明日香の細い道を尋ねて

生きて行くと言うことは考える事である。何をして何を食べて何に笑い何を求めるか、全ては考える事から始まるのだ。

酒のツマミ話(5)パブリックビューイング造るって?、何考えてんの!

2021-05-26 20:43:17 | ニュース

1、オリンピックの経済損失
東京都が代々木公園にパブリックビューイングの準備を始めたとニュースでやっていた。オリンピック自体どうのような形で実現するかまだ決まっていない中で、中止の可能性もあるのに「もう工事を始めるなんて不見識だ」などと炎上気味であるが、施工業者や会場整備会社などは「始めざるを得ない」のが辛いところだ。本来はIOCなり東京都が「せめてオリンピック実施の具体的方法」を発表しなくてはならない時期である。だが観客を入れてやるのかどうなのかすら発表されていない今、一体オリンピックはどうなるのかがマジに問われている。もう開始まで2ヶ月を切った現在、開催都市東京都は「何をグズグズしている」のか、肝心の小池都知事の心中を推し量ってみる。

本当かどうか私には分からないが、もしオリンピックを中止したら「損失額は1兆8千億円」と試算された。これが逸失利益をどれだけ含んでいるか不明だが、仮に「正規に開催した場合の利益に比べると・・・」などという間の抜けた計算でないのは当然だ。私の想像では、「中止したら今までの損に加えて『更に』これだけ払わないといけない」額だと思っている。無観客で開催した場合の損失額は「大体1400億位だろう」とあるから、中止が如何に莫大な損失なのかが分かると思う。つまりオリンピックは「もうやめられない」のである。これは延期を決めた去年の段階から分かっていることなのだ。ただコロナが思ったように収束しなくて、むしろ変異株などもあり「感染爆発しちゃった」のが唯一の誤算といえば誤算である。日本に一方的に犠牲を強いるバッハ・コーツは白人至上主義の権化だとか、小池都知事は7月の都議選まで「だんまり」を決め込むつもりで本当は強行開催を狙っているのだとか、もっと「うがった見方」をする一部の人からは「菅首相は自身の引退興行」にしようと画策している、というから笑っちゃう。

まあどっちにしろオリンピックはコロナの蔓延状況とか病床逼迫率とは関係なく、純粋に「経済的な問題」であるのは間違いがない。この際、政府や東京都も正直に「オリンピック精神とか偉そうな理想を掲げるのはやめて」、生々しいお金の話を発表すればいいのと違う?。つまり、損失予想額を有観客制限付きで実施した場合はいくら、無観客ではいくら、そして一番困る中止の場合はいくらと、「正確な明細リストをつけて」マスコミに発表するのである。こんだけお金が掛かります、と正直に言うのだ。そしてその損失は皆様の税金です、というのも忘れずに付け加えること。国民はその金額をどう捉えるか、答えの期限は6月23日というのはどうだろう?。これが今国民の間で揉めているオリンピック問題に「一番分かりやすい逆質問」だと私は考える。だって政府が答えを出して責任を取るより「答えを国民に委ねた方」が八方丸く収まるだろう、それが民主主義である。そうすれば開催か中止か、どちらに転んでも政府にはキズがつかないと思う。ちなみに私は有観客で実施する、を選ぶ。何故かって、そりゃあ、やらないで後悔するよりも「やってしまって後悔したほうが理にかなっている」からだ。恋愛でもそうである。告白して振られる方が、もし告白したら・・・、とウジウジ考えているより「よっぽどスッキリ前を向く」ことが出来るじゃないか、と思う(私の経験である)。だいたい私に取っては、オリンピックなど大して重要じゃないのだ。たった一回きりの人生には、もっともっと大切なものがある筈である。

だから多少感染者が増えても有観客で開催に賛成だ。それに卓球の伊藤美誠の金メダル、死ぬ前に是非見て感動してみたいと「あなただったら」思わないかな?・・・そう、私なら人生で何もなかったと思って死ぬよりはむしろ感動を選ぶ。もうオリンピックしか感動するイベントが残ってないお年寄りの「最後の夢」を奪ってはいけないよね。そう、「冥土の土産のオリンピック」なんですから。

2、ブチ切れ内閣官房参与
高橋なんとかと言う内閣官房参与が今度はツィッターで暴言を吐いたとしてクビになった。まあ覚悟の上でのことだろうから一見潔いとも言えるが、「釜茹でにされた石川五右衛門の捨て台詞」的なウケ狙いの側面も否定できません。得てしてヤクザなど己の生き様を肯定して世間を見下す輩はこのような批判をなんとも思わずに、捕まって刑に処せられても「平然と悪態を吐く」わけだから始末が悪い。彼は元々経済を分析する数理プロフェッショナルとして「あの竹中平蔵」から絶大な信頼を得ていたエキスパートのようである。だとすると世間で言われているような「暴言」も彼にしてみれば当然の分析の結果だとも言える。確かに感染者の数は世界の主要国に比べて「とても低い数値」だという彼の主張は正しい分析である。一日3、40万人もコロナに感染しているインドの状況に比べれば、医療が逼迫していると言って大騒ぎしている大阪でさえ1000人ぐらいだから「どうってことない」というのは間違でもなんでもない。いやむしろ日本人が騒ぎ過ぎる、というのが「世界の実態」という彼の指摘は正しいとも言えるだろう。だが、夕食の内容が「漬物と味噌汁だけ」だったとしても、それが「生活保護の家庭と、年収1億円の家庭」では、旦那さんの反応は天と地の差があるのだ。ちなみに裕福な家庭の場合では、そんなものを出したら「お前、ふざけてんのか!」と激怒されて、離婚の重大要件になってもおかしくないだろう。要は、国民の生活レベルが清潔・安全・健康を第一とする日本での反応と、コロナなど「たかが風邪だ」と嘯く大統領がいるブラジルなどの反応が大いに違っても仕方がない。日本人はコロナのような未知の感染症を「極端に怖がる」国民性なのだと割り切るべきなのだ。その上で統計数値を「日本人向けに」読み解かなくてはならないのである。そんなことは最初から彼にも分かっていた筈である。だから「屁みたいなもの」というツィッターの言葉は、「彼の学問的実績そのもの」に対する自嘲、だと解釈しておきたい。御愁傷様。

3、コロナのXファクター
西洋人で恐ろしい猛威を奮ったコロナが、東洋では然程の被害を出さなかった要因として、「Xファクターを探せ!」というのが科学者の間での興味の中心だそうだ。それで能力のない私も一緒になって考えてみた。考えるに、西洋人は「胸板が厚い」。それに比べて東洋人は「胸が薄い」というのが特質として挙げられている。これはすなわち「肺の造り」の違いになって現れるのではないだろうか(あくまで素人考えである、まあ分かっているとは思うが)。つまり「肺に厚みがある」人ほどコロナに罹りやすく重症化しやすい医学的傾向にある、というのが私の考えだ(頭、大丈夫か?)。日本人は(東洋人全般にも言えることだが)胸が平板で肋骨が平たくなっている。これがコロナに余り罹らない理由ではないだろうか?(そんなわけないだろう!)。血液型でAB型はO型の1.6倍コロナに罹りやすいという研究結果もあることから類推すれば、案外「胸の厚み」という体型的特徴も、コロナに罹る度合いが違うことと関係あるかも。これは生物学的には「遺伝情報の違い」という事なんだろうが、コロナが肺炎と関連が深いことを考えると、例えば顔の彫りの深さとか足の長さとかよりは「胸の厚み」の方が、コロナのXファクターに近いんじゃないか、と私は考えている。研究者のさらなる真実探求を求めたい(何か、とうとう痴呆症のせん妄が出たか?)。

4、ワクチンと優先接種
日本人は何かと「公平・平等」を求めるのが民族としての特長だ。例えば東日本大震災で被災者が炊き出しのおにぎりを受け取るのに、キチンと列を作って整然と並んでいたのを海外から称賛されていた、というのを思い出す。並んだ人達の心のうちは私には分かりかねるが多分想像するに、日本人は公平・平等を「社会の最適化の方法の一つ」として捉えるのではなく、どんなことでも「抜け駆けで利益を得ることを最大限に忌み嫌う」という習性から来るもののように思える。例えば選挙権は人間の「尊卑に関係なく」平等に付与されるべき権利である、というのに対して、被災者用のおにぎりは「被災者の健康状態や必要量に関係なく」単に一人ずつ均等に分けることを平等というような、一種「与えられる側の公平さ」を大事にしているようである。これで果たして本当の「公平・平等」が得られるのであろうか?

現在の税制では累進課税が適用されて、高額所得者は「より高い税率」を課せられるという不平等に甘んじている。これなどは公平・平等の観点から言えば、真っ先に是正されるべきである、という主張もある意味納得だ。その観点からワクチン政策を考えていくと、まずワクチンを打つ「目的」はなんだろうか?と考えた場合、それは言うまでもなく「コロナの蔓延・重症化を防ぐ」ためである。ワクチンを打った人は、打っていない人に比べると「抵抗力が格段に上がる」ということが臨床結果で実証されているのだ。だからある程度の割合でワクチン接種者が増えると、ウィルスが増殖できる宿主=人間が見つかりにくくなって徐々に死滅していく。これが集団免疫の理論である。理想は70%だ。ではこのことと公平・平等と「どう関係するか」と言うと、「実は全く関係が無い」のである。ワクチンは蔓延・重症化防止のために打つ。ならば「一番効果的にウィルスを撲滅出来る方法」で打つべきではないだろうか?。これが現在コロナと必死に戦っている日本政府の「最優先で行わなければならないミッション」の第一である。

で、どうなったかというと「それほど蔓延・重症化もしてなくて、病床逼迫度合いもそれほどでなく」住民の密集度もそれほど高くもない和歌山県が、ワクチン接種率第一位だという。馬鹿じゃないの?。河野大臣ってもっと頭が良いのかと思っていたが、見掛け倒しも良いところだった、ってことなのか。寒いねぇ、寒む過ぎる・・・。

5、森高千里は永遠のアイドル
私の好きなアイドルの中でこの所急上昇しているのが森高千里である。勿論、デビューした頃のバブル絶頂期の売れっ子イメージではなくて、渡良瀬橋などをリリースして路線変更したイメージの「自立した大人の女性としての魅力」が私の心の琴線に触れるのだ(とか、カッコつけてんじゃあねーよ、ばーか!)。といっても17才などのMVにも見とれてしまう美脚は健在で、こないだも渡良瀬橋の近くでコンサートしたらしく、颯爽とミニスカートで舞台に登場した時の喝采は半端なかったという(見てみたかったなぁ)。もう御年50才の美魔女である。私は Spotify で何曲かプレイリストに入れているが、どんどん好みの範囲が昭和の歌い手に偏っていくのが我ながら怖い。最近は「岩崎宏美の美声」に耳を傾ける機会が増えた。人生の夕暮れに近づいているとの実感がそこかしこに感じられる今日この頃、ふと聞きたくなる音楽も「落日のような美しさ」を思わせる曲が多くなる。人生の夜の闇が直ぐそこに迫っている中、最後の輝きを静かに、そして安らぎと満足を与えてくれる音楽が愛おしい・・・。

とか言ってテレビの「霜降りミキIT」なんか見て、夜中にゲラゲラ笑っているんだからどこ迄本気なんだか。とにかく「森高はイイっ」というのが結論なのだ(やんや、やんや)。で一応、今度ファンクラブにでも入ろうかな、と思案中である。


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