上村悦子の暮らしのつづり

日々の生活のあれやこれやを思いつくままに。

10月 仰天(3)

2019-10-28 15:27:50 | エッセイ
           
ひったくりに遭って2カ月くらい経ったころのこと。
事情聴取された刑事さんが、再び我が家にやってきた。

「ピンポーン」
突然のチャイムの音に、インターホンに出ると、「警察です」との声。
なぜか恐る恐る玄関のドアを開けると、
タイミング悪くお掃除のオバサンがわが家の前の階段の掃除をしていて、一瞬だけ振り返ったのが気になった。

「オバサン、何も警察のお世話になるようなことをやってないからね」
と心の中でつぶやきながら、刑事さんには玄関に入ってもらった。

「先日のひったくり。やったと思われる子らの顔写真があるので、見てほしいんです」
と渋い声で言う。
卒業アルバムのように15~16人の顔が並んでいる写真をのぞき込むと、
なんと中高校生風の男の子ばかり。
驚いたことに、いかにも悪そうな人相の子ではなく、
ジャニーズ系の可愛い顔の子もいるもんだから、
「ヘエー、こういうもんなんだ」
と、思わず見入ってしまっていた。

「顔を見たはずなんですが、こう並んでるとわかりませんね」
という私に、
「実は、この中に犯人と思われる子がいて、現場も、取った物も、奥さんから聞いた話と合うんですよ」
と刑事さん。

さらに
「お金だけ抜き取って、バックは中身ごと近くの池に放ったそうですよ。
まあ、バックは返ってこないと思っていただいたほうがいいですね」
と、慣れた口調で言う。
池でずぶ濡れになったバックを返してもらったってどうしようもないんだけど、
やっぱり悪いことをすると捕まるもんなんだと妙に納得させられた。

それにしても「えっ!うちの子がひったくりを?」と事実を知った母親が腰を抜かしてしまいそうな、
普通の家庭の子ばかりというのだから、ホントにびっくり。

学校や塾では問題なく過ごしている子が、何かの魔が刺して、やってしまうのがひったくりなんだろうか。
お金がほしいなら、アルバイトをすればいいじゃないの。
スリルを味わいたいなら、ダイビング・ジャンプって手もあるでしょう。
バイクが好きなら、ツーリングに行ったほうがずっと思い出になると思うのだが……。
 
青春期のもっとも多感な時期に
「盗んだバイクでひったくりをしてしまった」というツケは、
彼らの人生にどう影響するのだろう。

 

10月 仰天(2)

2019-10-20 17:25:29 | エッセイ
        
思いもかけず、ひったくりに遭って、頭の中は大混乱。
やっとの思いで、自宅マンションの管理人室にたどり着き、電話を借りた。

「もしもし、派出所ですか。今、ひったくりに遭いまして……」
「とにかく落ち着いて。まず、名前と住所からどうぞ」
いくらひったくり数が、大阪が日本一とはいえ、警察の反応はあまりににぶい。
住所、年齢、職業など個人データを聞かれた後、
「これから担当者が伺いますから、分かりやすい場所に出ておいてください」との悠長なお返事。
すでに日が暮れ、冷たい風が吹き始めたというのに私は手ぶらのまま行き場所もなく、
道端で警察官を待つことになってしまった。

こういう現状に陥って初めて知ったのは、
警察官はひったくりに遭って途方に暮れる市民をいち早く家に帰すことを目的にしているのではなく、
犯人はまず捕まらないだろうとの前提のもとで、現場検証をすることなのだ。

警察官と一緒に現場まで行くと、
どんな服装の男が、どういう状況でカバンをひったくったかをしつこいくらい質問された。
「上着とズボンの色は?」
「ええ、顔を隠すような毛糸の帽子に、黒いジャンパー風、下も黒っぽいズボンでした」

 それをトランシーバーで本部に逐一知らせるのだ。
「はい、了解。黒っぽいジャンパーに白いズボン」
「いいえ、ズボンも黒っぽかったんです」
「はい、白っぽい上着に、黒っぽいズボンですね」
『ちゃんと聞かんかい。上も下も黒っぽいって言うてるやろ』

細かく説明する気力も失せた私は、説明もそこそこにわが家に帰らせてもらったのだが、
鍵を持つ娘の帰りをマンションの玄関で待つこと30~40分。
わが家に入れた時は、心底疲れ切っていた。
「ああ、狭きながらも、天国のようなわが家」と思うのもつかの間。
警察の検証はさらに進んだ。
本来なら本局まで出向いて被害届けを出すそうだが、夜も遅いことからか、
ひったくり専門の刑事さんが家まで来てくれることになった。

警察官を我が家のリビングに招き入れると、
犯人の人相やら被害額、持ち物などを、それはコト細かく聴取された。
銀行やカード会社、携帯電話会社への盗難届けはそれから。
もう、身も心もくたくただった。

驚いたことに、盗難の場合、銀行の通帳やカードの再発行は有料というのだから、心はさらにヨレヨレ。
もうほとんど倒れそうになったところにノックアウトをくらった感じとでもいうのだろうか。
預金をする時に、ティッシュペーパーやゴミ袋など、
もらってももらわなくてもいいような物を手に深々と頭を下げてくれるより、
こういう非常時こそ優しくしてよと、何の関係もない銀行マンを恨めしく思ったりもした。
                                          (つづく)

10月 仰天(1)

2019-10-06 17:20:36 | エッセイ

「同じ関西でも、大阪と一緒にしてほしくないわ〜」
神戸と京都の人は、大抵そう思っている。 

大阪に住んで40年以上になる私は、思わず「そんなに変わらへんのんちゃう?」とツッコミたくなるのだが、
運転マナーの悪さといい、違法駐車の多さといい、これじゃしょうがないかと納得してしまうことも多い。
しかも、全国ワーストワンが長く続いた「ひったくり」に自分が遭ってしまったのだ。

その日は、仕事もお休み。久しぶりに幼なじみと会って梅田で食事をし、語らい、
心も体もほっこりとして最寄り駅に降り立ち、帰路についた時のことだ。

住宅街が続き、人通りの少ない駐車場に差しかかった所だった。
「あっ!」と思ったその瞬間。左手にさりげなく持っていたバックが、それほどの衝撃もなく、突然、消え失せた。
と同時に2人の高校生らしき男の子の乗ったバイクが一瞬にして走り抜け、その後ろ姿を見て初めて気がついた。

「これって、もしかしてひったくり?」
『えっ、私の財布、マンションの鍵、携帯電話、カード、通帳、旅行の写真……はどうなんの???』
その間、 わずか1秒くらい。
恐怖の時こそ声なんか出るわけないと信じていた私なのに、実際は大声で叫んでいた。
「ドロボー!!!!!」

閑静な住宅街とはいえ、だれか1人ぐらい顔を出してくれる人はいないのかと思うくらい、周りの反応は一切なし。
前からやってきた下校中の中学生2人連れに「今の子ら、ひったくりやから追いかけて」と頼んでみたが、
私の驚愕ぶりが逆に笑いを誘うほどだったのか、平和そうにヘラヘラと笑っているだけだった。

「ああ、情けない」と、中学生たちに八つ当たりしながら、
「財布にはいくら入っていたかなあ?」
「クレジットカードを使われたらどうなんのよ!」
「通帳を早く使用禁止にしな、あかん!」と、さまざまなことを考えながら、
とにかく電話を借りて警察に通報しなきゃと、自宅があるマンションの管理人室に向かった。

が、こういう時というのはなぜか気ばかりあせって、足が思うように運ばない。
それでも前を向いて懸命に歩いていたら、「な、なんと!」。向こうから連中のバイクがやって来たのだ。
「あっ、あいつら」
だが、声を出す間もないほどのスピードで逆方向へ突進し、ナンバーだけでも覚えてやろうと血相を変えて振り返ると、
プレートは数字が見えないように見事に上に上げられていた。

「ああ、最悪!」
 もう完全に「泣きっ面に蜂」状態。悔しくて、腹立たしくて、悲しくて、それなのに、
いくら歩いてもなかなか目的地には着かず、真冬だというのに背中には汗びっしょりかいていた。
                                               (つづく)