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古今東西のアートのお話をしよう

後白河法皇 鎌倉殿の13人

頼朝に「日本第一の大天狗」と評された後白河法皇。

3年余の在位から、譲位後34年にわたり院政をひき、平清盛あるいは源頼朝と権謀術数の駆引きを繰り返した。




藤原為延 後白河院 13世紀

「鎌倉殿の13人」ではクセの強い好色な院として西田敏行が演じています。側室 丹後局の鈴木京香の美しさも話題ですね。


後白河院の好色は、性別、身分をとわず寵臣から、清盛の息子、孫、(頼朝もあった?)、女御、今様の遊女などバライティーに富んでいます。

自由奔放な後白河院は、芸術においても、伝統的で権威的な学問や和歌には興味を示さず、当時の民衆に広まっていた歌謡「今様(いまよう)」を自ら歌うとともに、収集、保存するため「梁塵秘抄(りょうじんひしょう)」を自ら編纂した。御所で今様のコンサートを百日、千日と開催し、身分を問わず御所に招き楽しんだという。

後白河院のサロンには、常磐光長(土佐光長)や藤原隆信ら当代一流の絵師が集まり、院のデレクションにより絵巻制作が行われた。


絵巻は美術品として賞玩される以上に所有することによって文化的優位性をあらわすものである。

後白河院は多くの絵巻を描かせ、自らが創建した蓮華王院(三十三間堂)宝蔵に蓄積した。

年中行事絵巻
自らの治世のありさまを一覧した


伴大納言絵巻 
平安京内裏の放火事件をミステリー仕立てで描く 四大絵巻の一つ


院の支配が及ばない六道世界も描く
地獄草紙
よくマンガのモチーフにもなってますね


餓鬼草紙
人の糞を食べる餓鬼


病草紙 肥満の女


小柴垣草紙 古春画の傑作

斎宮として伊勢に向かう前に過ごす野宮、斎宮済子姫は垣根で寝込んでいた警護の武士に一目惚れ…


平安末期から鎌倉時代は、武士の世であり、優雅な王朝文化から、権威を離れ、ありのままの現実に価値を見出すある種リアリズムの世界だった。
後白河院は時代の変化を自ら「今様」「絵巻物」の制作で体現する芸術家であり、一切の衆生を平等に救済するという法華経を信奉し、貴賤性別を越えて、現世と来世の全て、浄穢不二の世界を「絵巻物」に描き蓮華王院の宝蔵とした。
特筆すべき、病草紙、小柴垣草紙は「古今東西のアート…」で考証する。


後白河院の精神は、北宋の芸術皇帝 徽宗への憧れだろうか…

いろいろな階層の人々と交流し、あらたな文化を創造するという後白河院の思想は、江戸時代の後水尾天皇に引き継がれいると思う…



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