今日は親しらず子しらず犬もどり駒返しなど云北国一の難所を越てつかれ侍れば、枕引よせて寝たるに、一間隔て面の方に若き女の声二人計ときこゆ。
年老たるおのこの声も交て物語するをきけば、越後の国新潟と云所の遊女成し。
伊勢参宮するとて、此関までおのこの送りて、あすは古郷にかへす文したゝめてはかなき言伝などしやる也。
白浪のよする汀に身をはふらかし、あまのこの世をあさましう下りて、定めなき契、日々の業因いかにつたなしと、物云をきくきく寝入て、あした旅立に、我々にむかひて、行衛しらぬ旅路のうさ、あまり覚束なう悲しく侍れば、見えがくれにも御跡をしたひ侍ん。
衣の上の御情に大慈のめぐみをたれて結縁せさせ給へと泪を落す。
不便の事には 侍れども、我々は所々にてとゞまる方おほし。
只人の行にまかせて行べし。
神明の加護かならず恙なかるべしと云捨て出つゝ、哀さしばらくやまざりけらし。
一家に遊女もねたり萩と月
曾良にかたれば、書とゞめ侍る。
松尾芭蕉『奥の細道』から
北陸高速の越中境PA(下り線)で撮影した句碑です。
夏が過ぎ去った季節を感じる日本海の青でした。