古今東西のアートのお話をしよう

日本美術・西洋美術・映画・文学などについて書いています。

映画“ケイコ目を澄ませて”

2022-12-20 01:01:55 | 絵画(レビュー感想)


女子プロボクサーの映画というと、

クリント・イーストウッド監督の
“ミリオンダラー・ベイビー”
を思い出す


“ミリオンダラー・ベイビー”は、老いたボクシングジムのオーナー役のクリント・イーストウッドから見た女子プロボクサーと家族を描いているが、

三宅唱監督の“ケイコ 目を澄ませて”は、聴覚障害の女子プロボクサーケイコ(岸野ゆきの)から見たジム会長(三浦友和)、家族との関係を中心に描いている


“ミリオンダラー・ベイビー”は、挫折した往年の名トレーナー・フランキー(イーストウッド)と元ボクサーのエディ(モーガン・フリーマン)に才能を見いだされたマギー(ヒラリー・スワン)がタイトルマッチまで駆け上がり、相手の反則により半身不随となる物語で、父と娘の葛藤、プアホワイト、宗教観、安楽死など重層的テーマで進行する、純文学のような作品

“ケイコ目を澄ませて”は、聴覚障害の女性ケイコがボクシングとジムのオーナーとの関係により成長する物語で、ケイコの揺れ動く感情の起伏と街の情景が映画ならではの手法で描かれる、叙景詩のような作品


16ミリフィルムで撮られたという粗い映像が写すケイコの表情には監督とカメラの愛が感じられる
ケイコがランニングする夜明け前の団地の情景、荒川や常磐線鉄橋の夜の情景が美しい

題名の“ケイコ 目を澄ませて”は、聴覚障害のケイコは視覚が優れていること、ひたむきな瞳の輝きを表すのだろう



監督・脚本 三宅唱(1984〜)
撮影 月永雄太(1976〜)
原作 小笠原恵子(1979〜)
「負けないで!」

キャスト
岸井ゆきの(小河ケイコ)
三浦友和(ジム会長)
三浦誠己(ジムトレーナー林)
松浦慎一郎(ジムトレーナー松本)
佐藤緋美(ケイコ弟)
中島ひろ子(ケイコ母)
仙道敦子(ジム会長妻)

岸井ゆきのと松浦慎一郎(ボクシング指導)のコンビネーションのミット打ち、ステップワークなどボクシングのトレーニングシーンが素晴らしい

これは、ミリオンダラー・ベイビー以上です

夜景の美しさは、北野武以来ですね

★★★★☆
お勧めします




映画“天上の花”

2022-12-18 00:51:03 | 映画(レビュー感想)

新宿のランチは、学生時代から
懐かしい「アカシア」

定番の少し粉っぽいロールキャベツにビール、ご飯
ご飯にもビールにも合う絶品
美味い!!


回転が早いので、昼時も少しだけ並ぶと食べられます(⁠•⁠‿⁠•⁠)

武蔵野館へ向かう
三好達治が朔太郎の妹、萩原アイ(愛子)に初めて会ったのは、昭和2年10月、東京大田区馬込の朔太郎の家

当時の馬込は関東大震災後に画家や文士が集まり、馬込文士村を形成
北原白秋、室生犀星、萩原朔太郎の三大詩人も暮らしていた

達治は東京帝国大学仏文科の四年生、既に詩人の駆け出しで、朔太郎に師事していた

三好達治

“太郎を眠らせ、太郎の屋根に雪ふりつむ。
次郎を眠らせ、次郎の屋根に雪ふりつむ。”

 「雪」昭和2年3月 


萩原アイは朔太郎の妹で四姉妹の四女、二度結婚した出戻り

馬込に住んでいた小説家の宇野千代は、「萩原の家には美しいと言うよりは、お姫さまかと思われる風情の妹がいたのである。」

萩原アイ(愛子)
朔太郎、アイの父親の密蔵は大阪で代々続く開業医の三男で、東京大学で医学部を首席で卒業、前橋市で医院を開業していた
朔太郎と幼少期のアイ(愛子)

裕福な医者の家に生まれた、アイは何不自由なく育ち、我儘な性格だったらしい
帝大の学生だった達治は一目で恋に落ち、アイに結婚を申込む
朔太郎の母は貧乏書生の将来を危ぶみ、結婚を許さなかった
帝大を卒業した達治は、朔太郎の紹介で、北原白秋の弟が経営する出版社に就職するが、程なく経営不振でリストラされる
果たして、達治とアイの婚約は破談となった
朔太郎の娘、萩原葉子(1920〜2005)が、達治とアイの恋愛・結婚離婚をモデルに書いた小説が「天上の花」
アイは慶子と名前を変えているが、他は実名で登場し、ノンフィクション小説の体裁

「天上の花」を原作に映画化
片嶋一貴 監督 2022年
(手前)から朔太郎の妹、萩原アイ・慶子(入山法子)、(左)萩原朔太郎(吹越満)、(中央)三好達治(東出昌大)、(右)朔太郎の妻、萩原稲子(鎌滝恵利)

達治と破談となった慶子(アイ)は、谷崎潤一郎からプロポーズされるも断り、昭和8年、売れっ子の作詞家佐藤惣之助と結婚する
慶子に子供はいない
一方、達治も昭和9年、佐藤春夫の姪智恵子と結婚し、一男一女をもうける
昭和17年5月11日 萩原朔太郎 死去
昭和17年5月15日 佐藤惣之助 死去
昭和18年 朔太郎の一周忌で達治と慶子再会 「16年と4ヶ月待ちました」と慶子を口説く
慶子は、達治が離婚することを条件とする
達治は協議離婚し、昭和19年5月、疎開していた福井県三国に慶子を迎える
都会ぐらしの豪華な生活に慣れ、我儘な性格の慶子と「詩」を至上とする清貧な生活の達治は次第にすれ違い、慶子は「詩」を解さず暮らしの不満をつのらせる…
達治は愛を叫びながらも、
慶子に凄絶なDVを繰り返す…
達治に殴られ、顔を腫らす慶子

朔太郎は、三好達治について「彼の性格の中心には魂の不潔さというものが少しもない。三好君は心情の高貴性と美しさを持っている人間。」と評している
その純粋で心情の高貴性を持った達治であるが慶子への暴力は日ごとにひどくなっていく
あの美しい顔を「お岩さんのように」殴打されたり、下駄でふみつけられたり、髪をつかまれ階段からひきづりおろされたりするのである
ついに、昭和20年3月、慶子は三国から逃れる

達治と慶子(アイ)が暮したのはわずか10ヵ月に過ぎなかった
北国の春を告げる辛夷(こぶし)の花が咲く頃だった…
「天上の花」とは、曼珠沙華を指すが、ここでは三好達治の詩から辛夷の花を表している

映画では、慶子を愛しながら暴力を振るう達治の精神分析については語っていない、おそらく原作でも書かれていないのだろう(読んでいないが…)

達治は陸軍幼年学校、陸軍士官学校に在籍した職業軍人のエリートであったが、途中から文学の道に進んだ

彼の中には、士官学校出で、第三高校(京大予科)では剣道三段(戦前の三段は今の五六段といわれる)の益荒男振りと、小心で感傷的な手弱女振りが同居していたようだ

朔太郎は、三好君は「一種妙な豪傑笑いをする。爽快な笑いであって、しかも空洞(うつろ)に寂しい笑いである。」
この文を読んで、三島由紀夫を思い出した
川端康成と三島由紀夫、萩原朔太郎と三好達治 なんとなく似た関係性を感じる

川端康成も萩原朔太郎も生得的に「美」を自らの内部に醸成でき、魔界や幻視の世界を往来した
対して、三島由紀夫と三好達治は自分には無い「美」に対して強い憧憬を持ち、三島は理性の力で、達治は国民の力でそれを獲得しようとしたのではないか

さて、映画は詩人のアンビバレントな愛と暴力を観客に放り投げた
役者は実在の人物をよく研究したであろう努力が見られる
東出昌大は軍人の役がよく似合い、今回も三好達治のアンビバレントな怪しさがよくでていた
入山法子は我儘でスノッブな慶子の役を見事にこなしている、上手い
吹越満の萩原朔太郎はさすが
注目したのは、三国の支援者小野夫人を演じた、「ぎぃ子」だ、これからブレイクしそう

★★★✰☆
文学好きは見逃せない

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月に吠える、萩原朔太郎展 世田谷文学館

2022-12-15 21:59:43 | 芸術作品鑑賞・博物館・講座・音楽会等カテゴリー
神奈川県立近代文学館の川端康成展に続き、世田谷文学館の萩原朔太郎展へ
初めての世田谷文学館の展示は
ユニークで建物もユニークだった
新宿から京王線の芦花公園駅で
下車、歩いて五分ほど 
世田谷文学館は「ウテナ」の創設者・久保政吉の旧邸宅跡に建設
庭園の一部が残され、文学館の庭のようになっている
文学館につながる久保邸の庭園

中庭のガラスに「竹」『月に吠える』より
奥はカフェ「どんぐり」

萩原朔太郎と妹の長女ユキ(幸子)

萩原朔太郎(1886〜1942)は日本近代詩の父とよばれる大詩人で、川端康成(1899〜1972)より13歳年上
朔太郎には四人の妹があり、美人四姉妹といわれ前橋(群馬)で有名でした

写真は主にネット画像を借用

①生み出される詩
朔太郎の原稿やノートなどから、詩の創作過程に迫まる
「竹」原稿

②さまざまな表現 
音楽や絵、デザイン、写真など朔太郎の多彩な表現

前橋で「ゴンドラ洋楽会」を主宰し、作曲も行った
朔太郎作曲「機織る乙女」の自筆楽譜
③描かれた詩
現代の美術・漫画家たちが描いた朔太郎作品や肖像作品を展示
金井田英津子 「猫町」1997年

④詩を体感する
体験型インスタレーションや自動からくり人形などで詩の世界を体験

今回の展覧会で一番驚き、惹かれたのはムットーニの自動からくり人形です
ムットーニとは武藤政彦(1956〜)
萩原朔太郎の詩にインスピレーションを得て、自動からくり人形で朔太郎の世界を再現する
ムットーニ 「題のない歌」2016年
ムットーニ 「猫町2004」2004年
ムットーニ 「船乗りの夢」2020年


偶然、一人で独占して見ることが
できました

まるで、
ノイシュバンシュタイン城で一人でオペラを観るルートヴィッヒ2世の気分ですw  <⁠(⁠ ̄⁠︶⁠ ̄⁠)⁠>
これは素晴らしい!!

大お勧めです
★★★★★


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江口寿史イラストレーション展 彼女

2022-12-08 21:56:08 | 絵画(レビュー感想)

江口寿史(えぐちひさし) 
1956年3月熊本県水俣市生まれ
中学3年生で千葉県野田市に転居
千葉県立柏高校卒業

《 このたび、漫画家・イラストレーターとして活躍する江口寿史氏の展覧会「江口 寿史イラストレーション展 彼女」を開催いたします。本展は2018年春、 金沢21 世紀美術館で開催した同名の展覧会の好評に応え、その後の新作を加えてあらた めて大規模に紹介するものです。
本展は、江口氏が「それ以上に描きたいものはない」という“女性のイメージ に焦点を当てました。 手描きの時代からパソコンで仕上げる時代へ、 漫画からイ ラストへ 江口氏の制作手法や発表の場は変遷してきましたが、 その画業を貫 く常に変わらない熱い想いが、本展に添えたこの言葉に溢れています。
一世界の誰にも描けない君の絵を描いている。
ギャグ漫画家としてデビューし、いまや日本を代表するイラストレーターとして も活躍する江口氏が、45年にわたって綴った500人の「彼女」たち。 その果てない 進化の旅をお楽しみください。
千葉県立美術館長 》 
あいさつより抜粋


第1章 遭逢「ポップの女神たち」
江口流ポップアートはこんなに
可愛い

第2章 恋慕「マンガからイラストレーションへ1977年〜」

女装の男の子ひばりくん
ストップ!!ひばりくん!


展示はイラストレーションのみ
ネット画像借用

有名な広瀬すず、広瀬アリス姉妹のCMイラストレーション

第3章 素顔「美少女のいる風景1999〜2000年」
3枚ネット画像借用

「可愛らしい女性を見ると、その人を手に入れたいというより、その人になりたいと思っちゃう。」

「女に生まれなかった悔しさが、
絵の原動力になっている。」

憧憬的トランスジェンダー気質
が江口寿史の本質ですね

第4章 艶麗「ワインを持った女たち2002年〜」

「リアルワインガイド」の表紙シリーズ

第5章 青春「音楽とファッション2000年〜」

大きなヘッドフォンありましたね…
ワイヤレスイヤホンから少し前なのに既にラジカセ同様に
文化遺産?

ちゃっかり、ワイヤレスイヤホンのイラストも描いていました
第6章 慈愛「いまを生きる彼女たち2014年〜」

各地の“彼女”展ライブドローイング作品
左から「日常」2021年、「マスクをしていた耳がいたい」2021年、「深呼吸の必要(二階堂ふみに捧ぐ)」2022年、「手をつなごう」2022年

千葉県立美術館で行われた
ライブドローイングの作品 
一番面白かったのが、江口寿史が
会場で一般人をスケッチした
壁一面の似顔絵 
ライブスケッチ
すべて、江口流に可愛く
描かれています(⁠◍⁠•⁠ᴗ⁠•⁠◍⁠)
憂い顔の文学少女…
ファッショナブルなメガネ美人
珍しく色っぽいロングヘア

江口寿史の描くイラストは
現代の美人画、浮世絵ですね
彼の描く女性は、男性が欲望の眼で見る「女」ではなく、江口の憧れの眼で見た倒錯的自己愛の「女」
ただし、彼の倒錯的自己愛は少女からほぼ20代に限定、
「妻」や「母」ではなく、あくまで「彼女」なのです

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映画 “の方へ、流れる”

2022-12-02 15:32:44 | 映画(レビュー感想)


朝、隅田川沿いを走るバス、男がつり革を掴みながら文庫本を読んでいる。女が隣に立ち、なんの本かと気になる。プルーストの「失われた時を求めて」だ。男は、なぜか最初のページから次のページを繰り返して読んでいる。停車場に着き、男が慌てて降りる、本から金属製らしい「栞」が落ち、女が拾う。女は、清洲橋の近くの雑貨店で店番をしていた。昼過ぎに、店の向かいにある公園のベンチに朝の男が座っている…


朝、偶然出会った男と女の
一日の物語
舞台は東京下町、隅田川が流れる
清澄白河あたり


男と女は、お互いに名前も聞くこともなく、橋を渡り、川辺を歩き、会話を続ける


隅田川、題名の「の方へ、流れる」で連想するのは、成瀬巳喜男監督の「流れる」(1956年)だ。

柳橋の置屋を舞台に、時代の流れに向き合う女性達を描いている。

柳橋



柳橋と高峰秀子、中谷昇



「の方へ、流れる」
唐田えりかと遠藤雄弥


映画は、“唐田えりか”演じる「女」と“遠藤雄弥”演じる「男」の二人芝居で、濱口竜介監督の「偶然と想像」を思わせる。橋、川を物語のモチーフにしているのも「寝ても覚めても」と同じだ。


川の流れは、時間の流れであり、感情の流れである
美空ひばりならば“人生”w

人は川辺を歩くと何故か自分の事を語りたがる

橋はその流れを渡る、あるいは止める、ある種の休憩地

そして、また川辺を歩く…


それは、「失われた時を求めて」の意識の流れのように流れていく


(ネット画像借用)

手前から清洲橋、隅田川大橋、永代橋、中央大橋



★★★★☆

遠藤雄弥の顔のアバタが気になったが、レオス・カラックスの
ドニ・ラヴァンだと思おう

唐田えりかは、「寝ても覚めても」の透明感は無くなったが、
この方向は悪くないと思う




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