上村悦子の暮らしのつづり

日々の生活のあれやこれやを思いつくままに。

3月 占い

2020-03-15 16:27:38 | エッセイ

3月とはいえ、まだ肌寒い風が吹く日、京都東山の「五社の滝神社」に向かった。
東福寺の東側に、民家に埋もれるようにある小さな神社だ。

今はパワースポットともいわれているようだが、興味本位でいくような場所ではないらしい。
伏見稲荷のお滝行場の一つで、観光とは一線を画す場所。

石鳥居をくぐると、いくつもの小さな石鳥居や石灯篭が並ぶ。
境内下の川の音をたどるように階段を降りていくと、張り詰めた空気に変わる。
正面上に滝があり、水の流れ落ちる音がさらに荘厳な雰囲気をつくっている。

川の水は、東福寺の通天橋の下を流れ、琵琶湖疏水をくぐって鴨川へ流れるそうだ、
足元は岩場になっていて、雨の日など滑りそうで気が抜けない。
左横に蝋燭と線香を祀るスペースがあって、修行場となっているのだ。

畏怖の念とはこういうことなのか。
初めて訪れた日、その研ぎ澄まされた霊気のようなものに
恐怖を感じて足が震えるようだった。

実は、その時期、夫が大腸の手術をすることになっていたのだ。
東京に住む友人に久しぶりに電話をし、近況報告として、さらっと話したのだが、
逆に、「病院選びは大丈夫?」と聞かれた。
「そんな大事なこと、みてもらった方がいいよ」
「私がいつも相談している、信頼できる〝五社の滝の占いのおばさん〟を紹介するから」と。

私は、かなり迷った。
非科学的なことにすがる問題なのかと思ったからだ。
当の本人はどう思うのだろうと打ち明けたところ、夫は相談してほしいと言う。
ならばと、月に一度は訪れるという友人と共に行くことにしたのだ。

五社の滝神社の真ん前に建つ、占いのおばさんの住まいを訪ねた。
あまりにつましい小さな住まいで、高齢のおばさんは穏やかに迎えてくださった。
室内には、遠方からという他の相談者が数人。
「お礼はお気持ちだけで結構です」と、最初から相談者に気を遣わせない配慮が感じられた。

相談内容を伝えて手渡されたのが、神社でおみくじを引くときのような古い大きな筒だ。
震える手で筒を振り、木の棒を引くと先に番号が書かれていた。
おばさんは神妙に番号を確認し、
江戸時代のものではないだろうかと思われるような古い絵付きの本を手に、同じ数字のページをめくった。

悪い勘は当たるもので、見せられたページには良いことが書かれていなかった。
「今の病院は変えた方がいいようやね」
「電話でいいから、他の病院候補を2〜3出してきなさい。病院へ行くのにいい日時もみてあげますよ」
おばさんの優しくて温かい言葉に感謝しながらも、心は乱れていた。

「帰りに五社の滝神社に参るように」と、うろたえる背中を押してもらった。
<おばさんは、五社の滝神社の仕え人なのだろうか>

頭の中は悪い渦がぐるぐる回っているような不思議な感覚で、
重い足を踏みしめるように修行場に降りると、
おどろおどろしさを感じながら蝋燭に火をつけ、幼子のように手を合わせた。
「どうぞ手術がうまくいきますように!」
後で二度と感じることのなかった数時間の体験だった。

それから10数年。
夫は元気に暮らしている。
おばさんはお会いした数年後に亡くなられてしまったが、
今も両親のお墓参りに京都・東山本廟に行くたびに、五社の滝神社にも立ち寄り、手を合わせる。
私たち夫婦にとって、心安らぐ場となっている。