アルビン・トフラー研究会(勉強会)  

アルビン・トフラー、ハイジ夫妻の
著作物を勉強、講義、討議する会です。

トフラー対談(過去から)その5 鶴見和子

2011年10月28日 00時09分25秒 | トフラー対談1982
トフラー対談5 1982.5.1NHK出版 写真でみる第三の波P.140~ 

バラエティに富んだ家族形態

鶴見和子(上智大学教授)

日本の社会的特性
トフラー 日本はホモジニアスな社会と言われておりますが、それがヘテロジニアスな社会へと向かった場合、どのようなことが起こるのでしょうか。

鶴 見  日本の社会は単一民族、単一言語、単一文化と言われていますが、日本がそういう一枚岩の単一民族にされたのは明治以降だと思うのです。明治以前の日本では、例えば侍の人口は1割以下で、いちばん多かったのが農民です。しかし農民にしても商工・工人にしても、それぞれがそれぞれの慣習と文化とをもっていたんです。それが明治の時に下級武士が先頭に立って日本の近代化をしてきた。つまり侍文化を全体に押しつけたということが言えるのです。ですから、日本はホモジニアスカルチャーではなく、むしろさまざまな文化をもっていたわけで、トフラーさんのおっしゃる第三の波が押しよせてきた時、もう一度多元的な文化が復興するというふうに考えられているのです。

トフラー もし価値観、生活スタイルの多様化が進み、地方の文化、地方分権が推進される傾向が続いた場合、日本では産業体制側の人々の抵抗が大きくなるのではないでしょうか。

鶴 見  そう思います。日本では第二の波のレジスタンスは非常に強いと思います。それは今まで明治以来、国家中央集権ということで成功してきたわけです。経済成長が成功したのも、遅れてきた日本が早く近代化したのもそのためです。しかし、そのために押しつぶされたものがある。けれども、今でもその手柄の方が強く考えられているから、やはり中央集権でいかなければだめだという考えが強いと思います。ですから、地域主義とか地方自治ということが言われているのですが、財政的にもそれぞれの自治体の独立ということがむずかしくされていますね。

多様な家族の形態
トフラー ところが、社会がそのエネルギー資源とか科学技術とか通信システムなどを急速に多元化した場合、こうした多様性の洪水に直面して、家族制度はそのままでありうるでしょうか。

鶴 見  いいえ、家族だけが変化しないということはありえないですね。私は社会の変化に一番敏捷に対応していく、あるいはじかんてきには多少ずれるかもしれないけれども、いちばん敏感に対応していく、あるいは時間的には多少ずれるかもしれないけれども、いちばん敏感に反応していくのは家族の形態だと思います。地上に、広い意味での家族をもたなかった社会というのは今までなかったのですから、これからも家族の定義自身を変えなければ、家族というものは存続すると思います。1人だって家族なわけですから。

トフラー 奥さんと子供がいて、ご主人が外で働くという日本のいわゆる核家族はどのくらいの比率を占めていますか。

鶴 見  それはとても難しい問題なんです。というのは、核家族という言葉自身の定義が非常に多くのものを含んでいるからです。今おっしゃったような夫婦と未成年の子供とが一緒に家の中に住んでいるのを核家族だと言えば、日本は大体80%がそうだということになります。しかし形態的にそうであっても、内容はさまざまなものがあるのですから、単に核家族とは言えないと思います。
 近代化が進めば拡大家族から核家族になってくると一般的に言われておりますが、ここ2,3年の統計を見ると、拡大家族が減っていないという状態にある。ということは、核家族化の進行が緩慢になっている、核家族と外から見て言われるものが非常に多様化しているということです。老人の場合、特に女の人の寿命が長いので1人で住む人が多くなっています。それに母子家庭、父子家庭もふえてきているのです。
 恐らくアメリカにはないことでしょうが、日本には単身赴任というのがあるんです。また、独身というのは結婚していない人のことを言うのですが、政治学者の神島二郎さんが作った単身(者)主義という言葉があります。それは結婚しているけれども、1人者であるかのごとく振る舞うということなんです。これは日本の社会では、ことに明治以降非常に多くなったと述べています。ですから、統計的にみれば核家族になるけれど、実際は核家族ではなく単身者であるわけです。

トフラー 家で仕事をしている家族の数が増大しているように思えます。しかも夫婦一緒に生産チームとして家で働くというような、一見拡大家族に似た新しいタイプの家族を創り出すようになると信じています。その場合、テレコミュニケーションなどといった技術の助けをかりることになるわけですが、日本ではこうしたことに対して、家が小さいとか現在の家族システムのゆえに抵抗があるのではないでしょうか。

鶴 見  まず家の作り方を、これから変えなくてはならないのではないかということが出てくる。というのは、日本はアメリカと同じように老人化社会です。老齢化していくので、その人たちが1人で住まなくてはならないという問題が起こっています。日本は特に社会福祉が遅れているため、その人たちを収容する施設も、経済的援助も遅れています。しかしやはりその人たちは、家族と一緒に住みたいということがあります。経済的にたとえ独立していても、家族と一緒に住む方が人間らしい生活ですね。ですから、これからはなるべく2世代、3世代同居ができるような家を作ろうということが今言われているのです。それはなかなかできないけれども、家の作り方をこれから変えていくことは可能だと思います。
 それから人間関係についても言えば、かつて農村では男も女も一緒に働いていた。それが男女が一緒に働くことがなくなったのは、工場誘致を始めてからのことです。前近代の侍の場合には、男と女の役割が離れていたけれども、庶民の間では一緒に仕事をしていたわけです。ですから私は、そのように一緒に仕事をするという方向になっても、二歩の伝統と葛藤をきたすということはないと思います。
 むしろ単身赴任のように、夫が1人でどこかへ行って妻子が東京に残るということもなくなり、問題が解決されることになるでしょう。
 ただ1人で生きる人がアメリカでも日本でもふえている。また結婚して、コンピュータを備えた同じ家に住んで仕事をしていくということもあるけれでも、違うところにいて仕事をしなければならない場合もあるでしょうし、一緒に住んでいたくない夫婦もあるかと思うのです。そうすると今度は、別に住んでいて時々会う方がいいという「通い婚」が出てくるのではないかと私は思うのです。
 それについておもしろいことがあるのです。中国で昨年、新婚姻法ができ、夫婦同居の義務をやめたのです。同居しなくてもいいという夫婦を作った。これは妻が仕事をもったために別々の生活を始めるという、やはり現代化の波だと思うのです。これも多様化のおもしろいところではないでしょうか。

トフラー しかし、日本では、まだ見合い結婚というのがあるそうですが、それは減っているのか、それともふえているのでしょうか。

鶴 見  もともと日本では、見合い結婚というのは前近代では櫻井のものだったのです。農村では若者宿、娘宿で交際をした中から、恋愛が生まれていくんです。それが近代になってから、すべて階級に見合い結婚が浸透してきたという歴史があるわけです。ところが今見合い結婚というものをもう一度考え直してみると、内容は恋愛結婚であっても実は見合い結婚であるということがあるわけです。つまり結婚を前提としないで紹介する。昔だったら紹介してから2、3回会って断わるとか合意するとかで決めたんですが、今はそれが付き合いの始まりで、その間に恋愛が芽生えるかもしれない。見合いと恋愛の境目がぼやけてきたわけです。