上りながら、前を行くかほるはこちらを振り向いた。「でも家の中は現代風だ」僕が応えると、ふふ、とかほるは「柱だけは残して、あとは部屋の内装からお風呂、トイレまで出来るところは全部リフォームしたからね」と言い、また前を向いた。階段を上る手前で一つの部屋の前を通りかかったが、ドアがやや開いていたので、内の様子が一瞬垣間見えた。―誰かの背中。誰、と思わず口にするとかほるは「ああ、ヒロコさん。ここは仕事場」不思議そうに僕の方を見た。お母さん?なら挨拶を・・・、僕が戻りかけるとかほるは「仕事中は駄目。特に今は新作に取り掛かっているから。大丈夫、夕食のときに会えるから。薫りいこに・・・」と僕をたしなめた。その物言いに、それじゃまるで、俺が薫りいこに会いたいがためにここに来たようで、嫌なんだけど、と僕は文句を言ったが、かほるはどこ吹く風で完全に無視されてしまった。
―明日の早朝にはかほるとお別れ、それを現実としてどう受け止めたらいいのだろうか。でも恐らく僕は「別れ」を信じていなくて、ただただ意味もなくにそう繰り返し、かほるに付いて階段を上って行っただけなのだと思う。
Tatsuro Y - Fragile (Full Length Audio - Official Noisehive Video)
Mystery Jets - Campfire Song
「RIVER」南正人
(ちんちくりんNo,64)
結局かほるは圭太と貢には、病気が悪化したこと、入院しなければならないということだけを話した。アメリカに行くことは話さなかった。それでも二人とも納得し、部室を出る間際に、圭太はこう言った。「気にせんでええで。ここももうそろそろ閉めよか思うとったんや。来年は卒業や。いつまでもここでたむろしていてもしゃーないしな。なあ、貢、海人もな」
圭太の言う通りだ。いつまでもいてもしょうがない。貢は大学院へ進学、圭太は音響エンジニアとして大手レコード会社への就職が決まっている。僕だってもう来年のことを考えて動き出さねばならない。「ああ、潮時だね」僕は即座に応えたのだった。
お別れだね
八月二十九日は雨が降っていた。とは言え、僕が午後下宿を出る頃にはほぼ小雨といっていい程になっていた。御茶ノ水駅を出て七瀬家へ向かう。明大通りを南に行き、駿河台下の信号を渡り、右へ行く。その先を行くと"アルムのおんじ"の古本屋がある。僕はそこを通り過ぎて二軒先の角を左に曲がり、ニ十メートル程行ったらまた左奥の道を行く。道路左沿い一軒、二軒…三軒目、煤けた板塀に囲われた二階建ての家の前で僕は立ち止まった。まるで田舎の旧家屋のような建物。中央には小さな屋根のついた格子戸、庭はそれ程の広さはないようだが塀の上から柿ノ木の枝が伸びていた。見上げれば、二階の軒下には木製の縦格子で四角く形作られたヴェランダが見える。これは戦前・・・、とすれば東京大空襲で奇跡的に残った家屋になるということか。両側ビルに挟まれすぐ後ろは"アルムのおんじ"の古本屋が入った三階建ての古いビルがある。それでもここは土地だけでも相当の価値がありそうだ。"七瀬"僕は門の表札を確かめてから格子戸に指をかけ、ゆっくりと横へ左腕を流した。
「古い家で驚いたでしょう」
二階の部屋へと向かう階段を上りながら、前を行くかほるはこちらを振り向いた。「でも家の中は現代風だ」僕が応えると、ふふ、とかほるは「柱だけは残して、あとは部屋の内装からお風呂、トイレまで出来るところは全部リフォームしたからね」と言い、また前を向いた。階段を上る手前で一つの部屋の前を通りかかったが、ドアがやや開いていたので、内の様子が一瞬垣間見えた。―誰かの背中。誰、と思わず口にするとかほるは「ああ、ヒロコさん。ここは仕事場」不思議そうに僕の方を見た。お母さん?なら挨拶を・・・、僕が戻りかけるとかほるは「仕事中は駄目。特に今は新作に取り掛かっているから。大丈夫、夕食のときに会えるから。薫りいこに・・・」と僕をたしなめた。その物言いに、それじゃまるで、俺が薫りいこに会いたいがためにここに来たようで、嫌なんだけど、と僕は文句を言ったが、かほるはどこ吹く風で完全に無視されてしまった。
―明日の早朝にはかほるとお別れ、それを現実としてどう受け止めたらいいのだろうか。でも恐らく僕は「別れ」を信じていなくて、ただただ意味もなくにそう繰り返し、かほるに付いて階段を上って行っただけなのだと思う。
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