上村悦子の暮らしのつづり

日々の生活のあれやこれやを思いつくままに。

2月 「けったいな町医者」

2021-02-16 14:24:16 | エッセイ
長尾和宏医師が原作の映画「痛くない死に方」の試写を観た。
人を診ることなく、カルテだけを見るようになった現代医療に警鐘を鳴らす映画、
そして、自分の最期をじっくり考えさせられる映画だ。

ストーリーは、
家族の病状が悪化し、
延命治療のない穏やかな最期を望んで在宅介護を望んだものの、
選んだ医師に「技量」がなく、とんでもない最期となる。
その在宅医が後悔の念にかられ、真の在宅医へと成長していく物語。
主演の柄本佑が、いい味を出している。

自分らしい最期を考えたい人には、観てほしい映画だと思う。
在宅医の技量の差は、
痛みを取る「緩和医療」や「過剰な治療をしない終末期」に大きく影響する。
医者選びがどれだけ大切かが伝わってくるのだ。

長尾和宏氏は、尼崎市の超安売りスーパー玉出の隣に建つ長尾クリニック院長。
開業以来、在宅医療に力を入れ、26年間で約1500人もを看取ってきた。

「終末期が穏やかなら、穏やかな最期につながる」と、
穏やかな看取り、つまり「平穏死」を提唱する医師である。
しかし、この平穏死をどれだけ主張しても、大病院の医師らには見向きもされなかった。
それが今回、高橋伴明監督によって映画化となった。

同時に公開となるドキュメンタリー「けったいな町医者」を観れば、
どちらが真実か明確になるだろう。
長尾医師は終末期の人々や不安を抱える家族に、分け隔てなく温かい笑顔で寄り添うのだ。
聴診器よりも、普段着のかけ声やふれあいで患者と接していく。
また、往診先の各家庭の着飾らない味わい深い光景。
多くの人たちは「こんな医者が本当にいるの?」と思うに違いない。

実は、長尾医師との共著がある。
本をまとめるにあったて往診に同行したことがあった。

医者の往診といえば、大抵は白衣で仰々しい。
ところが、長尾氏は正面の玄関ではなく、ベランダ側から「来たで! 長尾やで!」と入っていくような医者なのだ。
病気を診るだけでなく、その人の暮らしや介護する家族の生活まで診てアドバイスする。
気難しそうな独居の老人とは、帰りに「また来るから元気でいときや」と数分ハグをしていた。
まさに町医者。

もうおばあちゃんが死にそうと、親戚中が集まっている家に同行した時、
「お母さん、来たで!」「生きてるか!」と長尾医師が大きな声をかけると、
おばあちゃんは「はい」と答えて、ご家族を驚かせた。
「まだ、死んだらあかんで!」とさらに声かけすると、しっかりうなずいたおばあちゃん。
長尾医師は「まだ今日、明日ではなさそうやなあ」と家族に伝えていた。
私は、これが本来の看取りの光景なのだと思った。

多くの病院では、今も終末期の人であれ、回復が見込めない人であれ、延命治療が続いているのだろう。
過剰な治療は、「最善を尽くしました」という医師の言葉で美化されがちだが、
実は本人を苦しめているとはあまり知られていない。
たとえば、
衰弱してからの過剰な点滴は、心臓や腎臓に負担をかけて本人は苦しくなる。
鼻腔チューブなどを使った栄養補給は、チューブが苦しいだけでなく、胃腸の負担になる。
脱水症状だからと点滴をすると却って苦しむことになる。
等など、長尾医師から教えられた。

もし自分だったらどうしたいか。
できるだけ自宅で過ごしたいと思うが、自分の力だけではどうしようもない時期は必ず来る。
その時のために、夫や娘たちとよく話し合っておかなければ。
そして、
近隣で長尾医師のような在宅医を探さなければ。
それが難題だ……。