2006.6.7 REVOLUTIONARY WEALTH 富の未来(上)
第4部 空間の拡張 第9章 大きな円
人類の歴史の中でも最大級の富の移動がいま起こっている。地理という観点でみたとき、富がかつてなかったほどの規模で移動しているのだ。時間との関係が変化しているように、基礎的条件の深部にある別の要因、空間との関係も変化している。富を生み出す地域が変化し、そうした地域を結ぶ基準が変化し、そうした地域の間を結ぶ方法が変化している。
その結果、空間との関係が激動する時期になった。「富の移動性」が高まっており、この点が世界のどの地域でも、将来の職や投資、事業機会、企業の構造、市場の場所、庶民の日常生活に影響を与える。都市、国、大陸の命運を決める。
アジアだ、アジア
欧米が圧倒的な経済力を長期にわたって誇ってきたために忘れられていることが多いが、わずか五百年前、技術力がもっと高かったのはヨーロッパではなく中国であり、当時は世界の経済生産の65%をアジアが生み出していた。(中略)それから250年を経てようやく、啓蒙主義と初期の産業革命によって第二の波の大変革が起こり、経済力、政治力、軍事力の中心がまずはヨーロッパに徐々に移るようになった。だが、そこに止まってはいなかった。十九世紀末には、世界の富の創出の中心がふたたび移動し、さらに西のアメリカに移りはじめていた。二回の世界大戦によって、ヨーロッパは経済的な支配力を失った。(中略)そして確かにこのとき以来、とくに1950年代半ばに第三の波と知識経済への移行がはじまって以来、アメリカは世界経済で圧倒的な地位を占めてきた。だが富の中心はアジアに移ろうとしており、まずは日本が豊かになり、つぎに韓国などのいわゆる新興工業経済群(NIES)に波及し、その後の数十年を通じてアジアが力をつけてきた。
水門を開ける
水門が開きはじめてアジアへの富の移動が本格化したのは、1980年代に中国政府が共産主義者らしからぬ富の追及を認め、奨励する政策をとるようになってからである。90年代には水門は全開となり、海外からの直接投資が大量に流入するようになった。過去25年には、直接投資の総額が570億ドルに達したと推定される。2002年、中国国営の新華社は、対内直接投資の奔流について、「まさに奇跡的だ」と伝えた。2003年には対内直接投資が535億ドルに達し、アメリカすら追い抜いて、世界一になった。2005年には700億ドルに達したと推定される。中国がめざましい勃興を遂げたのは、共産主義のきびしい制約から解き放たれたとき、国民の勤勉さ、頭脳、イノベーションが花開いた結果である。~中国の勃興はアメリカの支援がなければ起こりえなかった。(中略)日本とインドを加えると、アジア6ヵ国で、欧州連合(EU)に加盟する25ヵ国の合計より、そしてアメリカより、購買力平価で換算したGDPが3兆ドル多くなった。
つまり、世界的にみて、富の中心が、そして富の創出の中心が大きく移動してきたのである。経済力の中心がまずは中国から西ヨーロッパに移動し、つぎにアメリカに移動し、いまでは歴史の大きな円運動が完成して、数世紀ぶりにアジアに戻ろうとしているのである。(中略)革命的な富とともに、これ以外にも驚くべき変化が空間に関して起こっているからだ。
第10章 高付加価値地域
空間のない場所を創造してみよう。われわれがみなそこで生活し、世界のすべての富がそこで作られているが、実際にはどこにもない場所である。(中略)電脳空間は、「物理的な世界に『場所』をもたない地域」であり、「はじめて登場した並行世界だ」という見方すらあった。電脳の世界、仮想の世界があるのは、電子的なビット情報すら、実際にはどこかの場所に蓄積されていて、無空間ではなく、物理的な空間を通して送られる。
要するに、デジタル化で空間がなくなるわけではないのだ。現実の空間に代えて「仮想空間」が使われるようになるわけではない。だが、デジタル化によって、富とそれを創出する場所の移動が容易となり、加速する。「大きな円」を描く世界的な移動だけではない。地域社会の水準での移動もそうなる。
仮想空間ではなく、現実の空間をみていくと、富がある場所を示す世界地図は描き換えられている。変化の波が世界各地に押し寄せ、急速に未来に向かっている都市や地域もあれば、経済の発展に取り残されていく都市や地域もあるからだ。世界各地に、明日の「高付加価値地域」があらわれてきている。
過去に取り残された地域
オハイオ州クリーブランドはかつて、製鉄、鋳造、自動車といった重工業の中心地であった。しかし、~アメリカの大都市のなかで、所得水準がもっとも低い。工業時代には成功を収めたものの、アメリカの他の都市が第三の波に乗って未来へと進むなかで、過去に取り残されている。クリーブランドはとくに目立った例だというにすぎない。世界各地で重化学工業の中心地だった都市、工業時代の富を生み出す原動力になっていた都市の多くが同じ状況に陥っている。多数の地域が経済的な重要性を失う一方で、新たに経済力をつけてきた地域があらわれている。(中略)クリーブランドでは、ケース・ウェスタン・リザーブ大学で研究が行なわれているだけで、これら分野の企業は少ない。アメリカの斜陽工業地帯にある他の都市でもそうだ。これらの都市は、生き残りのために新たな戦略を必要としている。そして、富の地図を描き換える必要もある。
国境の消滅
新たな戦略を必要としているのは主に、新しい経済の現実が既存の国境や政治的な関係とはかならずしも一致しなくなっているからである。(中略)ここでも過去の地図が塗り替えられ、基礎的条件の深部にある空間と富の関係がさまざまな点で変化しているのである。しかし、変化が加速しているので、新しい地図は一時的なものという性格を強めていき、現実の反転や変化をいつでも反映できるようになっていくだろう。革命的な富の体制には、恒久的といえる部分がほとんどないからである。
低賃金競争
~低賃金国に職を移す外注の動きに、最グローバル化に批判的な論者は憤慨している。これでは「最低を目指す競争」に歯止めがきかなくなり、非情なものになっていくと主張する。企業は労働コストが最低のところに向かい、そういう場所が見つかればすぐに移転すると非難している。これが正しければ、つぎに富が移動する先を予想することは簡単だろう。アフリカにとって朗報である。世界最低の賃金で雇用できる労働者が大量にいるのだから。アジアの労働者が労働組合を結成して賃金を上昇させるたびに、アフリカの人びとは歓声を上げるべきだ。労働コストだけを考えるのであれば、いま中国にある工場がすべてアフリカに移転していないのはなぜだろう。
実際にはローテクの仕事ですら、企業が工場の移転を考えるとき、労働コストが唯一の根拠になることはまずない。アフリカは暴力と戦争が続いており、インフラが十分には整備されておらず、政治腐敗が極端だし、エイズが蔓延し、政治体制が悲惨な状況であるので、賃金水準がどうであろうと、企業が大規模な投資を検討するはずがないともいえる。さらに、「最低を目指す競争」という見方では、労働者が基本的に取り替えがきくと想定されている。単純な作業を繰り返す組み立てラインの仕事であれば、確かにそういう面がかなりある。しかし知識経済では、必要なスキルが高い仕事ほど、この想定は成り立たなくなる。
富の創出のうち知識による部分、たとえばマーケティング、金融、研究、経営、通信、情報技術、流通企業管理、法令順守、法務などの無形の部分の複雑さと重要性が高まっている。これら部門の労働者は、仕事の性格上、簡単には取り替えがきかなくなり、必要なスキルも一時的なものになってきている。
このため、どの都市、どの地域、あるいはどの国がつぎに広東省になるのかを考えるとき、現在と将来の賃金水準だけに基づいて明日の経済を単純に予想したのでは、間違った結論を導き出すことになる。
こうした単純な分析はいまではますます疑わしくなっている。煙突と組み立てラインに象徴されるものから知識に基づく生産を中心とするものへと経済が変化するとともに、ある場所、都市、地域が「高付加価値地域」になる際の基準が、根本的に変化しているからである。ここでみられるのは「最低を目指す競争」よりも「最高を目指す競争」である。
不動産の今後
今後の地理的条件の驚くべき変化、たとえば高給の職や一等地、事業機会、富、権力の所在地の変化を予想するには、もうひとつ、カギになる点を理解しなければならない。富のある場所が変わるだけでなく、その理由、つまり場所を評価する基準も変化するのである。そしてその結果、富の場所がさらに変化する。(中略)以上をまとめるなら、歴史を変える富のアジアへの移動、経済活動の多くにみられるデジタル化、国境を越える地域の勃興、場所や立地を評価する基準の変化はすべて、基礎的条件の深部にある空間との関係の変化という大きな流れの一部なのだ。そうした流れを背景に、一層大きな変化が起ころうとしている。
第11章 活動空間
~約二千四百年前の古代中国で、農民が土地に根づいていたころ、旅をするものは、「厄介で、不誠実で、落ち着きがなく、陰謀をたくらむ」ことが多いと荘子が論じた。いまでは一年に、世界の人口の八パーセントにあたる約五億人が国外に旅行すると推定されている。五億人というのは、工業時代がはじまろうとしていた1650年の世界人口に匹敵する人数である。厄介だろうがなかろうが、陰謀をたくらんでいようがいなかろうが、仕事を探すために旅行する人もいれば、顧客を訪問するためにミルウォーキーに出張する人もおり、人はつねに旅するようになっている。
個人の地図
~現在の各人の活動空間を、たとえば十二世紀ヨーロッパの農民の活動空間と比較してみるといい。当時、ごく普通の農民なら、一生の間に自分の村から二十五キロ以上離れたところに旅行することはまずなかった。キリスト教の教えが何世紀もかけて、はるか遠方のローマからもたらされたのを除けば、生活圏がほぼ二十五キロの範囲内にかぎられていた。当時、農民が地球上に残した足跡はこの程度であった。(中略)国によっては、活動空間を世界全体に広げる必要はなく、近隣の数カ国だけで十分という場合もある。しかし、現在の日本では、不況のなかですら、経済が必要としているものはきわめて多様で複雑であり、単なる地域大国では繁栄できない。投入の面では中東から原油を、アメリカからソフトウェアを、中国から自動車部品を輸入する必要がある。産出の面では、日産の四輪駆動車、ソニーのプレイステーション、松下電器のフラット・パネル・テレビ、NECのコンピュータなどを世界中に販売している。日本企業は世界の事実上すべての大陸に生産拠点を設けている。
好むと好まざるとにかかわらず、日本は資源、市場機会、エネルギー、アイデア、情報をアジアだけでなく、世界全体で獲得する必要がある。日本の活動空間は全世界にわたる。アジア地域で圧倒的な力をもっているかどうかはともかく、日本の空間的な足跡は世界全体にわたっている。だが、日本は一例にすぎない。いまではすべての人、すべての企業、すべての国で活動空間が大きく変化している。
だが、これは人と物だけではない。金(マネー)も動いている。通貨にも「活動空間」がある。そして、通貨の活動空間も急速に変化しており、世界経済に深い影響を与えている。
移動する通貨
何兆ドルもの資金が国から国へ、銀行から銀行へ、個人から個人へ、電子的な経路を通って猛烈な勢いで動いており、止まることのない金融のダンスが続いていることはよく知られている。そして、通貨の国際取引が世界的なカジノにすぎないことは、ほとんどの人が気づいているし、いまでは気づいているべきである。だがほとんどの人が気づいていない点もある。ドルがいまや、アメリカの通貨というだけではなくなっている事実だ。(中略)いいかえるなら、どの通貨にも人と同様に「活動空間」があり、それがつねに変化しているのである。たとえばドルは現在、活動空間がもっとも広く、いくつかの国が自国通貨の発行を止めて、「ドル化政策」をとっているほどだ。これらの国はドルを法貨とし、自国の公式の通貨として使っている。それ以外にも、いくつかの分野では非公式な形で、ドルが自国通貨よりも使われるようになった国がある。(中略)要するに、通貨は以前にあった空間の制約から解き放たれたのである。
侵略通貨と侵略された国
この変化によって、国の権力に大きな影響が出ている。
(中略)以上では、アジアへの富の移動、仮想空間の誕生、場所や立地を評価する基準の変化、活動空間の拡大、現時点では不安定なドルの地理的な拡大などを取り上げてきたが、これらはいずれも、基礎的条件の深部にある空間との関係で起こっている変化の一部でしかない。
次章では空間に関する現在の変化のなかでもっとも激しい議論を巻き起こしている点を扱う。反対派が世界各地でデモ行進をし、ブラジルのポルトアレグレで文字通り、ドラムを叩いて抗議しているときに、賛成派はスイスのダボスで年に一回のパーティを開き、反対派に笑顔をふりまいている。議論を巻き起こしているのはもちろん、経済用語のなかでも、とくに誤解され、誤用されているもの、グローバル化である。グローバル化に未来はあるのだろうか。
第12章 準備が整っていない世界
1900年、新世紀を祝って進歩をテーマとする万国博覧会がパリで開かれたとき、フィガロ紙は興奮を隠しきれないように、こう論じた。「二十世紀の初日をこうして迎えることができたわれわれは、何と幸運なのだろう」。この底抜けの熱狂の一因として、当時の豊かな国には、世界的な経済統合に向けた動きが続いているとの見方があった。この合理的な動きによって、地域間の関係、政治的な関係が変化し、経済がさらに繁栄するとされていた。(中略)この万国博覧会から14年後には、縫い目は綻び、ボルトは折れ第一次世界大戦の嵐によって貿易と資本の流れが大混乱した。1917年にはロシア革命が起こり、30年代の大恐慌があり、1939年から45年までの第二次世界大戦があり、1949年には中国で共産党政権が成立し、1940年代から60年代にかけて、インドをはじめ、アジアとアフリカの植民地が相次いで独立した。
これらの動きと、もっと小さく、目立たない無数の動きによって、長年の貿易関係が揺さぶられ、保護貿易の報復合戦が起こり、暴力と混乱が起こって、国境を越える貿易、投資、経済統合がむずかしくなった。要するに、半世紀にわたって、世界的にグローバル化が逆転する時期が続いたのである。
ウォール街より資本主義的
~中国だけでも、人口が十億を超えており、いまでは「社会主義市場経済」を掲げて(おそらく「社会資本主義」と呼ぶ方が適切だろうが)、外国企業による工場進出、製品輸出、投資に門戸を開放している。ロシアも共産党政権が崩壊して後、外国からの投資を歓迎するようになった。東ヨーロッパ諸国と、カフカスや中央アジアの旧ソ連共和国もこれにならった。南アメリカのほとんどの国も、アメリカの主張を受け入れ、チリとアルゼンチンが先頭に立って規制緩和と民営化を進め、ウォール街の資本を招き入れ、一時は「ウォール街より資本主義的」になった。 通貨は前述のように、発行国の束縛から離れて、他国でも使われるようになってきた。(中略) 再グローバル化の唱道者は我が世の春を謳歌している。
エビアン・テストとケチャップ・テスト
再グローバル化の動きは実際には、その賛成派や反対派の多くが想定するほど進んでいるわけではない。(中略)2003年の調査では、ミネラル・ウォーターのエビアンの同じボトルが、フランスでは0.44ユーローだが、フィンランドでは1.89ユーローもしている。同じハインツ・ケチャップがドイツでは0.66ユーローだが、イタリアでは1.38ユーローである。ブリュッセルのEU官僚にとって腹立たしい状況になっている。(中略)
黄砂
皮肉な話だが、アメリカ国際開発庁の元副長官、ハリエット・バビットはグローバル化がさらに進展すると予想する別の理由を明らかにしている。「悪徳は美徳よりもはるかにグローバル化が進んでいる」というのだ。(中略)違った例をあげるなら、中国の砂漠から飛んでくる「黄砂」で、韓国のソウルに毎年、被害がでている。インドネシアの森林火災では、マレーシアとシンガポールに煙が押し寄せ、多数の人が息苦しくなり、咳に苦しんでいる。ルーマニアが排出するシアン化物で、ハンガリーとセルビアの河川が汚染されている。地球温暖化、大気汚染、オゾン層破壊、砂漠化、水不足も、ドラッグや性の奴隷の取引と同様に、地域的か世界的な取り組みを必要としている。それを望んでいてもいなくても、グローバル化が不可欠になっているのである。
真の信望者
現在、国境を超える統合をさらに進めたときの費用と便益をめぐって、広範囲な、まさにグローバルな論争が吹き荒れている。はっきりしている点がひとつある。人生は不公平だ。経済統合によって各地域にもたらされているものは、「平等な競争条件」ではまったくない。「平等な競争条件」は理論のなかにしか存在しない。(中略)グローバル化の真の信望者はこう主張する。第一に、グローバル化には生活水準を高める素晴らしい可能性があり、どの国もいつまでもこの可能性に背を向けているわけにはいかない。第二に、グローバル化によってしか解決できない新しい問題にぶつかっている。第三に、技術が進歩して、グローバル化が容易になっていく。これに対して、懐疑的な人はこう反論する。第一に、平和がもたらす利益もやはり素晴らしいが、その利益に背を向ける国がたえない。第二に、グローバル化ですべての問題が解決できるわけではない。第三に、技術の歴史をみると、過去の技術で容易になった点が、新しい技術で逆にむずかしくなる例がいくらでもある。(中略)今後ほんとうに問題になる点はこうだ。数十年にわたる再グローバル化の動きがいま、踊り場にさしかかっているのだろうか。あるいは、急激に反転しようとしているのだろうか。工場と直接投資の移動性が高まり、インターネットと仮想空間が登場し、人びとが大量に移動するようになったにもかかわらず、グローバル化の流れがふたたび逆転する時期がきているのだろうか。だが、これはすべてではないし、現実ですらない。
第13章 逆噴射
「グローバル化」ほど、世界中で憎しみと議論の的になる言葉は少ない。そして、これほど偽善的に使われている言葉は少ない。これほど幼稚な使われ方をしている言葉も少ない。反グローバル化の論者の多くにとって、ほんとうの憎しみの対象は、世界全体の自由主義経済の総本山、アメリカである。
(中略)
新タイタニック号
再グローバル化の時期に、世界経済では地域や国の深刻な危機が何度も起こっている。アジア危機があり、ロシア危機があり、メキシコ危機があり、アルゼンチン危機があった。どの危機でも、世界各国の投資家、企業経営者、政府は、金融危機の「伝染」を心配した。(中略)ところが、グローバル化の推進者は熱心さが行き過ぎており、金融の巨大な客船を建造し、タイタニック号にすらあった水密区画を設けていない。(中略)伝染を防ぐための予防策をとるよりも速く経済の統合が急速に進んでいるのであり、この二つの過程の歩調があわなくなっている。この結果、世界的に危機が伝染し、各国が必死になって自国の殻のなかに閉じこもろうとすることになりかねない。(中略)
輸出過多
これら以外にも、再グローバル化の動きを制約し、逆転させかねない要因があるのだろうか。いくつもある。輸出過多の時代がはじまっている。「時代」ではなくとも、少なくとも「時期」がはじまっている。~(中略)南アフリカの南部共同市場(メルコスル)からアジアに登場した自由貿易地域まで、こうした経済ブロックは国際的な市場を作り出すので、世界的な経済統合と自由貿易の拡大に向けた半歩前進だとみることができる。これがいまの常識だ。だが、その主張とは裏腹に、深刻な事態にぶつかったとき、経済ブロックは保護貿易主義にスイッチを切り替え、自由化とグローバル化を妨げるものにもなりうる。そして現にそうなっている。世界的な経済統合という観点からは、地域経済ブロックは諸刃の剣になりうる。
スプーン一杯のナノテク製品
科学技術とバイオ技術が融合して、原材料や製品を輸入する必要が、これまでより低下する可能性がある。(中略)そして戦争もテロも、知識集約型経済で決定的な意味をもつ情報インフラを破壊の目標にする。そして今後、地政学的な不安定さが高まり、軍事衝突が頻発する時期になる可能性が高い。そうなれば、戦場で大量の死傷者が出るだけでなく、過去の戦争でもそうなったように、これまでの統合の動きが逆転する。
マッドマックス・シナリオ
グローバル化の逆転をもたらす要因には、以上よりも実際に起こる可能性ははるかに低いが、その可能性を完全に否定するわけにはいかないもの、未来学者がいう「ワイルド・カード」がある。新奇な感染症の発生とそれに伴う隔離措置、小惑星の衝突、破局的な環境問題によって経済活動の全体が大混乱に陥り、映画『マッドマックス』のような状況に陥る可能性を否定しきることはできない。(中略)
実現する可能性が高いシナリオはこうだ。経済統合は減速し、その一方でテロや犯罪、環境問題、人権、人身売買、ジェノサイドなどで世界的な協調行動を求める圧力が強まっていく。
以上の点を考えれば、完全に統合され、真の意味でグローバル化した経済の実現に向けて、世界が直線的に進んでゆくとする夢、「世界政府」が近く実現するとの夢は消えるはずである。そして今後、地球全体で労働市場、技術、金、人に空間要因が与える衝撃が少なくなるのではなく多くなり、遅くなるのではなく速くなり、小さくなるのではなく大きくなるはずである。
以上では、アジアに向けた富の大規模な移転、「地域国家」の勃興、先進経済国で場所に関する基準の変化が起こってくるだけでなく、はるかに巨大な再グローバル化の流れが、逆転の可能性を秘めながらも起こってくることをみてきた。いずれも個々にみれば、基礎的条件の深部にある空間と革命的な富との関係の変化としては、極端に重要だとはいえない。だが、次章でみていくように、もうひとつの空間の変化は、遠い将来に以上すべてを合計したものよりはるかに重大になる可能性がある。
第14章 宇宙への進出
いまの文明では歴史上はじめて、地表からはるかに離れた宇宙空間に人工のものを配置し、富を生み出すために使うようになった。この一点だけでも、いまの時代は人類の歴史の中で革命的な時期にあたるといえる。(中略)基礎的条件の深部にある空間と富との関係が変化していることを、これほど象徴的に示すものは他にない。(中略)巨大なテレビ業界、医療機器業界、スポーツ産業、広告産業、電話業界とインターネット業界、金融サービス業界をはじめ、じつに多数の産業が宇宙インフラを利用しているのである。
人工透析から人工心臓まで (略)
操縦士、航空機、パッケージ(略)
未開拓の富のフロンティア
富の「場所」に関して、他の変化がまったくなかったとしても、つまり、アジアに向けた富の大規模な移転や「地域国家」の勃興がなく、「高付加価値地域」を探す動きがなく、世界経済の再グローバル化の動きやグローバル化の逆転の動きがなかったとしても、宇宙への進出だけで、革命的な転換点だといえるはずである。したがって、さまざまな事実が示すものはきわめてはっきりしている。富と時間の関係と、富と空間の関係が同時に変化しているのである。時間と空間は人類が狩猟と採取で生活していた時代から、あらゆる経済活動の基礎的条件の深部にある要因である。富の革命がいま起こっており、今後さらに革命が進む状況にある。そして、これは技術の問題だけではない。以下で明らかにするように、心にも革命が起こっている。われわれの心に、読者すべての心に。
第4部 空間の拡張 第9章 大きな円
人類の歴史の中でも最大級の富の移動がいま起こっている。地理という観点でみたとき、富がかつてなかったほどの規模で移動しているのだ。時間との関係が変化しているように、基礎的条件の深部にある別の要因、空間との関係も変化している。富を生み出す地域が変化し、そうした地域を結ぶ基準が変化し、そうした地域の間を結ぶ方法が変化している。
その結果、空間との関係が激動する時期になった。「富の移動性」が高まっており、この点が世界のどの地域でも、将来の職や投資、事業機会、企業の構造、市場の場所、庶民の日常生活に影響を与える。都市、国、大陸の命運を決める。
アジアだ、アジア
欧米が圧倒的な経済力を長期にわたって誇ってきたために忘れられていることが多いが、わずか五百年前、技術力がもっと高かったのはヨーロッパではなく中国であり、当時は世界の経済生産の65%をアジアが生み出していた。(中略)それから250年を経てようやく、啓蒙主義と初期の産業革命によって第二の波の大変革が起こり、経済力、政治力、軍事力の中心がまずはヨーロッパに徐々に移るようになった。だが、そこに止まってはいなかった。十九世紀末には、世界の富の創出の中心がふたたび移動し、さらに西のアメリカに移りはじめていた。二回の世界大戦によって、ヨーロッパは経済的な支配力を失った。(中略)そして確かにこのとき以来、とくに1950年代半ばに第三の波と知識経済への移行がはじまって以来、アメリカは世界経済で圧倒的な地位を占めてきた。だが富の中心はアジアに移ろうとしており、まずは日本が豊かになり、つぎに韓国などのいわゆる新興工業経済群(NIES)に波及し、その後の数十年を通じてアジアが力をつけてきた。
水門を開ける
水門が開きはじめてアジアへの富の移動が本格化したのは、1980年代に中国政府が共産主義者らしからぬ富の追及を認め、奨励する政策をとるようになってからである。90年代には水門は全開となり、海外からの直接投資が大量に流入するようになった。過去25年には、直接投資の総額が570億ドルに達したと推定される。2002年、中国国営の新華社は、対内直接投資の奔流について、「まさに奇跡的だ」と伝えた。2003年には対内直接投資が535億ドルに達し、アメリカすら追い抜いて、世界一になった。2005年には700億ドルに達したと推定される。中国がめざましい勃興を遂げたのは、共産主義のきびしい制約から解き放たれたとき、国民の勤勉さ、頭脳、イノベーションが花開いた結果である。~中国の勃興はアメリカの支援がなければ起こりえなかった。(中略)日本とインドを加えると、アジア6ヵ国で、欧州連合(EU)に加盟する25ヵ国の合計より、そしてアメリカより、購買力平価で換算したGDPが3兆ドル多くなった。
つまり、世界的にみて、富の中心が、そして富の創出の中心が大きく移動してきたのである。経済力の中心がまずは中国から西ヨーロッパに移動し、つぎにアメリカに移動し、いまでは歴史の大きな円運動が完成して、数世紀ぶりにアジアに戻ろうとしているのである。(中略)革命的な富とともに、これ以外にも驚くべき変化が空間に関して起こっているからだ。
第10章 高付加価値地域
空間のない場所を創造してみよう。われわれがみなそこで生活し、世界のすべての富がそこで作られているが、実際にはどこにもない場所である。(中略)電脳空間は、「物理的な世界に『場所』をもたない地域」であり、「はじめて登場した並行世界だ」という見方すらあった。電脳の世界、仮想の世界があるのは、電子的なビット情報すら、実際にはどこかの場所に蓄積されていて、無空間ではなく、物理的な空間を通して送られる。
要するに、デジタル化で空間がなくなるわけではないのだ。現実の空間に代えて「仮想空間」が使われるようになるわけではない。だが、デジタル化によって、富とそれを創出する場所の移動が容易となり、加速する。「大きな円」を描く世界的な移動だけではない。地域社会の水準での移動もそうなる。
仮想空間ではなく、現実の空間をみていくと、富がある場所を示す世界地図は描き換えられている。変化の波が世界各地に押し寄せ、急速に未来に向かっている都市や地域もあれば、経済の発展に取り残されていく都市や地域もあるからだ。世界各地に、明日の「高付加価値地域」があらわれてきている。
過去に取り残された地域
オハイオ州クリーブランドはかつて、製鉄、鋳造、自動車といった重工業の中心地であった。しかし、~アメリカの大都市のなかで、所得水準がもっとも低い。工業時代には成功を収めたものの、アメリカの他の都市が第三の波に乗って未来へと進むなかで、過去に取り残されている。クリーブランドはとくに目立った例だというにすぎない。世界各地で重化学工業の中心地だった都市、工業時代の富を生み出す原動力になっていた都市の多くが同じ状況に陥っている。多数の地域が経済的な重要性を失う一方で、新たに経済力をつけてきた地域があらわれている。(中略)クリーブランドでは、ケース・ウェスタン・リザーブ大学で研究が行なわれているだけで、これら分野の企業は少ない。アメリカの斜陽工業地帯にある他の都市でもそうだ。これらの都市は、生き残りのために新たな戦略を必要としている。そして、富の地図を描き換える必要もある。
国境の消滅
新たな戦略を必要としているのは主に、新しい経済の現実が既存の国境や政治的な関係とはかならずしも一致しなくなっているからである。(中略)ここでも過去の地図が塗り替えられ、基礎的条件の深部にある空間と富の関係がさまざまな点で変化しているのである。しかし、変化が加速しているので、新しい地図は一時的なものという性格を強めていき、現実の反転や変化をいつでも反映できるようになっていくだろう。革命的な富の体制には、恒久的といえる部分がほとんどないからである。
低賃金競争
~低賃金国に職を移す外注の動きに、最グローバル化に批判的な論者は憤慨している。これでは「最低を目指す競争」に歯止めがきかなくなり、非情なものになっていくと主張する。企業は労働コストが最低のところに向かい、そういう場所が見つかればすぐに移転すると非難している。これが正しければ、つぎに富が移動する先を予想することは簡単だろう。アフリカにとって朗報である。世界最低の賃金で雇用できる労働者が大量にいるのだから。アジアの労働者が労働組合を結成して賃金を上昇させるたびに、アフリカの人びとは歓声を上げるべきだ。労働コストだけを考えるのであれば、いま中国にある工場がすべてアフリカに移転していないのはなぜだろう。
実際にはローテクの仕事ですら、企業が工場の移転を考えるとき、労働コストが唯一の根拠になることはまずない。アフリカは暴力と戦争が続いており、インフラが十分には整備されておらず、政治腐敗が極端だし、エイズが蔓延し、政治体制が悲惨な状況であるので、賃金水準がどうであろうと、企業が大規模な投資を検討するはずがないともいえる。さらに、「最低を目指す競争」という見方では、労働者が基本的に取り替えがきくと想定されている。単純な作業を繰り返す組み立てラインの仕事であれば、確かにそういう面がかなりある。しかし知識経済では、必要なスキルが高い仕事ほど、この想定は成り立たなくなる。
富の創出のうち知識による部分、たとえばマーケティング、金融、研究、経営、通信、情報技術、流通企業管理、法令順守、法務などの無形の部分の複雑さと重要性が高まっている。これら部門の労働者は、仕事の性格上、簡単には取り替えがきかなくなり、必要なスキルも一時的なものになってきている。
このため、どの都市、どの地域、あるいはどの国がつぎに広東省になるのかを考えるとき、現在と将来の賃金水準だけに基づいて明日の経済を単純に予想したのでは、間違った結論を導き出すことになる。
こうした単純な分析はいまではますます疑わしくなっている。煙突と組み立てラインに象徴されるものから知識に基づく生産を中心とするものへと経済が変化するとともに、ある場所、都市、地域が「高付加価値地域」になる際の基準が、根本的に変化しているからである。ここでみられるのは「最低を目指す競争」よりも「最高を目指す競争」である。
不動産の今後
今後の地理的条件の驚くべき変化、たとえば高給の職や一等地、事業機会、富、権力の所在地の変化を予想するには、もうひとつ、カギになる点を理解しなければならない。富のある場所が変わるだけでなく、その理由、つまり場所を評価する基準も変化するのである。そしてその結果、富の場所がさらに変化する。(中略)以上をまとめるなら、歴史を変える富のアジアへの移動、経済活動の多くにみられるデジタル化、国境を越える地域の勃興、場所や立地を評価する基準の変化はすべて、基礎的条件の深部にある空間との関係の変化という大きな流れの一部なのだ。そうした流れを背景に、一層大きな変化が起ころうとしている。
第11章 活動空間
~約二千四百年前の古代中国で、農民が土地に根づいていたころ、旅をするものは、「厄介で、不誠実で、落ち着きがなく、陰謀をたくらむ」ことが多いと荘子が論じた。いまでは一年に、世界の人口の八パーセントにあたる約五億人が国外に旅行すると推定されている。五億人というのは、工業時代がはじまろうとしていた1650年の世界人口に匹敵する人数である。厄介だろうがなかろうが、陰謀をたくらんでいようがいなかろうが、仕事を探すために旅行する人もいれば、顧客を訪問するためにミルウォーキーに出張する人もおり、人はつねに旅するようになっている。
個人の地図
~現在の各人の活動空間を、たとえば十二世紀ヨーロッパの農民の活動空間と比較してみるといい。当時、ごく普通の農民なら、一生の間に自分の村から二十五キロ以上離れたところに旅行することはまずなかった。キリスト教の教えが何世紀もかけて、はるか遠方のローマからもたらされたのを除けば、生活圏がほぼ二十五キロの範囲内にかぎられていた。当時、農民が地球上に残した足跡はこの程度であった。(中略)国によっては、活動空間を世界全体に広げる必要はなく、近隣の数カ国だけで十分という場合もある。しかし、現在の日本では、不況のなかですら、経済が必要としているものはきわめて多様で複雑であり、単なる地域大国では繁栄できない。投入の面では中東から原油を、アメリカからソフトウェアを、中国から自動車部品を輸入する必要がある。産出の面では、日産の四輪駆動車、ソニーのプレイステーション、松下電器のフラット・パネル・テレビ、NECのコンピュータなどを世界中に販売している。日本企業は世界の事実上すべての大陸に生産拠点を設けている。
好むと好まざるとにかかわらず、日本は資源、市場機会、エネルギー、アイデア、情報をアジアだけでなく、世界全体で獲得する必要がある。日本の活動空間は全世界にわたる。アジア地域で圧倒的な力をもっているかどうかはともかく、日本の空間的な足跡は世界全体にわたっている。だが、日本は一例にすぎない。いまではすべての人、すべての企業、すべての国で活動空間が大きく変化している。
だが、これは人と物だけではない。金(マネー)も動いている。通貨にも「活動空間」がある。そして、通貨の活動空間も急速に変化しており、世界経済に深い影響を与えている。
移動する通貨
何兆ドルもの資金が国から国へ、銀行から銀行へ、個人から個人へ、電子的な経路を通って猛烈な勢いで動いており、止まることのない金融のダンスが続いていることはよく知られている。そして、通貨の国際取引が世界的なカジノにすぎないことは、ほとんどの人が気づいているし、いまでは気づいているべきである。だがほとんどの人が気づいていない点もある。ドルがいまや、アメリカの通貨というだけではなくなっている事実だ。(中略)いいかえるなら、どの通貨にも人と同様に「活動空間」があり、それがつねに変化しているのである。たとえばドルは現在、活動空間がもっとも広く、いくつかの国が自国通貨の発行を止めて、「ドル化政策」をとっているほどだ。これらの国はドルを法貨とし、自国の公式の通貨として使っている。それ以外にも、いくつかの分野では非公式な形で、ドルが自国通貨よりも使われるようになった国がある。(中略)要するに、通貨は以前にあった空間の制約から解き放たれたのである。
侵略通貨と侵略された国
この変化によって、国の権力に大きな影響が出ている。
(中略)以上では、アジアへの富の移動、仮想空間の誕生、場所や立地を評価する基準の変化、活動空間の拡大、現時点では不安定なドルの地理的な拡大などを取り上げてきたが、これらはいずれも、基礎的条件の深部にある空間との関係で起こっている変化の一部でしかない。
次章では空間に関する現在の変化のなかでもっとも激しい議論を巻き起こしている点を扱う。反対派が世界各地でデモ行進をし、ブラジルのポルトアレグレで文字通り、ドラムを叩いて抗議しているときに、賛成派はスイスのダボスで年に一回のパーティを開き、反対派に笑顔をふりまいている。議論を巻き起こしているのはもちろん、経済用語のなかでも、とくに誤解され、誤用されているもの、グローバル化である。グローバル化に未来はあるのだろうか。
第12章 準備が整っていない世界
1900年、新世紀を祝って進歩をテーマとする万国博覧会がパリで開かれたとき、フィガロ紙は興奮を隠しきれないように、こう論じた。「二十世紀の初日をこうして迎えることができたわれわれは、何と幸運なのだろう」。この底抜けの熱狂の一因として、当時の豊かな国には、世界的な経済統合に向けた動きが続いているとの見方があった。この合理的な動きによって、地域間の関係、政治的な関係が変化し、経済がさらに繁栄するとされていた。(中略)この万国博覧会から14年後には、縫い目は綻び、ボルトは折れ第一次世界大戦の嵐によって貿易と資本の流れが大混乱した。1917年にはロシア革命が起こり、30年代の大恐慌があり、1939年から45年までの第二次世界大戦があり、1949年には中国で共産党政権が成立し、1940年代から60年代にかけて、インドをはじめ、アジアとアフリカの植民地が相次いで独立した。
これらの動きと、もっと小さく、目立たない無数の動きによって、長年の貿易関係が揺さぶられ、保護貿易の報復合戦が起こり、暴力と混乱が起こって、国境を越える貿易、投資、経済統合がむずかしくなった。要するに、半世紀にわたって、世界的にグローバル化が逆転する時期が続いたのである。
ウォール街より資本主義的
~中国だけでも、人口が十億を超えており、いまでは「社会主義市場経済」を掲げて(おそらく「社会資本主義」と呼ぶ方が適切だろうが)、外国企業による工場進出、製品輸出、投資に門戸を開放している。ロシアも共産党政権が崩壊して後、外国からの投資を歓迎するようになった。東ヨーロッパ諸国と、カフカスや中央アジアの旧ソ連共和国もこれにならった。南アメリカのほとんどの国も、アメリカの主張を受け入れ、チリとアルゼンチンが先頭に立って規制緩和と民営化を進め、ウォール街の資本を招き入れ、一時は「ウォール街より資本主義的」になった。 通貨は前述のように、発行国の束縛から離れて、他国でも使われるようになってきた。(中略) 再グローバル化の唱道者は我が世の春を謳歌している。
エビアン・テストとケチャップ・テスト
再グローバル化の動きは実際には、その賛成派や反対派の多くが想定するほど進んでいるわけではない。(中略)2003年の調査では、ミネラル・ウォーターのエビアンの同じボトルが、フランスでは0.44ユーローだが、フィンランドでは1.89ユーローもしている。同じハインツ・ケチャップがドイツでは0.66ユーローだが、イタリアでは1.38ユーローである。ブリュッセルのEU官僚にとって腹立たしい状況になっている。(中略)
黄砂
皮肉な話だが、アメリカ国際開発庁の元副長官、ハリエット・バビットはグローバル化がさらに進展すると予想する別の理由を明らかにしている。「悪徳は美徳よりもはるかにグローバル化が進んでいる」というのだ。(中略)違った例をあげるなら、中国の砂漠から飛んでくる「黄砂」で、韓国のソウルに毎年、被害がでている。インドネシアの森林火災では、マレーシアとシンガポールに煙が押し寄せ、多数の人が息苦しくなり、咳に苦しんでいる。ルーマニアが排出するシアン化物で、ハンガリーとセルビアの河川が汚染されている。地球温暖化、大気汚染、オゾン層破壊、砂漠化、水不足も、ドラッグや性の奴隷の取引と同様に、地域的か世界的な取り組みを必要としている。それを望んでいてもいなくても、グローバル化が不可欠になっているのである。
真の信望者
現在、国境を超える統合をさらに進めたときの費用と便益をめぐって、広範囲な、まさにグローバルな論争が吹き荒れている。はっきりしている点がひとつある。人生は不公平だ。経済統合によって各地域にもたらされているものは、「平等な競争条件」ではまったくない。「平等な競争条件」は理論のなかにしか存在しない。(中略)グローバル化の真の信望者はこう主張する。第一に、グローバル化には生活水準を高める素晴らしい可能性があり、どの国もいつまでもこの可能性に背を向けているわけにはいかない。第二に、グローバル化によってしか解決できない新しい問題にぶつかっている。第三に、技術が進歩して、グローバル化が容易になっていく。これに対して、懐疑的な人はこう反論する。第一に、平和がもたらす利益もやはり素晴らしいが、その利益に背を向ける国がたえない。第二に、グローバル化ですべての問題が解決できるわけではない。第三に、技術の歴史をみると、過去の技術で容易になった点が、新しい技術で逆にむずかしくなる例がいくらでもある。(中略)今後ほんとうに問題になる点はこうだ。数十年にわたる再グローバル化の動きがいま、踊り場にさしかかっているのだろうか。あるいは、急激に反転しようとしているのだろうか。工場と直接投資の移動性が高まり、インターネットと仮想空間が登場し、人びとが大量に移動するようになったにもかかわらず、グローバル化の流れがふたたび逆転する時期がきているのだろうか。だが、これはすべてではないし、現実ですらない。
第13章 逆噴射
「グローバル化」ほど、世界中で憎しみと議論の的になる言葉は少ない。そして、これほど偽善的に使われている言葉は少ない。これほど幼稚な使われ方をしている言葉も少ない。反グローバル化の論者の多くにとって、ほんとうの憎しみの対象は、世界全体の自由主義経済の総本山、アメリカである。
(中略)
新タイタニック号
再グローバル化の時期に、世界経済では地域や国の深刻な危機が何度も起こっている。アジア危機があり、ロシア危機があり、メキシコ危機があり、アルゼンチン危機があった。どの危機でも、世界各国の投資家、企業経営者、政府は、金融危機の「伝染」を心配した。(中略)ところが、グローバル化の推進者は熱心さが行き過ぎており、金融の巨大な客船を建造し、タイタニック号にすらあった水密区画を設けていない。(中略)伝染を防ぐための予防策をとるよりも速く経済の統合が急速に進んでいるのであり、この二つの過程の歩調があわなくなっている。この結果、世界的に危機が伝染し、各国が必死になって自国の殻のなかに閉じこもろうとすることになりかねない。(中略)
輸出過多
これら以外にも、再グローバル化の動きを制約し、逆転させかねない要因があるのだろうか。いくつもある。輸出過多の時代がはじまっている。「時代」ではなくとも、少なくとも「時期」がはじまっている。~(中略)南アフリカの南部共同市場(メルコスル)からアジアに登場した自由貿易地域まで、こうした経済ブロックは国際的な市場を作り出すので、世界的な経済統合と自由貿易の拡大に向けた半歩前進だとみることができる。これがいまの常識だ。だが、その主張とは裏腹に、深刻な事態にぶつかったとき、経済ブロックは保護貿易主義にスイッチを切り替え、自由化とグローバル化を妨げるものにもなりうる。そして現にそうなっている。世界的な経済統合という観点からは、地域経済ブロックは諸刃の剣になりうる。
スプーン一杯のナノテク製品
科学技術とバイオ技術が融合して、原材料や製品を輸入する必要が、これまでより低下する可能性がある。(中略)そして戦争もテロも、知識集約型経済で決定的な意味をもつ情報インフラを破壊の目標にする。そして今後、地政学的な不安定さが高まり、軍事衝突が頻発する時期になる可能性が高い。そうなれば、戦場で大量の死傷者が出るだけでなく、過去の戦争でもそうなったように、これまでの統合の動きが逆転する。
マッドマックス・シナリオ
グローバル化の逆転をもたらす要因には、以上よりも実際に起こる可能性ははるかに低いが、その可能性を完全に否定するわけにはいかないもの、未来学者がいう「ワイルド・カード」がある。新奇な感染症の発生とそれに伴う隔離措置、小惑星の衝突、破局的な環境問題によって経済活動の全体が大混乱に陥り、映画『マッドマックス』のような状況に陥る可能性を否定しきることはできない。(中略)
実現する可能性が高いシナリオはこうだ。経済統合は減速し、その一方でテロや犯罪、環境問題、人権、人身売買、ジェノサイドなどで世界的な協調行動を求める圧力が強まっていく。
以上の点を考えれば、完全に統合され、真の意味でグローバル化した経済の実現に向けて、世界が直線的に進んでゆくとする夢、「世界政府」が近く実現するとの夢は消えるはずである。そして今後、地球全体で労働市場、技術、金、人に空間要因が与える衝撃が少なくなるのではなく多くなり、遅くなるのではなく速くなり、小さくなるのではなく大きくなるはずである。
以上では、アジアに向けた富の大規模な移転、「地域国家」の勃興、先進経済国で場所に関する基準の変化が起こってくるだけでなく、はるかに巨大な再グローバル化の流れが、逆転の可能性を秘めながらも起こってくることをみてきた。いずれも個々にみれば、基礎的条件の深部にある空間と革命的な富との関係の変化としては、極端に重要だとはいえない。だが、次章でみていくように、もうひとつの空間の変化は、遠い将来に以上すべてを合計したものよりはるかに重大になる可能性がある。
第14章 宇宙への進出
いまの文明では歴史上はじめて、地表からはるかに離れた宇宙空間に人工のものを配置し、富を生み出すために使うようになった。この一点だけでも、いまの時代は人類の歴史の中で革命的な時期にあたるといえる。(中略)基礎的条件の深部にある空間と富との関係が変化していることを、これほど象徴的に示すものは他にない。(中略)巨大なテレビ業界、医療機器業界、スポーツ産業、広告産業、電話業界とインターネット業界、金融サービス業界をはじめ、じつに多数の産業が宇宙インフラを利用しているのである。
人工透析から人工心臓まで (略)
操縦士、航空機、パッケージ(略)
未開拓の富のフロンティア
富の「場所」に関して、他の変化がまったくなかったとしても、つまり、アジアに向けた富の大規模な移転や「地域国家」の勃興がなく、「高付加価値地域」を探す動きがなく、世界経済の再グローバル化の動きやグローバル化の逆転の動きがなかったとしても、宇宙への進出だけで、革命的な転換点だといえるはずである。したがって、さまざまな事実が示すものはきわめてはっきりしている。富と時間の関係と、富と空間の関係が同時に変化しているのである。時間と空間は人類が狩猟と採取で生活していた時代から、あらゆる経済活動の基礎的条件の深部にある要因である。富の革命がいま起こっており、今後さらに革命が進む状況にある。そして、これは技術の問題だけではない。以下で明らかにするように、心にも革命が起こっている。われわれの心に、読者すべての心に。