明日香の細い道を尋ねて

生きて行くと言うことは考える事である。何をして何を食べて何に笑い何を求めるか、全ては考える事から始まるのだ。

読書の勧め(11)文豪温泉って何?

2023-02-26 21:38:59 | 芸術・読書・外国語
NHKBSで25日に放送された番組。三人の作家に縁の深い温泉を取り上げて、その作家の人生のエピソードを描いていく。昔の作家はよく温泉に籠って作品を書いたそうだ。まあ、作家が締め切りに追われてホテルに缶詰めになるというのは良くある話だが、当時は温泉というのがポピュラーだったのかも知れない。中でも「日本を代表する作家三人」が、意外と温泉好きだったというのも面白い。私はずっと、応仁の乱以降の日本文学は読まない主義で通している人間だが、今考えてみると特別深い理由があった訳では無い。元々大学からの西洋かぶれが昂じて最初ゲーテに傾倒し、それからダンテ・スピノザ・スタンダールからボードレエル・マラルメなどに熱中した。社会人になってからも殆ど読む本は西洋の物ばかりであり、ギリシャ・ローマの歴史に頭を突っ込んだり、さらには30台には宇宙とか物理とかにも興味の幅を広げたものである。そして程なく生来の歴史好きが頭をもたげて来て、奥深い「古代史の世界」へと迷い込んだまま今に至っている。つまり日本近代文学は全くの素人と言う訳だ。
 
勿論文学の知識としては、これらの作家についてある程度の事は学校で習っていたし、知ってもいた。超有名な三人であるから、まあまあの興味はあったと思う。ところが改めてこの番組を見てみると、何故か急に作品を読みたくなって来たのだ。その三人とは、夏目漱石・川端康成・志賀直哉である
 
1、夏目漱石「こころ」
彼は日本で一番有名なベストセラー作家である。純文学部門売り上げランキング1位の「こころ」を始め、吾輩は猫である・坊ちゃん・三四郎・それから・・・と、少数ながらよく読まれている作品がズラッと並ぶ。まあこれは学校で取り上げる作家というのも影響しているとは思うのだが、何故こんなにも日本で漱石が好まれているのだろう。私の漱石のイメージは世の中を斜に構えた洒脱な作風だが、胃潰瘍持ちで良く言えば軽妙、悪く言えば出来の言いテレビドラマと言った所であった。ところが晩年に大病を患ってからは作風が変化し、人生を深く見つめた思索的な暗い作品が多くなっているのだ。漱石は49歳で亡くなっているから今で考えるとまだまだ壮年にもなっていない年齢ではあるけども、何かギリギリの所で「とうとう人間の深奥に切り込んだ」ような気がしてちょっと興味をそそられる。他にも不幸な生涯を送った作家には太宰治を筆頭に芥川龍之介や三島由紀夫など枚挙に暇が無いが、何より作家として肝心なことは「作品の出来」ではないだろうか。その意味で漱石は「文章・構成が抜群に上手かった」というので人気があるのだと思う。それで私の「人生で読むべきこの一冊」は最晩年の懇親の一作「こころ」にしようと思う。漱石の見た「人間を待っている闇」とはどんな世界か?、気になるではないか。
 
2、川端康成「雪国」
作品数は多作でノーベル賞を貰い、73歳で突然自殺した。それだけで数奇な人生と持て囃しそうだが、案外と本人の中では至極地味な人生だったのではないだろうかと想像している。彼の作品は「日本人の繊細な心」を見事に描き出すと評価されているようなので中々選ぶのに苦労するが、一応私の選ぶ「人生で読むべきこの一冊」は、最高傑作の「雪国」にした。吉永小百合の映画で名高い「伊豆の踊子」も読んでみたいし、有数の観光地京都を舞台に名所旧跡が多数出て来る「古都」も捨てがたいが、まあ選ぶならこれ一択だろう。番組では修善寺温泉を取り上げていたが、川端も漱石に劣らず温泉好きで北陸の名湯には目が無かったそうである。一日ダラダラ過ごした夜などにふと本棚から取り出してじっくり読んでみたりして、寝る前のひととき、日本の懐かしい暖かで細やかな心の織り成す「美しい情景」に浸るのも悪くはないだろう(ぺこぱ風に)。ちなみに自殺の原因は「譫妄」だそうだ。多分だが、作品への影響はないらしい。
 
3、志賀直哉「城の崎にて」
言わずもがなの神様と言われた小説の名人である。彼は父親との不和で色々屈折した人生を歩んだようだが、作品は Wikipedia によると「めちゃめちゃ多い」。山手線で事故に合って生死を彷徨う経験をしたのち療養の為に城崎温泉に逗留していた頃、ふとしたことから命の尊さに目覚め、そこから作家の転機を迎えて大作家の道を歩んだ人である。漱石もそうだが人間死にかけて九死に一生を得ると、何か吹っ切れたように「名作を書き始める」ことがある。志賀直哉もその一人のようで、川端のような芸術的な作品とは異なる作風だが、焼き物の逸品のような「小説のツボを抑えた」作品が小説好きの心を刺激する。私としては番組でも取り上げていたが、彼の重大なターニングポイントを描いた「城の崎にて」を読んでみたいのだが、彼の人生の総決算ともいうべき畢生の作品である「暗夜行路」ってのも捨てがたい。どうしようかと悩んだ挙句「人生で読むべきこの一冊」は、やはりここは「城の崎にて」から入るのが順路と考えた。これで志賀直哉ファンになったら、それから暗夜行路を読んでも遅くはない。
 
以上、「文豪温泉」から触発されて読んでみようと思った三人の大作家を挙げてみた。これに後二人追加して、都合5人の日本作家を今年の読書リストに追加しようと思う。
 
4、 島崎藤村「破戒」
志賀直哉も父親との確執で人生に暗い影を落としているが、島崎藤村の人生も中々波乱万丈である。藤村は私は与謝野晶子と並ぶ「大詩人」だと思っているので後年に小説家に転進したのは気に入らないのだが、しかし前掲の三人と同じく「人生の闇」を見つめた点では、私の「大好物作家」の仲間に入る資格は充分にあるだろう。藤村は最初、詩人として華々しい文壇デビューを果たしたが、実生活においてはそれほど幸せではなかった気がする。詩人としては大正浪漫主義の真っ只中にいた一代のスーパースターなわけだが、年を重ねるにつれて人生の隘路に迷うようになる。そのあたりから私小説の世界にどっぷりと浸かって、最後にはとうとう「暗夜行路」を書くところが人生は一寸先は闇みたいで興味を掻き立てる。だが一応、破滅の一歩手前の状況は後回しにして、私としてはその前に気力充実の若い藤村を見てみたい気がするのだ。そういう訳で、私の「人生で読むべきこの一冊」は自費出版して即売り切れたという「破戒」にした。なお、詩人としての実力は折り紙付きなので、与謝野晶子詩集と藤村詩集は揃えておくようにしたい。
 
5、永井荷風「濹東綺譚」
日本の近代小説で一番好きなのは永井荷風と言っておきながら、実はそれほど読んでいる訳ではない。松本清張や司馬遼太郎のほうが読んだ量では多いと言える。だが中身の質から言うと清張は「日本の黒い霧」でのジャーナリストのイメージが先行し、司馬遼太郎は「街道をゆく」シリーズの旅作家のイメージが強くて、どうも本業の小説が頭に入ってこないのだ。その点永井荷風は純然たる作家なので、小説に関係ない余計な事を考えなくていいので私は好きである。私は少々食わず嫌いなところがあって、荷風以外の日本の近代作家にはこれまで触れてこなかったのだが、「荷風を読み直す」のも含めて、これを機に少しは他の作品も読んでみたくなった。こうなると先ず「本を揃える」ことから入るのが私の悪い癖なのだが、買いそろえることに熱中するあまり、読む方を疎かにしてしまうのが最大の悩みである。今回はその過ちを犯さないためにも、1作家1冊から始めることにしたい。
 
取り敢えず今年は上記5作品を読むこと。今私の机の上には井波律子訳「三国志演義 一」と「古今和歌集」と「中国名詩選(中)」があり、それと折口信夫「古代研究 Ⅳ 国文学編2」と檀上寛「明の太祖 朱元璋」さらには森三樹三郎「梁の武帝」に講談社学術文庫の「中国の歴史7 中国思想と宗教の奔流 」という宋の歴史本が乗っている。これらは去年からずっと置いてあって、今か今かと読む順番が来るのを待機しているのだ(積読=つんどく、ともいう)。私の癖は一冊読み終わる前に3冊買ってしまうことである(だから本棚が新品本で埋まっていく)。これ、何とかならないだろうか・・・


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