Jeanne Added : "My Favorite Things" (The Sound of Music cover) - ARTE Concert
Sunny Day Service - 雨が降りそう【Official Video】
All About Lily Chou-Chou─MV
The Smiths - Asleep // Las ventajas de ser invisible (Español)
(ちんちくりんNo,24)
――あと六行。
やっとここまで来たか、と学習椅子に座っている僕は感慨に耽った。連絡もなく突然帰ってきた父親。やっとのことで平穏の日々を取り戻した少年の思いもよらなかった複雑な気持ち、激しい怒り。母親の叫び。少年はそれを合図とするかのように、父親との思い出のサバイバルナイフを取り出し父親と対峙する。
ここまではいい。結末ももう決めてある。言うなれば、結末は初めから決まっていて、それに向かって物語を紡いできたのだから。
実はこの物語は以前にもともと百枚超で書き上げたものだった。それが、どうも間延びした物語に感じて、今回本を作るにあたって何度も表現の仕方を変え、不要な場面を削除しながら再度練り上げてきた。結果、かなりの短編になったが、より濃密に引き締まったスピード感のもった物語になったと思う。
僕は息をひとつ天に吐いてから、持ち直したペンを一気に走らせた。最後に、「了」の文字を書き終えると全てが真白になった気がした。しばらくして「どうしたの」というかほるの言葉に我に返り、僕は両手で頬を一叩きした。
「終わったよ」
えっ、出来たの、とかおるは立ち上がり僕の机の上にある何枚かの原稿に目を遣った。彼女の後ろの丸テーブルには数枚のイラストと、水彩絵の具にパレット、絵筆。テーブル下にもまた原稿が散らばっている。かほるには「少年が心の平安を取り戻した」ところまでの原稿を渡してある。イラストのイメージを膨らませてもらうためだ。
僕は黙って机上の原稿をかほるに手渡した。彼女は受け取るやいなや原稿に目を落として読み始めた。「おいおい、楽にして読めよ」笑うと彼女はいたずらっ子っぽい目をしてちょこんと頭を下げ、テーブルの前に戻って腰を下ろし、体育座りになってまた手にした原稿に目を落とした。
ここは僕の下宿先、僕の部屋だ。今日は圭太と貢、二人とも都合が悪いということで、僕らはここで作業することにしたのだった。僕の部屋にかほるを招き入れる事はどうだろう、とは思ったのだが、部室で二人きりというのはよりまずいことだし、何よりもここの一階には大家の大山さんがいる。大山さんにしたって、常々「たまには女の子連れていらっしゃい。そういうの、息子が連れて来たような気がしてルンルンするのです」と、逆に僕をけしかけていたし。―それにしても大山さんには参った。土間に立ち、かほるが挨拶すると、一段高い畳に正座した大山さんは「海人さんは息子のようなもの、だからどうかお付き合いよろしくお願いいたしますね」と頭を下げた。いや、かほるは「彼女」じゃないのだけれど。
かほるの方を見ると、熱心に僕の小説を読んでいる様子が窺える。今日は比較的地味な恰好をしていて、晴れた空に浮かぶ雲のように、果てしなく白い色のブラウスに、濃紺の膝下長めのプリーツスカート、仮に眼鏡をかけさせれば古いドイツ映画に出てくるギムナジウムの女教師のような雰囲気がある。特筆すべきは髪型で、肩までの髪はただ真っすぐという印象だったのが、左から右へ流れるような、しかも隠れていた右耳だけを露にするといった反則技を使っている。これはかなわんなぁ。
そんなウマとシカなことを考えていたらかほるがふっと顔をあげた。読み終わったのか・・・。
かほるは原稿を畳の上に置き、顔を上げたまましばらく空を見ているような状態であった。学習椅子に座ったまま読んだ感想を待っていた僕は、徐々に不安が頭の中に広がって来てしまったので耐えきれず、かほるに「どう?感想は・・・」と声をかけた。「感想?」声をかけられたかほるはゆっくりと僕の方を向く。「そうねえ・・・」瞳をせわしく上下左右させて考えている風にしながら、突然それを止めたと思ったら彼女はそれこそ満面の笑顔を僕に披露してくれた。「最高!」
「ラストはどう」
「ここね、(少年はサバイバルナイフの柄を強く握り大きく振りかぶりながら父に向かって行った。憎悪に支配された彼の感情はもう誰にも抑えることは出来ない。
まさにナイフを振り下ろそうとするその時だった。聴こえた。何が。あの一種の詩のような呪文・・・。
―伯父さんが言ったんだよ。先生がいいって。・・・だって先生は正義の人だもの―
少年の眼からは温かい何ものかが弾け、全ての世界が人間が、消えたのだった)というところ」
かほるは原稿の最後のページを手に取り口早に声に出した。
「そう、そこだ。どう?」
「かっこいい!」
かっこいいとはまた陳腐な言い方だが、僕はそれが我が身が震えるほど嬉しかった。これ以上はない最高の言葉だ。僕は椅子から下りてかほるのもとに近づき、立ち膝で、思わずかほるを背中から抱きしめてしまった。「ありがとう」
「どういたしまして。最高よ、こんなに感情が揺さぶられる小説なんて初めて読んだ」
「そうか」
「・・・でも」
「えっ」
「海人はこの終わり方で救われるのかしら、とも思った」
―俺が救われる?お・れ・が・す・く・わ・れ・る、って何だ。
僕はふと丸テーブルに置かれたかほるのイラストに目を遣った。そこにはかほるの姉の顔をしたマリアさまが、すやすやと眠る赤子を抱いている画が描かれていたのだった。
Sunny Day Service - 雨が降りそう【Official Video】
All About Lily Chou-Chou─MV
The Smiths - Asleep // Las ventajas de ser invisible (Español)
(ちんちくりんNo,24)
そして僕は迷い・・・
――あと六行。
やっとここまで来たか、と学習椅子に座っている僕は感慨に耽った。連絡もなく突然帰ってきた父親。やっとのことで平穏の日々を取り戻した少年の思いもよらなかった複雑な気持ち、激しい怒り。母親の叫び。少年はそれを合図とするかのように、父親との思い出のサバイバルナイフを取り出し父親と対峙する。
ここまではいい。結末ももう決めてある。言うなれば、結末は初めから決まっていて、それに向かって物語を紡いできたのだから。
実はこの物語は以前にもともと百枚超で書き上げたものだった。それが、どうも間延びした物語に感じて、今回本を作るにあたって何度も表現の仕方を変え、不要な場面を削除しながら再度練り上げてきた。結果、かなりの短編になったが、より濃密に引き締まったスピード感のもった物語になったと思う。
僕は息をひとつ天に吐いてから、持ち直したペンを一気に走らせた。最後に、「了」の文字を書き終えると全てが真白になった気がした。しばらくして「どうしたの」というかほるの言葉に我に返り、僕は両手で頬を一叩きした。
「終わったよ」
えっ、出来たの、とかおるは立ち上がり僕の机の上にある何枚かの原稿に目を遣った。彼女の後ろの丸テーブルには数枚のイラストと、水彩絵の具にパレット、絵筆。テーブル下にもまた原稿が散らばっている。かほるには「少年が心の平安を取り戻した」ところまでの原稿を渡してある。イラストのイメージを膨らませてもらうためだ。
僕は黙って机上の原稿をかほるに手渡した。彼女は受け取るやいなや原稿に目を落として読み始めた。「おいおい、楽にして読めよ」笑うと彼女はいたずらっ子っぽい目をしてちょこんと頭を下げ、テーブルの前に戻って腰を下ろし、体育座りになってまた手にした原稿に目を落とした。
ここは僕の下宿先、僕の部屋だ。今日は圭太と貢、二人とも都合が悪いということで、僕らはここで作業することにしたのだった。僕の部屋にかほるを招き入れる事はどうだろう、とは思ったのだが、部室で二人きりというのはよりまずいことだし、何よりもここの一階には大家の大山さんがいる。大山さんにしたって、常々「たまには女の子連れていらっしゃい。そういうの、息子が連れて来たような気がしてルンルンするのです」と、逆に僕をけしかけていたし。―それにしても大山さんには参った。土間に立ち、かほるが挨拶すると、一段高い畳に正座した大山さんは「海人さんは息子のようなもの、だからどうかお付き合いよろしくお願いいたしますね」と頭を下げた。いや、かほるは「彼女」じゃないのだけれど。
かほるの方を見ると、熱心に僕の小説を読んでいる様子が窺える。今日は比較的地味な恰好をしていて、晴れた空に浮かぶ雲のように、果てしなく白い色のブラウスに、濃紺の膝下長めのプリーツスカート、仮に眼鏡をかけさせれば古いドイツ映画に出てくるギムナジウムの女教師のような雰囲気がある。特筆すべきは髪型で、肩までの髪はただ真っすぐという印象だったのが、左から右へ流れるような、しかも隠れていた右耳だけを露にするといった反則技を使っている。これはかなわんなぁ。
そんなウマとシカなことを考えていたらかほるがふっと顔をあげた。読み終わったのか・・・。
かほるは原稿を畳の上に置き、顔を上げたまましばらく空を見ているような状態であった。学習椅子に座ったまま読んだ感想を待っていた僕は、徐々に不安が頭の中に広がって来てしまったので耐えきれず、かほるに「どう?感想は・・・」と声をかけた。「感想?」声をかけられたかほるはゆっくりと僕の方を向く。「そうねえ・・・」瞳をせわしく上下左右させて考えている風にしながら、突然それを止めたと思ったら彼女はそれこそ満面の笑顔を僕に披露してくれた。「最高!」
「ラストはどう」
「ここね、(少年はサバイバルナイフの柄を強く握り大きく振りかぶりながら父に向かって行った。憎悪に支配された彼の感情はもう誰にも抑えることは出来ない。
まさにナイフを振り下ろそうとするその時だった。聴こえた。何が。あの一種の詩のような呪文・・・。
―伯父さんが言ったんだよ。先生がいいって。・・・だって先生は正義の人だもの―
少年の眼からは温かい何ものかが弾け、全ての世界が人間が、消えたのだった)というところ」
かほるは原稿の最後のページを手に取り口早に声に出した。
「そう、そこだ。どう?」
「かっこいい!」
かっこいいとはまた陳腐な言い方だが、僕はそれが我が身が震えるほど嬉しかった。これ以上はない最高の言葉だ。僕は椅子から下りてかほるのもとに近づき、立ち膝で、思わずかほるを背中から抱きしめてしまった。「ありがとう」
「どういたしまして。最高よ、こんなに感情が揺さぶられる小説なんて初めて読んだ」
「そうか」
「・・・でも」
「えっ」
「海人はこの終わり方で救われるのかしら、とも思った」
―俺が救われる?お・れ・が・す・く・わ・れ・る、って何だ。
僕はふと丸テーブルに置かれたかほるのイラストに目を遣った。そこにはかほるの姉の顔をしたマリアさまが、すやすやと眠る赤子を抱いている画が描かれていたのだった。
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