アルビン・トフラー研究会(勉強会)  

アルビン・トフラー、ハイジ夫妻の
著作物を勉強、講義、討議する会です。

アルビン・トフラー ハイジ・トフラー共著 富の未来(下)005

2012年03月08日 22時01分15秒 | 富の未来(下)
3・11東日本大震災から1年を迎えようとしています。
震災直後、中学生がネットでNHKニュース(動画)を違法配信していたことが、産経新聞ネットで話題となりました。以下引用します。この事象をどう捉えるか、ご意見ください。

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震災直後、中学生がネットでニュース違法配信 NHKは黙認
産経新聞 3月6日(火)9時54分配信
 3月11日の東日本大震災発生直後、大津波警報が赤く点滅するNHKのニュース画面を見ながら、広島県に住む中学2年の男子生徒=当時(14)=は「この画面をネットに流したら、助かる人がいるんじゃないか」と考えた。

 その瞬間、脳裏を懸念と不安が駆け巡った。「相手はNHK、あとでどうなるか」。手持ちのiPhone(アイフォーン、高機能携帯電話)を使って動画投稿サイト「ユーストリーム」で配信した経験もほとんどなかった。しかし、母親が阪神大震災の被災者だったことが、少年の背中を押した。「今、東北には自分よりも不安を抱えている人がものすごい数いるんだ。自分がやらなければ」

 配信を始めたのは、最初の大きな揺れから17分後の午後3時3分。ミニブログのツイッターを介し、「ユーストリームで地震のニュースを見られる」という情報は、またたく間にネットを駆け巡った。

 配信に気付いたユーストリーム・アジアの担当者は迷った。明らかにNHKの著作権を侵害した「違法配信」だ。普通は直ちに停止する。だが、停電などでテレビを見られぬ人には貴重な情報源ではないか。

 この状況を出張先の米国で知らされたユ社の中川具隆(ともたか)社長(55)は、午後4時ごろには、「われわれの判断で停止するのはやめておこう」と指示する。NHKの要請があった場合のみ停止する。中川氏は現場にそう伝えた。

 ツイッター上ではNHKの対応にも注目が集まっていた。NHKの番組宣伝を行う公式アカウント「NHK-PR」は、顔文字やユーモアを交えた「つぶやき」でツイッターの世界では有名人である。

 そのNHK-PRが午後5時20分、少年の無断配信のアドレスを、自分のつぶやきを読んでいるフォロワーに紹介した。そして、こう書いた。「私の独断なので、あとで責任は取ります」

 同アカウントの担当は1人の広報局職員だ。「免職になるかもしれないと少し躊躇(ちゅうちょ)したが、それで助かる人が一人でもいるのならと思いツイートした」。そして、少年。「NHK広報さまのツイートがあったのであそこまでできた。あの中継は、みんなで作り上げたんだと自分は考えます」

 あれから1年、2人は産経新聞の取材にメールでこう答えた。

 NHKは午後6時過ぎ、少年がユーストリームで行ったテレビ画面の無断配信の継続を正式にユ社に許諾した。NHKのデジタル推進部門の責任者、元橋圭哉氏は「放送を届ける使命を果たすためには、誰でもそうしたと思う」と語る。そして、午後9時ごろからはユーストリームで公式に番組の同時配信を開始。前後してTBSなど民放12局も続々と同時配信を始めた。計13チャンネルの視聴は震災発生から2週間で延べ約6800万回にも達した。

 混乱の中、1人の中学生の“暴挙”が引き起こしたネットと放送の融合。ただ、それを再び行うかとなると、関係者から積極的な声は聞こえてこない。元橋氏は「未曽有の災害だったからしたこと。今、同時配信をやりたいということは全くない」。NHKの松本正之会長は「臨機応変に対応していくことが必要だ」と述べるが、具体的な議論が進む気配はない。

 それでも、1年前の出来事が成功だったことは疑いない。テレビの伝える情報の価値は再認識され、ネットは被災者が、そこに書き込むことで、「誰か」と情報や不安を共有し、安心感を得る場になった。

 「あのとき、かつて街頭のテレビに人が群がったように、テレビを中心としたコミュニティーができていた」。元橋氏は語った。

 「ネットの状況は、1年前よりむしろ怖い状態になっている」 

 震災からの1年間は、ツイッターやフェイスブックといった、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)の利用が日本で飛躍した期間でもあった。

 現在、2千人規模で各種の被災地支援を行っているプロジェクト「ふんばろう東日本支援プロジェクト」(西條剛央代表)では、スタッフが現地で被災者の欲しい物資を聞き取り、ウェブサイトに掲載。ツイッターで情報を広め、支援者から被災者に物資を直接届けてもらう仕組みを導入した。さばき切れない物資が自治体の倉庫に積み上がったのとは対照的な、効率の良い支援が実現した。こうした団体は多くある。

 東京都武蔵野市のサックス奏者、武田和大(かずひろ)さん(44)は昨年4月、津波で楽器が流された子供に楽器を届けるプロジェクト「楽器 for Kids」を立ち上げた。「ツイッターで『やろう』と言ったら周りが賛同して、すぐ形になった」といい、フットワークは軽い。

 全国から不要な楽器や部品、寄付金を募り、これまでに200点以上の楽器類を被災地の子供たちに手渡した。「阪神大震災のときと違い、今はネットがあるから老若男女、誰でも何かができる」と武田さん。

 もちろん、ネットには闇の部分もある。

 「1月25日、大地震が起きる」「25日の東海大地震の予知夢を見た」-。今年1月中旬、ネット上をこんな噂が駆け巡った。

 時期が東京大地震研究所の「マグニチュード7級の地震が南関東で4年以内に発生する確率は70%に高まった可能性がある」という研究の報道と重なったこともあり、噂は拡散。「1月25日」に備え、災害用品の買い込みを勧める書き込みまで多数現れた。

 もちろん、この日、大地震は起きなかった。大震災直後にも「千葉で有害な雨が降る」などといったデマがあった。その一方で、「検証サイト」がこうした噂を一つ一つ打ち消していく自浄作用も起きている。

 東洋大の関谷直也准教授(災害情報論)は「災害の流言は不安心理の体現だ。メディアリテラシー(情報を評価、活用する能力)で克服できるものではない」と指摘する。では、そのメディアリテラシーは震災後に積み上げられたネット体験で向上したのか。関谷氏はきっぱりと否定する。

 海外でSNSを通じた呼びかけに端を発した運動が政治体制の打倒にまで発展した。日本でもこの1年、各地でSNSを介した大規模なデモが行われた。以前は実社会での行動には結びつかなかった人々の思いが、今は高いハードルなしに行動に結びつく。SNSが細やかなボランティアを支える一方で、デマは変わらず横行している。

 関谷氏は「ネット上の情報や噂には、より敏感に、慎重にならなくてはいけなくなっている」と警鐘を鳴らすことを忘れていない。(織田淳嗣)

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運命の2時46分発 駅で交差した「生と死」
最終更新:3月6日(火)17時48分

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120306-00000513-san-soci

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2006.6.7 REVOLUTIONARY WEALTH 富の未来(下)
第9部 貧困 P.170~208

第42章 明日に向けた複線戦略
 小平が反資本主義の鉄の統制から中国を解放して4年後の1983年、改革派の趙紫陽首相が北京で政策指導者の会議を開き、筆者が提唱した第三の波の概念を学ぶよう呼びかけた。
何人かはマルクス主義理論の枠から踏み出すことを恐れて、趙首相を飛び越して胡耀邦総書記のもとに行き、会議で提案されたことについて、意見を求めた。胡総書記は当時の中国で改革派に属しており、「党内には新しい考えを恐れる人が多すぎる」という意味の発言をしたという。
その後、中国の指導者は、そしてその指導にしたがう何千万人もの幹部は、工業化だけに集中するべきではないとする見方を強く支持するようになった。できるだけ早く知識集約型経済を同時並行して築いていくべきであり、可能な部分では工業化のいくつかの段階を飛び越えるべきだとされるようになったのである。
だからこそ、中国が有人宇宙船を打ち上げたのであり、バイオ大国への道を歩んでいるのであり~
だからこそ、DVDプレーヤー、半導体、コンピュータの規格を独自に設定しようとしているのである~
だからこそ、北京ゲノム研究所が記録的な短期間で稲のゲノムの解析を終えて世界を驚かしたのだ~
 だからこそ、ニューヨーク・タイムズ紙記者のトーマス・フリードマンが伝えているように、大連市は製造業の中心地から知識産業の中心地に変身しているのである~
 だからこそ、中国では年に46万5千人が工学と自然科学の学位をとっている~
 だからこそ、何百もの多国籍企業が中国に研究所を設立し、毎年2百社が新たに研究所を設立している~
 だからこそ、OECDの統計をみても、デジタル機器の輸出額で2003年には日本とヨーロッパを上回り~
 中国は複線戦略をとって、工業で低賃金を武器にするとともに、知識産業を急速に構築するために努力しており、その際に中央計画を減らし、省や市、地方の政府に権限を委譲し、市場の活動を拡大し、どちらかといえば輸出に過大に依存している。
(中略)
 だが中国の指導者は歴史を変える使命があることを自覚している。過去5千年にわたって中国に蔓延していた貧困を終わらせる使命があるのだ。そしてエコノミスト誌によれば、中国では1979年以降、2億7千万人が極端な貧困から抜け出している。
 月並みな言葉を使うなら、グラスはまだ半分空だといえるかもしれない。だが以前には、極端な貧困に苦しむ人はグラスすらもっていなかった。そして未来もなかった。複線戦略は中国だけに適用されているわけではない。もうひとつ、貧困層がきわめて多い国にインドがある。

インドの目覚め
 長い銀髪が耳を覆い、柔和な顔の小柄な老人が壇上にあがり、ネール・ジャケットの襟にマイクをつけて話しだした。声が低く小さいので、スライドをつぎつぎに切り替えて行う講演の内容が、スピーカーを通して聞き取りにくいほどだ。これは2003年、ニューデリーで開かれた「インド - 巨人か小人か」と題する会議の模様だ。
 この老人、A・P・J・アブドル・カラムは国外ではほとんど知られていないが、貧乏な船大工の家に生まれ、ヒンズー教徒が大部分を占めるインドでは少数派のイスラム教徒であり、インドの人工衛星、ミサイル、原子力の開発計画で科学技術の責任者をつとめてきた科学者だ。いまはインドの大統領である。
 カラム大統領は国を治めているわけではない。それは政治家の仕事だ。だが貧乏な家に生まれて成功を収めた人物の象徴として、宗教間の融和を尽くす人物として、幅広い国民に尊敬されている。『2020年のインド - 新千年紀のビジョン』の共著者でもある。
 (中略)
 最先端技術は貧困層に何も役に立たないという見方があるが、知識経済とその技術があったからこそ、インドは独立後50年の停滞から抜け出し、1億人が貧困を脱して、中国を追いかけるようになったのである。(以下略)

バンガロール・セントラル
 世界のメディアはいま、アメリカなどの先進各国からインドへの外注で、驚くような変化が起こっていることに注目している。バンガロール、ハイデラバード、プネー、グルガ-オン、ジャイプ-ルに情報技術関連の仕事が外注されていることが、世界中のマスコミで話題になっている。2004年には、インドはアメリカなど各国の企業からコール・センター、ソフトウェアのプログラミング、事務、会計を請け負い、財務分析すら請け負って125億ドルを得ている。
(中略)
 インドの情報技術産業で働く優秀な若者が貪欲で、自己中心的で、ヤッピーのようだと非難する記事がつぎつぎ書かれている。だが、あまり注目されていない事実がある。バンガーロールのあるカルナカタ州では、コンピュータのお陰で670万人の農民が30セントの手数料を支払えば土地登記書類のコピーを入手でき、土地を収奪しようとする腐敗した地主から自分の土地を守ることができるようになった。
(中略)
 これも貧困層には無縁だと思えるだろうが、シャルマが指摘しているように、人工衛星による遠隔探査と早期警戒システムがあれば、何千、何万の人たちが突然の洪水で命を落とすこともなくなる。
 また、南部ケララ州の州都、トリバンドラムにある地域癌センターの10万人の患者は以前、大変なコストをかけ、はるか遠方から、それもたいていは一度ならず、治療とその後の検査のためにセンターに行っていた。センターはいまでは、6ヵ所に分院を設けている。インターネットを使った遠隔医療システムで結ばれており、治療後の検査のために必要な通院の回数が30%以上減った。
(中略)
 インドでみられる前進の多くは、まだ実験段階か小規模なものに止まっている。いまだにばらばらの動きにすぎず、組織的な動きにはなっていない。だが、知識に基づく富の体制の要素がもっと増えていき、互いに影響しあい強化しあうようになれば、その成果が指数関数的とはいわないまでも、大幅に増えていくだろう。過去に工業に基づく富の体制の社会的、制度的、政治的、文化的な要素が出そろったときにそうなったよう。
 
 インドも中国も同じ社会的、政治的、文化的な課題にぶつかっている。腐敗、エイズ、深刻な環境問題、制度の再構築の必要性、世代間の対立などの課題である。軍事では、中国が台湾問題をかかえているように、インドは政情が不安定なうえ核武装したパキスタンとの対立があり、カシミール地方の分離独立を求めるイスラム過激派との戦いが激化している。さらに、現在の中国と違って、カースト間の対立があり、ヒンズー教過激派とイスラム過激派との流血の衝突も断続的に起こっている。
 こうした問題はあるものの、インドは貧困との新たな戦いを遅らせることはできないし、重化学工業だけではこの戦いに勝てないことを理解している。そして、人口の大部分が生産性の低い農業に従事しているかぎり、小規模な「適合技術」をどれほど導入しても戦いに勝てないことを理解している。第一の波の戦略も、第二の波の戦略も不十分なのだ。

歴史上もっとも偉大な世代になれるのか  
 この点は中国とインドだけではなく、アジア全体、さらには世界全体にもいえる。アジアには注目すべき指導者が輩出した世代があり、この点を他地域の指導者に先駆けて理解していた。
シンガポールの独立の父、リー・クアンユーは、~
マレーシアのマハティール前首相は^
韓国の金大中元大統領は~
(中略)
 知識に基づく経済と社会を目標にしているのである。
(中略)
 だが、ひとつだけ明白な点がある。アジアに、とりわけ中国とインドの農民層にこそ世界の貧困の中核があり、この部分でこそ、知識に基づく富の体制はとくに大きな成功を収められるのである。
 
正しいが正しくない
 インドと中国が技術の力だけで貧困を撲滅できると考えるのであれば、単純すぎる。どの国でも技術だけでは貧困の問題を解決できない。本書で繰り返し指摘してきたように、富の革命はコンピュータとハードウェアだけの問題ではない。経済だけの問題でもない。社会、制度、教育、文化、政治の革命でもある。
 だが、逆もありえない。はるかな昔から続く農村の貧困を解消しようとするのであれば、どの国も農業の生産性を飛躍的に高めるしかなく、すぐれた鍬や鋤を増産するといった程度のことでは、広範囲に生産性を高めることはできない。
(中略)
 最高の条件が整っても、第一の波の農民がいまの農具を使って生み出せる土地生産物には限度がある。
 また、第二の波の機械的な大規模農業でも、環境に深刻な打撃を与えることなく生産できる量には限度がある(環境修復費用を考慮すると、生産性はそれほど高くない)。
 だが、第三の波の知識に基づく農業であれば、生産できる量には事実上まったく限度がない。そしてだからこそ、人類が土地を耕すようになってから最大の変化がいままさにはじまろうとしていると言えるのである。

第43章 貧困の根を絶つ

 どの戦略にもその背景には夢がある。こうあるべきだというイメージがある。貧困根絶を目指す第三の波の戦略は、夢に過ぎないとも思えるだろうが、急速に実現に近づいている可能性が十分にある。
 実際のところ、非現実的なのは旧来の貧困根絶戦略であって、新しい戦略ではない。村落で小さな変化を積み重ねていっても、貧困撲滅に必要な大きな前進は達成できない。
(中略)
 すべての子供に食べ物がいきわたり、すべての人が安全な水を飲めるようになり、貧しい国の平均寿命が少なくとも70歳以上になり、初等教育の目標が達成されてはじめて、貧富の格差の縮小を優先課題にするべきだ。
 いま必要なのは第三の波の戦略であり、少なくとも、いま貧困に苦しむ農村地域を先進的で生産性の高い事業の集積地に変えていくことを目指すべきだ。やせ衰え、年齢以上に老けた両親の肉体労働に頼るのではなく、子供の頭脳の力に頼る地域に変えていくのである。
 この戦略を現実的なものにするには、目先のことに目を奪われるのではなく、いまは芽にすぎなくとも、新しい動きに注目するべきだ。幸い、いま開発されている強力な手段が役立つだろう。まずあげれらるのが、激しい反対を受けながら普及している遺伝子組み換え食品である。

試行錯誤に代えて
 遺伝子組み換え食品の安全を高め、いわゆる交差汚染を防止するよう求める運動は正しいし、社会的に有益である。だが遺伝子組み換え食品の全面禁止を求める運動は無責任であり、きわめて有害なものになりうる。グリーンピースの創設者のひとり、パトリック・ムーアすら、遺伝子組み換え食品の反対運動は「夢想に基づいていて、科学と論理に対する敬意がまったく欠けている」と非難したほどだ。
(中略)
 リチャード・マニングは農業の起源とその影響を描いた『本性に反して』で、農民がはるか昔から交雑を行い、品質を改良してきた事実を指摘している。これはすべて、試行錯誤と幸運に頼るものであった。「今では、こうした曖昧な要因に代えて、植物の性質を決めるにあたって個々の遺伝子が果たす役割に関する正確な情報を利用するようになった。いまでは科学者は望みの性質をもった植物を短期間のうちに作り出せる。これまでなら10年以上かかったのだが」

バナナを使って
 バイオ技術によって、薬効をもつ食品が増え、貧しい国に蔓延している病気の予防と治療に役立つ食品も増えるだろう。(中略)
 コーネル大学の研究者は肝炎ワクチンをバナナに組み入れて、このコストを10セントに引き下げる研究を行っている。間もなく、B型肝炎ワクチンを組み入れたトマトやジャガイモも登場するだろう。
(中略)
 バイオ企業が新しい種子をつぎつぎに開発しているので、農民は市場をますます絞り込んで高付加価値の商品を生産できるようになり、いずれは個人ごとにカスタム化した商品を生産するようになるだろう。
 バイオはいうならば誰もがまだ出発点に立っているにすぎない分野なので、貧しい国が先進国に「追いつく」ことができないとする強い理由はないし、自国の食料を自給するだけでなく、高付加価値の農産品の輸出で利益をあげるまでになることができないとする強い理由はない。だが、これはまだ可能性がでてきたという段階にすぎない。

バイオ経済
 ほとんど注目されていないが、驚くべき研究報告がワシントンにある国防大学の技術・国家安全保障政策研究所から発行され、将来には「農場が油田と変わらないほど重要になる」と論じている。いまでは石油会社の経営者すら、「石油の時代の終焉」を話題にしている。国防大学の研究報告を書いたロバート・E・アームストロング博士はこれを一歩進めて、今後は「バイオに基づく」経済の時代となり、さまざまな原材料や製品の源泉としてだけでなく、エネルギーの源泉としても、「遺伝子が現在の石油の地位を占めるようになる」と論じている。(中略)だがこれは始まりにすぎない。アームストロングはいずれ、農村の各地に小規模な「バイオ精製所」が作られ、植物性の廃棄物から食品、飼料、繊維、樹脂などを生産するようになると予想している。(中略)アームストロングはこう語る。「バイオ精製所は原料の産地近くに作る必要がある。地域の特質を活かした農業が発達し、地元のバイオ精製所向けに特色のある作物を栽培することになろう。・・・重要なのは、農村地域におそらくは農場以外の職が作られることだ」
 アームストロングの結論はこうだ。「バイオ経済は最終的に、都市化の流れを食い止める要因になりうる」

天上の恵み
 農民は愚かではない。愚かでは生き残れない。自分が耕す土地をくわしく知っている。乾期がいつくるかを知っている。だが、農民が知っていることは、知りうることのごく一部でしかない。この格差が農民の貧困の原因になっている。
 豊かな国の優秀な農業事業者すら、労働やエネルギー、水、肥料、殺虫剤を無駄に使っており、深刻な環境破壊を引き起こすと同時に、収穫を最大限に増やすことができない。自分の農地について知らない点があるからである。だが、地上2万キロから救いの手が差し延べられている。
 これまで農民は、農業企業も、農業全体を同じように扱う画一的な戦略をとってきた。
だが間もなく、携帯型のGPS受信機が村に1台あれば(あるいはいくつかの村で共有していれば)、作物1本ごとにではないにしろ、田畑1枚ごとに肥料、養分、水などの必要についてのくわしい情報を、軌道上にある人工衛星から受け取れるようになる。
 そうなれば、農業をカスタム化して、たとえば肥料を必要なときに必要最小限の量だけ与えられるようになる。散水と再利用の方法を改良して、灌漑システムを変えることもでき、特殊な用途のために高付加価値の水を作ることすら可能になる。
 この「精密農業」とカスタム化した水処理方法は農民にとっても環境保護派にとっても朗報であり、これによって非マス化が農業にも及ぶことになる。
 この点からもっと大きく、時代を変える変化が生まれる。工業型の大規模農業は環境を破壊しかねない単一栽培をもたらしてきた。これに対して以上の点は、逆方向への動きがはじまる可能性を示す兆候になっている。しかも、工業化以前の方法に戻ることによってではなく、それをはるかに超えて前進することで、逆方向に動く可能性がでてきているのである。
 少なくとも豊かな国では、市場はカスタム化した食品や健康食品を求めているので、今後は多様な方法や技術がつぎつぎにあらわれ、世界各地の多様な農産物を利用するようになっていくだろう。(以下略)

秘密の価格
 中国安徽省の農村に住む王世武は以前、カゴに商品を入れて近くの村や市場に行き、買い手を探していた。1千年前の行商人や農民とほとんど違わない生活を送っていたのだ。1999年になって、生活が一変した。そのとき、「素晴らしい機会がめぐってきた」という。いまでは逆に、客がきてくれるようになった。「素晴らしい機会」とはインターネットだ。
 王はコンピュータ・マニアではない。52歳だから子供ではない。だが起業家精神にあふれており、間もなく自宅のパソコンでインターネットを使って市場情報を集め、村人に無料で提供するようになった。
 農民なら誰でも、最新の価格情報がいかに大切かを知っている。これまでなら、農民はうまく売れてくれるよう願いながら、作物や家畜を市場に運び、そこではじめて価格が分かる仕組みになっていた。このため、農民の交渉力は極端にかぎられる結果となった。王はその時点での価格情報を農民に知らせて、この仕組みをまったく変えることになった。つぎに、村の農産物をオンラインで販売するようになった。(以下略)

最高の農学者
 中国安徽省から4千キロ離れたインド中部のマディヤプラデシュ州でも、1ヘクタール弱の畑で大豆を栽培するシャシャンク・ジョシが、近くの農民にオンライン価格情報を知らせている。ジョシは、イー・チョウパルという経営的・社会的なイノベーションに参加しているのである。
 インドを代表する大企業のひとつ、ITCは大豆、タバコ、コーヒー豆、小麦などの農産品を輸出しており、国内の購買システムを改善する必要に迫られていた。このため同社は何千もの農家を結ぶ独自の情報技術ネットワークを作り、ジョシらにコンピュータを支給した。支給された農家は自宅をチョウパル、つまり農民が集って話し合い、お茶を飲み、同時に地元の公認市場での最新価格を確認する場所として提供する。もちろん、シカゴ商品取引所の相場も調べられる。(中略)
 インドはアメリカなどの各国からのアウトソーシングでハイテク事業を引き付けることに成功しており、イー・チョウパルなどのイノベーションや実験が進められているが、それでもいわゆる情報技術格差(デジタル・デバイド)という面で、中国よりもさらに道のりが長い。(中略)
 農村の住民は困難にぶつかったときの勇気、度胸、ユーモアについて、きびしい現実に折り合いをつける方法について、部外者に教えられる点を大量にもっている。無知で傲慢な部外者が「支援」をしようと村に入ってきても、馬鹿にされるのが落ちだ。だが、~孤立した人たちが連絡をとる手段も安価になっているので、農村の村が外部から豊富な知識(そして豊富になっていく知識)を吸収できるようにすることが何よりも重要である。(中略)それでも、インターネット、携帯電話、テレビ電話、携帯モニターと、これらの後継技術は、農業の歴史を通じて鋤や鍬が不可欠であったように、将来の農業に不可欠なものになるだろう。

スマート・ダスト
 バイオ、宇宙開発、インターネットといった新技術は、世界各地の豊かな国の研究所で開発されている技術のほんの一部でしかない。他の目的のために開発されている無数の技術のなかに、改良をくわえれば、貧しい国で農業関連の重要な用途に使えるものが無数ある。(中略)また、ごく小さなセンサーが開発され、塵のような「スマート・ダスト」が作られて、農地に撒いておけば土壌の温度、湿度などを知らせるようになると予想する科学者もいる。(中略)さらにナノテクによって、10億分の1メートル以下のセンサーを作り、細胞表面の電荷のわずかな変化をとらえて、生きている細胞の機能を調べる研究も行われている。植物はまさに「生きている細胞」だ。電荷の変化がその性質や収穫にどのような違いをもたらすのだろうか。また、「管理型生物・生物擬態システム」があり、昆虫から情報を集める研究が進められている。ある種の昆虫は空中にある細菌の胞子を体内に取り込む。そこから、作物をどう守るべきかを知るのに使える情報が得られないだろうか。(中略)ナノテクと磁気学の組み合わせから何が生まれるだろうか。科学者はすでに、ナノ・レベルの磁気を使って、細胞のレベルの生物活性を研究しており、分子1個のレベルですら研究が進められている。

ビル・ゲイツの受け売り
 先端技術では貧困の問題は解決できないとする見方がきわめて強い。たとえばこう主張される。「現実的になろう。情報技術と通信技術によって世界の貧困問題に『正面攻撃』をくわえることを示す事実はほとんどない」。ビル・ゲイツすら、この見方を受け売りしている。
 だが、この決まり文句は3つの疑わしい前提に基づいている。第一に、情報技術だけに焦点を絞っており~、第二に、見方が短期的すぎる。~第三に、もっとゆっくりしたペースで起こる動きを無視している。~
 また、この見方は歴史を知らないものでもある。蒸気機関が実用化され、最新機器として鉱業で使われるようになったとき、これが農業に影響を与えると考えた人はほとんどいなかった。そして、何年にもわたって、影響を与えなかった。だが蒸気機関が繊維工場で使われるようになると、綿を栽培する農家に影響を与えるようになった。つぎに蒸気機関を使う鉄道によって、農産物の市場が拡大した。蒸気機関によって、経済に占める農業の地位が変化した。
 したがって、以上で論じてきた点は、技術の進歩で生まれる「即効薬」ではない。もっと複雑で、現実的で、影響が大きいものである。(以下略)

最高の知恵が障害になるとき
 必要な技術の開発は、貧困問題の解決にあたって容易な部分である。はるかに複雑で困難なのは、技術以外の傷害を克服することだ。
 第一の障害は強い伝統であり、伝統を維持している強力なフィードバックの仕組みである。伝統的な農村では、何世代にもわたって、ときには何世紀にもわたって、どの世代もはるか昔の祖先とほとんど変わらない生活を送ってきた。こうした社会では、将来は過去の繰り返しだとする見方が支配的である。
 つまり、過去に最善だった方法が、今後も最善だとされる。そして世界各地の農民は生活にほとんど余裕がなく、一歩間違えれば生き残れなくなるので、合理的に考えれば、リスクを嫌う理由が十分にある。だが、新しい動きに抵抗するために変化が遅くなっており、将来は過去に似ているとする時代後れの見方がさらに強化される。
 第二の障害は教育と、教育が普及していない事実である。もちろん、教育に反対する人はいない。ただし、いくつかの例外を除けば。(中略)工業時代の必要にあわせて設計されたマスプロ教育は、工業化以前の農村の必要も、脱工業化の将来の必要も満たせない。農村の教育は、いやすべての教育は、根本から見直す必要がある。現在の技術を使えば、多様な文化ごとに、少人数の集団や個々人のニーズにあわせて、教育をカスタム化できる。(中略)無知を克服するときにも、技術だけでは目的を達成できない。政治、経済、社会の力も勝つようして、次世代を教育しなければならない。

分散型エネルギー
 もうひとつ、決定的な障害になるのは、農村でのエネルギー不足だ。世界の貧困層は、人手と家畜よりもはるかに強力なエネルギーを利用できるようにならなければ、いつまでも貧困に苦しむことになる。(中略)中国は第二の波の産業と第三の波の産業を同時に開発する複線戦略をとっており、今後16年間に年に2基の原子力発電所を建設する計画だ。(中略)だが教育の場合と同様に、こうした計画は通常、工業時代の解決策を採用している。巨大な電力網を築き、主に工場と人口が集中している大都市に電力を供給するように設計されている。(中略)計画にあたって真剣に考慮されることがほとんどない点だが、今後30年から60年に、他の多くの分野でもそうであるようにエネルギーでも、古い技術と新しい技術の組み合わせによって強力な結果が生まれ、画期的な動きが起こって誰もが驚く可能性が高い。

超農業
 したがって近く、農民型の農業、工業型の大規模農業がどちらも時代後れになり、「超農業」に置き換えられていくことになろう。そして長期的にみて、世界の貧困問題で、農業補助金や関税、援助を組み合わせたものよりはるかに大きな意味をもちうる。世界は変わり、農村の子供たちが活躍するようになるのを待っている。いまなすべきは、その日がくるのを早めることだ。(中略)
 中国とインドは変化を加速しており、農民の生活のゆっくりしたペースに挑戦している。つまり、基礎的条件の深部にある時間との関係を見直しているのだ。中国とインドの発展によって、世界の経済力の重心が太平洋を越えてアジアに移っている。これは基礎的条件の深部にある空間との関係を変える動きである。そして何よりも、中国は経済で知識が決定的な意味をもつことを理解している(インドはそれを学んでいる段階にある)。データや情報、知識を作り出すか、「漏出」されるか、購入するか、盗むかして活用し、それに頼って経済の転換をもたらし、基礎的条件の深部にある知識との関係を変えている。(中略)
 どこでも、どの日にも、世界の貧しい人がいかに悲惨な状況にあるか、目をおおいたくなる話が際限なく繰り返し伝えられている。飢えに苦しむ子供の写真、善意の団体や政府が発表する声明、国連の決議などだ。かわいそうな子供たちをひとりずつ救っていくよう呼びかける政府やNGOの言葉は一見、積極的なものだと思えるが、その背後には強烈な絶望感がある。そして、無力感がある。
 貧しい人は貧困の惨めさを部外者に教えてもらう必要はない。部外者が支援したいと望むのであれば、失敗する戦略を捨て、革命的なツールの開発を速め、絶望的な悲観主義を捨てて、希望の文化を掲げなければならない。
 工業化が18世紀と19世紀に世界各地に広まったとき、地球全体で富と幸福の分布が完全に変化した。革命的な富が以下にみるように、いま地球全体に変化をもたらそうとしている。それも誰もが驚く方法で。