待ちに待ったチャンスが到来したので、前泊日帰りの日程でロッド&リールを携え、電車釣行を実施。
せっかく名人にお出ましいただいたにもかかわらず、何とも悲惨な潮の流れに翻弄されました。
でも苦戦したときにはそれなりの取材ができるもの。
簡単に数釣りができるときには目にすることもできないワザを、垣間見たような感じがします。
H名人、お疲れさまでした。
そして悶々と投入を繰り返したキンメ釣りの取材、ありがとうございました。
その翌日は、これまた夜行日帰りで山へ行き、大好きな高山蝶、クモマツマキとの出逢いを画策している強硬日程。せっかくのチャンスですから、78歳の老体に鞭打ってでも敢行しなければなりません。
貧果の中で持ち帰ったキンメ・ムツ・パンダメバルの三尾。これらをないがしろにはできません。
きちんとさばいて、刺身は三種盛り、ムツキンのカブトは煮付け、そして半身はどちらも塩焼きで美味しくいただきました。
海から山へのそれぞれ夜行日帰りの連チャン。年相応におとなしくしていなさいというのがカミさんの勧めですが、思い立ったが百年目、岩をも穿つ固い信念を貫き通しました。
最近はどういうわけか、筋肉痛には見舞われません。
年老いて神経が耄碌し、感覚が鈍くなってしまったのでしょう。
翌日もその次の日も、足腰はちっとも痛くなりません。
その代わり、夜中に足が攣るのです。
対策はツムラの68、芍薬肝臓湯の漢方薬の世話になっています。
きっかけは南アルプス北岳と仙丈ヶ岳の谷あいにある野呂川上流の山小屋、両股小屋の伝説的な名物小屋番、星美知子さんから頂戴したこの薬。いまでは頼もしい伴侶となっています。
どこが伝説的な小屋番なのかって。
女性の歳を取り上げるのはちょっと…なんですが、タハラッチより少し若い1950年生まれ。
両股小屋を訪れた41人に嵐が襲いかかった時、彼らを適切に退避させて命の危険から守っただけでなく、その嵐の到来する寸前には17名の高校生もキャンプサイトから避難させたという女傑なんです。
早稲田のOGで出版社勤務の経歴にものを言わせ、「41人の嵐」を桂木優のペンネームで出版しています。
タハラッチはひところ、野呂川流域のクモマツマキに惚れ込み、何度となく両股小屋を利用しました。
星さんが小屋番として山に入るのは例年6月上旬。
その少し前が発生のピークですから、避難小屋として開放されていたこの小屋を無料で利用させてもらいました。
避難小屋対応とはいえ、実質的には素泊まりと同じ。
寝具、燃料は使い放題のうえ、ときには酒やコメなどの食料品まで、ドウコ缶の中に入っていて、自由に利用できたのです。
タハラッチはクモツキの採集、星さんは歩荷で小屋の荷揚げ。
たまたま野呂川林道で出くわして以来、発生の遅い年には食事付きの宿泊でも世話になり、ツムラの68を分けてもらったという間柄になったのです。
その後、山梨県でも高山蝶の採集が禁止となったため、タハラッチが野呂川林道を訪れる機会は霧散してしまいましたが、70代になった星さんは今でも現役とのこと。
お互い、身体に気をつけながらもう少し、頑張っていきたいものですね。
追記
2019年の自然災害の影響で、周辺林道などがかなりの被害を受けたようです。
その後復旧が進んだと思われますが、その結果、避難小屋としても利用名まったく躊躇されることなく利用可能ですが、やむを得ない状況時以外は、両股小屋を山行計画に組み込むことは避けてください、
ということになったようです。
ということでタハラッチがこの両股小屋で体験した貴重な日々は、再現不能な思い出となってしまったようです。
穂高の紅葉を見に出かけます。
沢渡でシャトルバスに乗り換えて上高地入りし、明神、徳沢をぶらぶら歩いて、今夜は横尾山荘に泊まります。
本当は涸沢まで行きたかったのですが山小屋は超満員。横尾でのんびりしましょう。
アラスカツアー最終日。アンカレッジのダウンタウンへ出かけて最後の買い物をし、シップクリークの様子を見てきました。
川の様子は以前とかなり違っていて、川に架かっている橋の上にはレストランがあり、際には貸し竿屋まであります。
釣り人も数10人が竿を振っていて、しばらく見ていたのですが、キングは1本も上がりません。少し時季が早いのかもしれませんね。
この川、河口からすぐのところにあり、上流はサンクチュアリですから汚染度はほとんどありません。
水はアラスカ特有の石灰質を含んでいるので白濁。おまけに川岸は粘土質と来ていますから見てくれは良くありません。
それでも以前は成熟したキングサーモンがたくさん釣れました。
ヒルトンホテルなどを眺めながら釣りが楽しめるので、貴重なスポットのひとつだと、タハラッチは思っています。
これからアラスカで最後の夕食をいただき、冷凍パックした釣果をトロ箱に詰めます。
アンカレッジ発はこちらの時刻で29日に日付が変わった00:30。日付変更線を跨いで、30日の午後、成田へ到着する予定です。
当アラスカでは一日が終わり、24日に日付が替わったところ。日本では24日の夕方でしょうが、こちらは白夜の真っ只中です。
昨日はホーマーからクーパーランディングへ移動。日曜日とあって、途中のロシアンリバーでは家族連れを中心に大勢のアングラーたちがロッドを振っていました。
今夜の宿泊地はリゾートホテルが経営する設備の整ったキャンプグラウンド。20数台のキャンピングカーと一緒で、すでにほかのサイトはみな寝静まっています。
白夜にまぎれて熊でも出てくると面白いのですが、昼間はハイウェイの途中で2度ほどムースに遭遇しただけ。日ごとにいろいろな野生動物との出会いがあるのが楽しみです。
そうそう、夕食は昨日釣ったハリバットの縁側の刺身と、ヅケにちらし鮨。毎日毎日うまい者ばかりいただき、太ってしまいそうです。
明日はレッドサーモンを狙って、近所の川へ出かけるつもりです。
ではおやすみなさい。
今日は移動日。アラスカでもやはり、週末はどこも大混雑。車でエントリーできる釣り場は敬遠して、移動や買出しに専念することにします。
日本ではたぶん先ほど、日付が変わったことと思いますが、こちらは朝。顔を洗って髭を剃って、さっぱりしました。
キャンプグラウンドにはお湯の出る洗面所のほか、シャワールーム、ランドリーが完備しているのできわめて快適です。
さて今日はどんなことになるやら。昨日までのフィッシングレポートも完了していませんが時間を作って追加するつもりです。