からくの一人遊び

音楽、小説、映画、何でも紹介、あと雑文です。

HONEBONE いてえじゃねえか 北区花火会2019

2020-05-25 | 音楽
HONEBONE いてえじゃねえか 北区花火会2019



Peter Gabriel - Don't Give Up (ft. Kate Bush)



OH!Gメン  ミドリカワ書房



喜納昌吉&チャンプルーズ - ハイサイおじさん



私たちの頃は沖縄音楽というとこれなんだよなぁ・・・。

時は流れて、いつのまにか沖縄のこういうハイな曲は聴かれなくなって、

ゆったりとした情緒溢れる物悲しげな曲が中心になった気がする。

勿論私も大好きだし、それもいいのだけれどね。

ただ、沖縄っていうと私の場合はこの曲が「沖縄」なんだよなぁ。

そういえば、昔々あるイギリス(アメリカかも)人ロック好きが「日本の曲はどれ聴いても欧米の曲とかわらない」と言っていた。ラジオでかな?

それで、どういう曲が日本独自のロックだと思う?との問いに、このような答えが返ってきたような・・・。

「沖縄音楽、喜納昌吉のハイサイおじさんがあるじゃないか」

多分、1980年・・・・、多分世界の音楽人にとって一番悲しかった年。
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おまえのほしいのは何  金延幸子

2020-05-24 | 音楽
おまえのほしいのは何 金延幸子



Depeche Mode - Peace (Official Video)



抱きしめてよ、ミラクル Duet with 斎藤 誠  岩崎宏美



The Water Is Wide 2020_04_11   湯川潮音、湯川トーベン、栗原正己(栗コーダーカルテット)、イノトモ


SNSの誹謗中傷でひとりの女性が命を絶ちました。

合掌。

今はそういう時代なのでしょうか?

いや、SNSのない時代でもそういう誹謗中傷はあった。

松田聖子さんが若い頃、そういうことがあった。

「東京ラブストーリー」がテレビで放映されているときに有森也実さんが現実と混同され、相当な誹謗中傷を受け、その後将来を嘱望されていたのにもかかわらずテレビどころか映画にも映ることが少なくなった。

裕木奈江さんはかなり酷かった。日本での活動を閉ざされ米国へ飛び、向こうでも役者をしていたらしいが、最近やっと20数年ぶりに日本のテレビにも出られるようになった。

どうしてなのだろう?

これっていじめの構造と一緒だよね。結局。

なぜなのだろう?


Elliott Smith - Because



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Nemra - Sad Reality (Official Video)

2020-05-23 | 音楽
Nemra - Sad Reality (Official Video)



ゴスペラーズ - VOXers / THE FIRST TAKE



時にまかせて



Pat Benatar - Heartbreaker • TopPop



なんも考えていなかったので今日は曲をあげるだけ。

すまぬ、なんの工夫もないのだよ。(・。・;

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Taco - Puttin' On The Ritz (Official Video)

2020-05-22 | 音楽
Taco - Puttin' On The Ritz (Official Video)



石崎ひゅーい - さよならエレジー / THE FIRST TAKE



岩城滉一&四方義朗 「Aa!」 10.21 On Sale!!



Nemra - Nare / Նարե (Official Video)


アルメニアのバンド。そのせいか、中東の匂いもロシアの匂いも微かに香る音を感じます。

基本的にこのバンドはロック。

明日また英語で歌われた別の曲をあげます。

結構興味深いバンドです。




家族ゲーム



本間 洋平(ほんま ようへい、1948年(昭和23年)11月9日 - )は、日本の小説家。本名、唐木田邦男。
長野県長野市生まれ。茨城大学経済学部卒業。デビュー作『家族ゲーム』は、1983年に森田芳光監督・松田優作主演で映画化、長渕剛主演でドラマ化された。2013年には櫻井翔主演で再びドラマ化されている。

〇あらすじ
出来のいい“ぼく”と違って、グズな弟は、家庭教師を何度かえても効果なし。高校進学をひかえ、何とかしたいと焦る母。6人目の家庭教師・吉本の出現で、ついに変化が! 経歴も風貌も型破りな吉本は、弟を逃がさず、体育会系ノリで徹底的にしごいていく。両親の期待は弟にうつり、優等生だった“ぼく”は、だんだん勉強をサボリ気味に……。受験に振り回される一家を描く、第5回すばる文学賞受賞作。

〇レビュー
家族ゲームは学生の時読んだ。今回は二度目の読了。
この小説の特徴は語り手が弟・沼田茂之の兄・慎一である点だ。
私はそれまで読んだ小説の中で兄の視点から描いた小説は読んだことがなかった。こういう小説の語り手は「私」でなければ、大抵は親とか友人とか、後は「天の視点」と言われるような完全に感情が排除された視点で書かれるものだからだ。
兄の視点だから愛情溢れて書かれているかと言うとさにあらず。寧ろ残酷なまでに淡々とした冷静な目である。
弟は落ちこぼれの登校拒否寸前の落ちこぼれ、兄は優等生ぶりっこ、両親はただただ弟の成績が上がればいいだけのよう。そこへ暴力家庭教師吉本が現れるのだが、彼の行動は昔読んだときにはさほど感じなかったが、現代では明らかにアウト。寧ろ訴えられるであろう。
映画では家庭教師役をやっているのは松田優作である。映画の主役は松田優作と考えていいが大きな嵐が家族を巻き込んで「あっ」という間に去ってゆくというイメージだ。ドラマの方は二作作られており、それぞれ教師がメインでその役を長渕剛と櫻井翔がやっている。長渕版は結構熱血漢だった。櫻井は「策士」という感じ。
原作の主人公は弟になるのかなと思っていたら、後半になってくると段々この物語が実は兄の想いの詰まった物語であったことに気付く。淡々と冷静に語られながらも。
そこに気づいてくると物語は俄然面白くなって来るように感じるのだ。
結局この小説はハチャメチャな家庭教師を投入することで、家族の問題を明らかにしてゆくという手法で日本の当時のいじめや引きこもりなども含めて問題視した最初の小説なのだろうと思う。
40年もの時を経て、その間に三回も映像作品になったのも、現在もそれらの問題が相変わらず「でん」と社会問題として居座っているせいなのかもしれない。
40年前、私は作者が教育に携わる人間だと思っていた。けれどこの小説以降作者は一編も小説をだしてはおらず、どういう人間なのかはっきりとした情報を得ることが出来なかった。
先に書いたように映像作品になっているのだから、許可を得るため作者にプロデューサーなりが会いに行っているはずだ。それなのに本人の情報が入ってこない。不思議な「作家」だと思う。

コメント (4)
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Dire Straits - Sultans Of Swing

2020-05-21 | 音楽
Dire Straits - Sultans Of Swing



遠い遠いあの野原  森山良子



女王蜂 - 火炎 / THE FIRST TAKE



山田庵巳&水ゐ涼 「高速バナナに飛び乗って」 Anmi Yamada & Mizuiryo live at koenji U-hA 2019/12/20




コインロッカー・ベイビーズ

https://www.amazon.co.jp/s?k=%E3%82%B3%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%AD%E3%83%83%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%99%E3%82%A4%E3%83%93%E3%83%BC%E3%82%BA&i=stripbooks&hvadid=335427679364&hvdev=c&jp-ad-ap=0&tag=yahhyd-22&ref=pd_sl_9ag26yi6fw_e

村上龍(むらかみりゅう)。1952年2月19日生まれ、長崎県佐世保市出身。武蔵野美術大学造形学部基礎デザイン科入学中退。大学時代に小説を書き始める。1976年に「限りなく透明に近いブルー」でデビュー。

〇あらすじ
1972年夏、「キク」と「ハシ」はコインロッカーで生まれた。2人は横浜の孤児院で暮したのち、九州の炭鉱跡の島にいる養父母に引き取られる。
多感な時代をその島で過ごしたのち、本当の母親を探してハシは東京へ消えた。そのハシを追って東京へ来たキクは、鰐のガリバーと暮らすアネモネに出会う。キクは小笠原の沖、カラギ島に眠る「ダチュラ」を使ってこの世界を破壊したいと願い、ハシはその生まれもった才能と努力でポップスターへと登り詰めた。「本当の母親」に出会えたとき、2人のとった行動は…。
キクとハシが幼少時に「聞かされた」音とは…。

〇レビュー

この小説は、作者が芥川賞をとった「限りなく透明に近いブルー」から四年程経った時期に書かれた。
恐らく作者である村上龍にとっては作家人生の中で、一番ノリにノッていた時期でもあったのではないか。
この作品の一番の特徴はともかく暴力的で破壊的で、それはほとんど改行のない文章にも表れているのだが、それでいて一種の爽快感もあり、カテゴリーは何になるのだろうと訊ねられたら純文学でもあり、SF小説でもあり、バイオレンス小説でもあり、ともかく「カッコいい」小説というしかない。そのカッコよさを表したのが次の一文。
「生きろ、そう叫びながら、心臓はビートを刻んでいる。」
まるで音楽のロックンロールをも想像させるようなフレーズ。
ところで本作の内容はさまざまな解釈があるが、新生児遺棄事件がモデルになっていることは間違いないだろう。新生児遺棄事件とは、1971年に起こった事件である。生後間もない子どもをコインロッカーに遺棄した事件で、当時話題になった。決して許されないことであるが、婚姻外出産に対して社会保障が整備されていなかったこともあって、子どもを遺棄せざるを得なかったのだろう。
そういう意味では、捨てられた子供の想い、そして運命。子どもが背負った十字架というのも、本作のテーマの1つなのではないかと考える。
本作の結末は、決してハッピーエンドといえるものではないかもしれないのだが、しかし、読後に感じるのは、不思議な高揚感と力強さである。本作では一貫して、人間の生と死を描いているが、それをもう少し違う言葉に置き換えて言うならば、人間と社会の再生と破壊の物語である、とも言えよう。私はそう考えた。
さて、抽象的なことをつらつらと書き連ねてしまったが、最後に当時のエピソードを一つ。今では世界的な作家になってしまったもう一人の村上、「村上春樹」であるが、この小説を読んで、当時彼はジャズ喫茶を経営する兼業作家だったのだが、本作の持つ強烈なエネルギーに揺り動かされて『羊をめぐる冒険』を執筆、それを機に専業作家として出発することとなった。村上春樹は村上龍をライバルとして強く認識していたというコメントを残している。
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