1、今日の SmartNews で、コロナを嗅ぎ分ける犬プロジェクトが立ち上がった、とニュースになっている。
米国ペンシルバニア大学獣医学部と英国ロンドン大学保健・熱帯医学大学院は犬を訓練し、匂いでコロナ感染者を見つけるプロジェクトを共同で始めたようだ。私が以前のブログで指摘した通りのことが、世界の医療現場で研究されている!。研究チームは「犬1頭で1時間に150人を見分ける」と意気込んでいるらしい。まずはコロナ探知犬60頭を空港に配置することが目標だそうだ。これ、まんざらフェイクでも無いらしい。となると、私の先見の明も「尋常じゃない」ってことになるねぇ。マジ凄いことだぜ。私の問題解決能力たるや、あな恐ろしや、である。
2、京葉ガスが定期点検にやってくる
私は70歳の高齢者で、脳梗塞後の高血圧治療薬を飲んでいる「持病あり」なのである。つまり、いわゆる「最も重症化リスクが高い」範疇に入っている。その家に「4年に一度の法令点検ですから」って言いながら検査員を入らせるなんて、余りにも現状認識が無さ過ぎて「京葉ガス、馬っ鹿じゃないの?」ってこと。大体うちはアパートなんだから、隣に感染者がいたとするとガス検査でウィルスが検査員の服にくっ付き、その「ウィルスを検査員が知らずに運んで来た挙句に」、玄関の押しボタンをピンポンして「コンニチワ」って、・・・ふざけんじゃないよ!。俺に感染ったらシャレになんないじゃないの!、どうしてくれんだよ!。
とまあ、ガス会社の融通の利かなさに呆れております。きっと京葉ガスは「十分に注意して検査しますので」とかなんとか、外面だけは尤もらしく言うに決まっている。私は検査なんか、コロナが収まった来年頃にでもやればいいと思うのだが、ああいう会社は「とことん法令重視」で、交渉には絶対応じないのだ。社会情勢に柔軟に対応するとか、上層部は考えないのかねぇ、全くぅ!。仕方ないから当日検査員には「注意事項」を守らせて、なんとか自己防衛するつもりである。まず、
a. 玄関先で検査員を2m下がらせてソーシャルディスタンスを取らせる。そして
b. 帰るまで「一言も喋らない」こと
c. ドアノブには触らないこと
d. 入ったらすぐ「手を洗う」こと。この時、蛇口の開閉は私がする
e. ガス器具は予め分解して点検しやすくしておき、下の扉も開けて「元栓が見えるよう」にしておく
f. 換気扇は一番強力に回しておく
g. 検査が終わったら「OKマーク」をすること
h. 検査完了書にはサインじゃなくシャチハタを押す
i. 無言で帰らせる
j. 帰った後で私がドアを締める
k. 30分以上換気扇を回したままにする
以上である。これで何とか我が家の「シェルター状態」は保たれるんじゃ無いだろうか。その上念の為、検査日をアパート全体の実施日より大分遅い18日に変更した。もしそれでも、アンラッキーで感染ってしまったら?
そん時は、京葉ガスの検査員から感染された、って「マスコミに思いっきり垂れ込んで」やるぅ!。・・・死ぬ前の、せめてもの反撃である。
3、コーヒーは1日3杯がベストらしい
私が会社勤めしている時は朝起きてまず1杯飲み、電車に乗って新宿で立ち食い蕎麦を食べた後、会社に行ってもう一杯飲んでから仕事に入ったもんである。勿論午前中にもう一杯飲み、お昼に喫茶店でもう一杯飲む。それから午後に2杯くらい(残業したら3杯)飲んで、電車に乗って帰る途中に、また喫茶店で本を読みながらまた一杯。そして家に帰って寝る前にもう一杯と、都合8、9杯は飲んでいた。時には食事を抜いても、コーヒーは欠かさないくらいのコーヒー党だったのである。それが脳梗塞になってから嚥下障害になって、コーヒーが飲めなくなったのだ。ああ、人生も終わったか、とガッカリした。ところがリハビリの効果があったかどうか、最近「ドリップのコーヒー」が少しずつではあるが飲めるようになったのである。万歳!。以前はコーヒーを飲んでもただ苦いだけだったが、最近はほんのり「甘みを感じる」ことが出来るようになってきた。やったぜ!
という訳で、このコーヒーの記事は超嬉しい。だって「コーヒーは何杯飲むのが身体に良いか」なんて話、飲めない人には「屁のつっぱりにもなりゃあしない」のである。どんな研究成果も、聞く人の心に刺さらなければ何の意味もない。例えて言うならば、テレビで「ノルウェーでは、明日は雪になる予報」です、って言うようなもんである。ノルウェーが雪なのか雨なのかなんて、我々は「知ったこっちゃ無い」のだ。聞いている人間にとって有用でなければ、「だから何?」と言われて終わりである。そういえば武漢のウィルス研究所でコロナ研究に没頭してた人は、今頃こんな大事態にならなけりゃ誰からも相手にされてない、忘れ去られた変人だった筈だよね、マジで。だから科学の研究というのは、純粋な探究心がなければ続かないってことだろう。だって、研究が日の目を見ることは殆ど無いんだもん。
あっ、ちなみに私は今回のコロナウィルスが、武漢の研究所から市中にバラ撒かれたとする中国陰謀論には、「そんなこと有り得ない」という立場ですからお間違えのないように。だって、ウィルスを兵器にしようって考えたんだったら、最初に「まずワクチンと治療薬を開発する」でしょう?。それもやらずに「間違って自爆した」って言うんだから、そりゃ相当な間抜けって事じゃん。習近平も、そんなにバカじゃないと思うよ、で一件落着。まあ、早く終息してくれることを願います。
4、葛飾北斎の長寿の秘密
北斎長寿の秘密をNHKでやっていた。それによると北斎は健脚で、日本中歩いてはスケッチしていたらしい。歩くのは老化防止にいいらしいが、そもそも下半身には全身の筋肉の7割が集中しており、その筋肉を使うことで「メッセージ物質」が脳に送られ、脳の調整能力が発揮されて、「運動に必要な」臓器の若々しさを保つようだ。要するに、必要ない機能は衰える、ってわけ。動物も走ってなければ、餌をとる必要が無いと「脳が判断」し、結果餌が必要でなければ「心肺機能や消化機能」も弱っても構わない、という寸法だ。やっぱ歩く能力は絶対必要だね。
一方、北斎は独特の「空間認識能力」に優れていて、これが「海馬の発達」に関係あるという。海馬は記憶力に関係が深く、認知症の患者が「海馬が縮小」していたという報告もあるようだ。と言うことは、北斎の芸術は「脳の機能が優れているから」とも言える。そうなると、素晴らしい絵を見ると「魂の芸術」などと言って、あたかも孤高の精神の発露のように人々は持て囃すが、本当は「単なる身体能力の凄いアスリート」なだけかも知れない。芸術家が、人間的に優れているわけではないことの、一つの証明である。芸術家には、若くして夭折するモーツァルトやシューベルトやショパンのような音楽家の例もあるが、概ね画家は長寿のようである。理由は分からないが、音楽家のほうが「脳に負荷をかける」のかも。
それはそれとして、北斎は絵以外には興味がなかったようだ。彼は言わば、「作品に取り憑かれた人生」を送ったらしい。部屋が「片付ける気がない」ために散らかってゴミ屋敷状態になると、あっさり引っ越して「新しい家」で絵を書き続けたというから、無頓着も極まれりである。中でも一つ面白いことがあって、北斎は猫のような「香箱座り」をして、布団をかぶって絵を書いていた、と弟子のスケッチから分かったということだ。これで何がいいかと言うと、「おなら」が出るのである。何をバカな、と仰る向きもあるかと思うが、「おなら」が実は腸にいいというのが研究で分かってきた。北斎の免疫機能は「腸を活性化」することで良好に保たれていた、という訳である。だからといって北斎の真似をして「床に本を置いて読む」必要は全く無い。
この話は、私が前から言っている「腸こそが人間の本体、すなわち人間自身である」という理論の裏付けでもある。そもそも人間の免疫細胞の「7割」が腸にあるということは、取りも直さず「腸が人間の臓器で一番大切である」ことの証拠に他ならないではないか。Q.E.D.!
ちなみにQEDはラテン語で Quod Erat Demonstrandum の略を表し、証明や論証の末尾に置かれ、議論が終わった事を示す学術用語である(Wikipedia の丸写し)。
さて、腸は第二の脳、なんて言われているそうだが、「脳」が脳梗塞・脳溢血はおろか認知症・ノイローゼ・拒食症などの多くの病気に罹るのに、「腸」が病気になることって「それほど多くない」のは何故なのか。・・・それは何十億という免疫細胞で、ガチガチに守られているからなのだ!。おおっ!。何故それほど厳重に守られているかと言えば、それは「腸」こそが、人間が原初菅体生物だった時以来(つまり、鯉のぼりのような管状の生物)、ずっと「人間の本当の姿」だからなのだ!。心臓や血管や肺やその他諸々の臓器も含め、「腸」以外のものは全部「何かの特別な機能を持たされて」いる訳だ。それらは、他の何かに奉仕している。だが、腸だけが「外界からの餌を、エネルギーに作り変えて」いるのだ。つまり、腸は原初からの「生命体」なのである。凄いではないか!
と、ここまで書いても、まだピンと来てない人が殆どだと思う。仕方ない。人類永遠の秘密が白日の下に曝される「画期的な真実」なのだから、おいそれと皆んなが分かってくれるものでないことは、重々承知の上だ。だがこれは、誰が何と言おうとも、本当なのである。つまり、私も貴方も「実体は腸」だ、ということだ!。でも、分かんないだろなぁ、きっと・・・。
おまけ:動物の血液型
チンパンジーはA型でゴリラはB型。猫・豚・魚はA型で、牛・クジラ・カメはB型だそうだ。なんとなくA型が神経質で綺麗好き、B型は大雑把で自由奔放というのが見て取れるよね。大地に根を下ろして繁殖する植物は、一番古い血液型のO型が多い、ってのも面白い。動物はO型が少ないんだろうか。もうちょっと調べる必要がありそうだ。なお、昆布や蕎麦はAB型って書いてあった。まあ、昆布の血液型がAB型だなんて、昆布に血液がある訳ないから「血液型」とは言えないだろうけど。要するに免疫タンパク質に突起があって、その形の違いが「ABO」のタイプに分けられるってこと。昆布がAB型だっていうのも、そのタンパク質の突起の形が「人間のAB型」に似ているだけである。まあ、免疫システムに関わるタンパク質の構造的違いだから、昆布が感染症と闘うシステムに、人間のシステムと同じ方法が使われているということになる。生命は意外と根本的な所で「使える道具を共有している」という、不思議な生き物のようだ。
米国ペンシルバニア大学獣医学部と英国ロンドン大学保健・熱帯医学大学院は犬を訓練し、匂いでコロナ感染者を見つけるプロジェクトを共同で始めたようだ。私が以前のブログで指摘した通りのことが、世界の医療現場で研究されている!。研究チームは「犬1頭で1時間に150人を見分ける」と意気込んでいるらしい。まずはコロナ探知犬60頭を空港に配置することが目標だそうだ。これ、まんざらフェイクでも無いらしい。となると、私の先見の明も「尋常じゃない」ってことになるねぇ。マジ凄いことだぜ。私の問題解決能力たるや、あな恐ろしや、である。
2、京葉ガスが定期点検にやってくる
私は70歳の高齢者で、脳梗塞後の高血圧治療薬を飲んでいる「持病あり」なのである。つまり、いわゆる「最も重症化リスクが高い」範疇に入っている。その家に「4年に一度の法令点検ですから」って言いながら検査員を入らせるなんて、余りにも現状認識が無さ過ぎて「京葉ガス、馬っ鹿じゃないの?」ってこと。大体うちはアパートなんだから、隣に感染者がいたとするとガス検査でウィルスが検査員の服にくっ付き、その「ウィルスを検査員が知らずに運んで来た挙句に」、玄関の押しボタンをピンポンして「コンニチワ」って、・・・ふざけんじゃないよ!。俺に感染ったらシャレになんないじゃないの!、どうしてくれんだよ!。
とまあ、ガス会社の融通の利かなさに呆れております。きっと京葉ガスは「十分に注意して検査しますので」とかなんとか、外面だけは尤もらしく言うに決まっている。私は検査なんか、コロナが収まった来年頃にでもやればいいと思うのだが、ああいう会社は「とことん法令重視」で、交渉には絶対応じないのだ。社会情勢に柔軟に対応するとか、上層部は考えないのかねぇ、全くぅ!。仕方ないから当日検査員には「注意事項」を守らせて、なんとか自己防衛するつもりである。まず、
a. 玄関先で検査員を2m下がらせてソーシャルディスタンスを取らせる。そして
b. 帰るまで「一言も喋らない」こと
c. ドアノブには触らないこと
d. 入ったらすぐ「手を洗う」こと。この時、蛇口の開閉は私がする
e. ガス器具は予め分解して点検しやすくしておき、下の扉も開けて「元栓が見えるよう」にしておく
f. 換気扇は一番強力に回しておく
g. 検査が終わったら「OKマーク」をすること
h. 検査完了書にはサインじゃなくシャチハタを押す
i. 無言で帰らせる
j. 帰った後で私がドアを締める
k. 30分以上換気扇を回したままにする
以上である。これで何とか我が家の「シェルター状態」は保たれるんじゃ無いだろうか。その上念の為、検査日をアパート全体の実施日より大分遅い18日に変更した。もしそれでも、アンラッキーで感染ってしまったら?
そん時は、京葉ガスの検査員から感染された、って「マスコミに思いっきり垂れ込んで」やるぅ!。・・・死ぬ前の、せめてもの反撃である。
3、コーヒーは1日3杯がベストらしい
私が会社勤めしている時は朝起きてまず1杯飲み、電車に乗って新宿で立ち食い蕎麦を食べた後、会社に行ってもう一杯飲んでから仕事に入ったもんである。勿論午前中にもう一杯飲み、お昼に喫茶店でもう一杯飲む。それから午後に2杯くらい(残業したら3杯)飲んで、電車に乗って帰る途中に、また喫茶店で本を読みながらまた一杯。そして家に帰って寝る前にもう一杯と、都合8、9杯は飲んでいた。時には食事を抜いても、コーヒーは欠かさないくらいのコーヒー党だったのである。それが脳梗塞になってから嚥下障害になって、コーヒーが飲めなくなったのだ。ああ、人生も終わったか、とガッカリした。ところがリハビリの効果があったかどうか、最近「ドリップのコーヒー」が少しずつではあるが飲めるようになったのである。万歳!。以前はコーヒーを飲んでもただ苦いだけだったが、最近はほんのり「甘みを感じる」ことが出来るようになってきた。やったぜ!
という訳で、このコーヒーの記事は超嬉しい。だって「コーヒーは何杯飲むのが身体に良いか」なんて話、飲めない人には「屁のつっぱりにもなりゃあしない」のである。どんな研究成果も、聞く人の心に刺さらなければ何の意味もない。例えて言うならば、テレビで「ノルウェーでは、明日は雪になる予報」です、って言うようなもんである。ノルウェーが雪なのか雨なのかなんて、我々は「知ったこっちゃ無い」のだ。聞いている人間にとって有用でなければ、「だから何?」と言われて終わりである。そういえば武漢のウィルス研究所でコロナ研究に没頭してた人は、今頃こんな大事態にならなけりゃ誰からも相手にされてない、忘れ去られた変人だった筈だよね、マジで。だから科学の研究というのは、純粋な探究心がなければ続かないってことだろう。だって、研究が日の目を見ることは殆ど無いんだもん。
あっ、ちなみに私は今回のコロナウィルスが、武漢の研究所から市中にバラ撒かれたとする中国陰謀論には、「そんなこと有り得ない」という立場ですからお間違えのないように。だって、ウィルスを兵器にしようって考えたんだったら、最初に「まずワクチンと治療薬を開発する」でしょう?。それもやらずに「間違って自爆した」って言うんだから、そりゃ相当な間抜けって事じゃん。習近平も、そんなにバカじゃないと思うよ、で一件落着。まあ、早く終息してくれることを願います。
4、葛飾北斎の長寿の秘密
北斎長寿の秘密をNHKでやっていた。それによると北斎は健脚で、日本中歩いてはスケッチしていたらしい。歩くのは老化防止にいいらしいが、そもそも下半身には全身の筋肉の7割が集中しており、その筋肉を使うことで「メッセージ物質」が脳に送られ、脳の調整能力が発揮されて、「運動に必要な」臓器の若々しさを保つようだ。要するに、必要ない機能は衰える、ってわけ。動物も走ってなければ、餌をとる必要が無いと「脳が判断」し、結果餌が必要でなければ「心肺機能や消化機能」も弱っても構わない、という寸法だ。やっぱ歩く能力は絶対必要だね。
一方、北斎は独特の「空間認識能力」に優れていて、これが「海馬の発達」に関係あるという。海馬は記憶力に関係が深く、認知症の患者が「海馬が縮小」していたという報告もあるようだ。と言うことは、北斎の芸術は「脳の機能が優れているから」とも言える。そうなると、素晴らしい絵を見ると「魂の芸術」などと言って、あたかも孤高の精神の発露のように人々は持て囃すが、本当は「単なる身体能力の凄いアスリート」なだけかも知れない。芸術家が、人間的に優れているわけではないことの、一つの証明である。芸術家には、若くして夭折するモーツァルトやシューベルトやショパンのような音楽家の例もあるが、概ね画家は長寿のようである。理由は分からないが、音楽家のほうが「脳に負荷をかける」のかも。
それはそれとして、北斎は絵以外には興味がなかったようだ。彼は言わば、「作品に取り憑かれた人生」を送ったらしい。部屋が「片付ける気がない」ために散らかってゴミ屋敷状態になると、あっさり引っ越して「新しい家」で絵を書き続けたというから、無頓着も極まれりである。中でも一つ面白いことがあって、北斎は猫のような「香箱座り」をして、布団をかぶって絵を書いていた、と弟子のスケッチから分かったということだ。これで何がいいかと言うと、「おなら」が出るのである。何をバカな、と仰る向きもあるかと思うが、「おなら」が実は腸にいいというのが研究で分かってきた。北斎の免疫機能は「腸を活性化」することで良好に保たれていた、という訳である。だからといって北斎の真似をして「床に本を置いて読む」必要は全く無い。
この話は、私が前から言っている「腸こそが人間の本体、すなわち人間自身である」という理論の裏付けでもある。そもそも人間の免疫細胞の「7割」が腸にあるということは、取りも直さず「腸が人間の臓器で一番大切である」ことの証拠に他ならないではないか。Q.E.D.!
ちなみにQEDはラテン語で Quod Erat Demonstrandum の略を表し、証明や論証の末尾に置かれ、議論が終わった事を示す学術用語である(Wikipedia の丸写し)。
さて、腸は第二の脳、なんて言われているそうだが、「脳」が脳梗塞・脳溢血はおろか認知症・ノイローゼ・拒食症などの多くの病気に罹るのに、「腸」が病気になることって「それほど多くない」のは何故なのか。・・・それは何十億という免疫細胞で、ガチガチに守られているからなのだ!。おおっ!。何故それほど厳重に守られているかと言えば、それは「腸」こそが、人間が原初菅体生物だった時以来(つまり、鯉のぼりのような管状の生物)、ずっと「人間の本当の姿」だからなのだ!。心臓や血管や肺やその他諸々の臓器も含め、「腸」以外のものは全部「何かの特別な機能を持たされて」いる訳だ。それらは、他の何かに奉仕している。だが、腸だけが「外界からの餌を、エネルギーに作り変えて」いるのだ。つまり、腸は原初からの「生命体」なのである。凄いではないか!
と、ここまで書いても、まだピンと来てない人が殆どだと思う。仕方ない。人類永遠の秘密が白日の下に曝される「画期的な真実」なのだから、おいそれと皆んなが分かってくれるものでないことは、重々承知の上だ。だがこれは、誰が何と言おうとも、本当なのである。つまり、私も貴方も「実体は腸」だ、ということだ!。でも、分かんないだろなぁ、きっと・・・。
おまけ:動物の血液型
チンパンジーはA型でゴリラはB型。猫・豚・魚はA型で、牛・クジラ・カメはB型だそうだ。なんとなくA型が神経質で綺麗好き、B型は大雑把で自由奔放というのが見て取れるよね。大地に根を下ろして繁殖する植物は、一番古い血液型のO型が多い、ってのも面白い。動物はO型が少ないんだろうか。もうちょっと調べる必要がありそうだ。なお、昆布や蕎麦はAB型って書いてあった。まあ、昆布の血液型がAB型だなんて、昆布に血液がある訳ないから「血液型」とは言えないだろうけど。要するに免疫タンパク質に突起があって、その形の違いが「ABO」のタイプに分けられるってこと。昆布がAB型だっていうのも、そのタンパク質の突起の形が「人間のAB型」に似ているだけである。まあ、免疫システムに関わるタンパク質の構造的違いだから、昆布が感染症と闘うシステムに、人間のシステムと同じ方法が使われているということになる。生命は意外と根本的な所で「使える道具を共有している」という、不思議な生き物のようだ。
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