思いつくままに

ゆく河の流れの淀みに浮かぶ「うたかた」としての生命体、
その1つに映り込んだ世界の断片を思いつくままに書きたい。

天皇について考える

2017-02-01 21:50:58 | 随想

 天皇の生前退位問題に関して、安倍首相が意見を求めるために創設した「天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議」のメンバーの1人である渡部昇一 上智大学名誉教授は雑誌『WiLL』の中で次のように述べ、生前退位に反対している。

 「皇室の継承は、①「種」(タネ)の尊さ、②神話時代から地続きである──この二つが最も重要です」「種には資産の大小は関係ありません。種の尊さというのはそこにあると思います。それさえ守り続ければいいのです」「歴史的には女帝も存在しましたが、妊娠する可能性のない方、生涯独身を誓った方のみが皇位に就きました。種が違うと困るからです。たとえば、イネやヒエ、ムギなどの種は、どの田圃に植えても育ちます。種は変わりません。しかし、畑にはセイタカアワダチソウの種が飛んできて育つことがあります。畑では種が変わってしまうのです」「万世一系が揺らぐようなことがあってはならない。それだけを考えればいいのです」

 「種(タネ)が大切」だとは、種馬とか血統書付きの犬とか(まさにタネに価値があるもの)を連想させ、天皇に対して失礼だと思う。旧憲法下であれば不敬罪に問われるのではないか。上記の有識者会議のメンバーは16人であるが、そのうち8人は「日本会議」や「神道政治連盟」に関係する人たちであり、みんな渡辺名誉教授と同じような考えを持っている。彼らは、天皇の在り方を次のように考え、生前退位に反対している。

  加地伸行 大阪大学名誉教授

「両陛下は、可能なかぎり、皇居奥深くにおられることを第一とし、国民の前にお出ましになられないことである。もちろん、御公務はなさるが、<開かれた皇室>という<怪しげな民主主義>に寄られることなく<閉ざされた皇室>としてましましていただきたいのである」

  八木秀次 麗澤大学教授

「天皇陛下は、ご自身が在位されることで迷惑を掛けるとお思いであると拝察するが、国民の一人としては在位して頂くだけで十分にありがたいという気持ちである」

 大原康男 国学院大学名誉教授

「何よりも留意せねばならないのは<国事行為>や<象徴としての公的行為>の次元の問題ではなく、<同じ天皇陛下がいつまでもいらっしゃる>という<ご存在>の継続そのものが<国民統合>の根幹をなしていることではなかろうか」

 百地章 国士舘大学院客員教授

「明治の皇室典範をつくるときにこれまでの皇室のことを詳しく調べ、生前退位のメリット、デメリットを熟考したうえで最終的に生前譲位の否定となった。その判断は重い。生前譲位を否定した代わりに摂政の制度をより重要なものに位置づけた。そうした明治以降の伝統を尊重すれば譲位ではなくて摂政をおくことが、陛下のお気持ちも大切にするし、今考えられる一番いい方法ではないか」

 これに対し、天皇は、生前退位に関するビデオメッセージで、その在り方を次のように述べられ、その考え方に基づき、まさに実践されてこられた。

 「私が天皇の位についてから,ほぼ28年,この間(かん)私は,我が国における多くの喜びの時,また悲しみの時を,人々と共に過ごして来ました。私はこれまで天皇の務めとして,何よりもまず国民の安寧と幸せを祈ることを大切に考えて来ましたが,同時に事にあたっては,時として人々の傍らに立ち,その声に耳を傾け,思いに寄り添うことも大切なことと考えて来ました。天皇が象徴であると共に,国民統合の象徴としての役割を果たすためには,天皇が国民に,天皇という象徴の立場への理解を求めると共に,天皇もまた,自らのありように深く心し,国民に対する理解を深め,常に国民と共にある自覚を自らの内に育てる必要を感じて来ました。こうした意味において,日本の各地,とりわけ遠隔の地や島々への旅も,私は天皇の象徴的行為として,大切なものと感じて来ました。皇太子の時代も含め,これまで私が皇后と共に行おこなって来たほぼ全国に及ぶ旅は,国内のどこにおいても,その地域を愛し,その共同体を地道に支える市井しせいの人々のあることを私に認識させ,私がこの認識をもって,天皇として大切な,国民を思い,国民のために祈るという務めを,人々への深い信頼と敬愛をもってなし得たことは,幸せなことでした。」

 また、百地教授の「摂政」を置くという考え方に対しても、ビデオメッセージの中で、次のようにはっきりと反対されている。

 「天皇が未成年であったり,重病などによりその機能を果たし得なくなった場合には,天皇の行為を代行する摂政を置くことも考えられます。しかし,この場合も,天皇が十分にその立場に求められる務めを果たせぬまま,生涯の終わりに至るまで天皇であり続けることに変わりはありません」

 多くの日本国民は、天皇の在り方として、天皇の考え方と、先に挙げた人たちの考え方との、どちらに賛同するのだろう。

 天皇は、先の戦争によって無念のうちに死んでいった者たちを、その国籍にかかわらず悼むことをご自身の使命の1つとされているように思われる。そして、二度とあのような悲惨な戦争が起きないように祈ってもおられる。皇后とともに、硫黄島、長崎、広島、沖縄、サイパン、パラオ、フィリピンと慰霊の旅を続けてこられたこともそれを裏付けている。天皇の現在の平和憲法を守りたいというお気持ちは、折に触れての言動にはっきりと表れている。それが気に入らないのか、上記の八木教授はそのことに苛立ち、次のように苦言を述べている。

 「両陛下のご発言が、安倍内閣が進めようとしている憲法改正への懸念の表明のように国民に受け止められかねない」「宮内庁のマネジメントはどうなっているのか」

 つまり、宮内庁は天皇に勝手な発言(自分たちの意にそぐわない発言)をさせるなと苦言を呈しているのだ。天皇は、あちこち動き回らず、黙って御簾の後ろに居さえすればいいのだ、この国の政治は、天皇の名のもとに、すなわち、批判を許さないものとして、我々が行なうということである。

 <平成27年 天皇陛下のご感想から>

 「本年は終戦から70年という節目の年に当たります。多くの人々が亡くなった戦争でした。各戦場で亡くなった人々,広島,長崎の原爆,東京を始めとする各都市の爆撃などにより亡くなった人々の数は誠に多いものでした。この機会に,満州事変に始まるこの戦争の歴史を十分に学び,今後の日本のあり方を考えていくことが,今,極めて大切なことだと思っています。」

 平和を望み、戦争を忌避する日本国民は、天皇と同様、「満州事変に始まるこの戦争の歴史を十分に学び,今後の日本のあり方を考えていくことが,今,極めて大切なことだ」と思っているのではないだろうか。外国から見れば、日本国民の統合の象徴である天皇の発言や行為は、日本国民を代表するものとして映り、平和国家としての日本に信頼感をもたらすことになる。実際に、敗戦後、平和憲法を持ち、他の国の人を一人も殺すことがなかった国として、尊敬されてもきたのだ。「日本は世界で一番安全な国だ」と、オリンピック招致で自慢できた安倍首相はこのことを理解すべきである。(たぶん、理解できないと思われるが)

 安倍政権は、天皇=日本国民の統合の象徴の意志を無視し、この国をふたたび戦争ができる国に変えつつある。平和国家として世界に認められるようにしてきた先人たちの努力を踏みにじろうとしている。集団的自衛権の行使容認によって、外国で日本の自衛隊員(兵士)が殺し殺される場を作ってしまった。南スーダンに派遣された自衛隊員が戦闘に巻き込まれず、無事に帰還することを祈りたい。敵を作れば、当然その報復におびえることになり、「日本は世界で一番安全な国だ」と見栄を切った安倍首相は「共謀罪を盛り込んだ組織犯罪取締法改定が成立しないとオリンピックは開けない」と言うようになった。

 彼らの憲法草案では天皇を「象徴」ではなく旧憲法と同じく「元首」としている。旧憲法では「元首」は「神聖にして侵すべからず」という絶対的存在として位置付けられている。また、天皇に「統帥権=軍隊に対する絶対的な指揮権」を持たせ、実のところ軍部が「天皇」の名のもとに批判を許さない絶大な力を行使し、多くの人を犠牲にする戦争を遂行していった。天皇は、ふたたび、そのようなかたちでご自身、あるいは、子孫が利用されることを恐れているのではないだろうか。

 一方、天皇の人権は大きく制約されている。思想信条の自由、信教の自由、表現の自由、集会・結社の自由、職業選択の自由、居住移転の自由、海外渡航の自由などがない。また、選挙権、被選挙権もない。つまり、天皇は、象徴として日本国民を統合するために、それらの自由や権利を奪われているということになる。冒頭に述べたように、渡部昇一教授は「種(タネ)こそ大切」と言ってはばからず、1人の人間としての天皇の心などには関心がないのだ。まさに道具としてしか見ていない。

 朝日新聞のコラム(高橋源一郎の「歩きながら、考える」皇居で手を振る、人権なき「象徴」)にこんなことが書いてあった。

 美智子妃と結婚する直前、皇太子時代に、こんなことを友人にしゃべった、と伝えられている。

 ――ぼくは天皇職業制を実現したい。毎日朝10時から夕方の6時までは天皇としての事務をとる。そのあとは家庭人としての幸福をつかむんだ――

 学生として一般人と交流する中で知った一般国民の生活のようすと、昭和天皇の日常とを対比して生まれた考え方ではないだろうか。日本国民は、この言葉の意味をよく考えてみる必要があるのではないか。天皇が存在しないと、1人の人間をその生まれを理由に束縛して神棚の上に置き続けてゆかないと、本当にこの国は混乱し、秩序を保てなくなるのだろうか。これは日本国民にとって、大変大きな問題だと思う。天皇を必要としているのは、冒頭に紹介した人たちのように、天皇の考え方を否定し、それにもかかわらず天皇を絶対的な存在としてまつりあげ、その権威を利用して自らの意思を実現しようとしている人たちだけなのではないだろうか。

 



最新の画像もっと見る

コメントを投稿