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くりぃーむソ~ダ

気まぐれな日記だよ。

夢の彼方に(26)

2016-04-03 23:22:36 | 「夢の彼方に」
 サトルはうつぶせのまま、ろくに身動きもできないほど、ゴンドラの床に体を張りつかせていた。見えない重しを、どっかりと背中に乗せられているようだった。左手に持った教科書を、のしかかる強い圧力に耐えながら、顔の前まで持ってきた。トッピーが言ったとおり、目も開けていられないほど強い風が、ゴンドラの中にも吹きつけていた。教科書は今にも飛ばされてしまいそうなほど、ばたばたとページを羽ばたかせていた。もしもサトルが、教科書を持つ手を少しでもゆるめたなら、風がやすやすと奪い取っていくに違いなかった。そうすればもう二度と、飛行船を止める事など、できなくなってしまうはずだった。
「ダメかもしれないけど、やってみるよ……」サトルはぼそぼそと、なにやら小さな声で言葉を選ぶと、教科書に右手を置いて言った。
「管制塔を呼ぶと、トッピーがちゃんと空を飛べるように誘導してくれた――」
 しかし、教科書は何の反応も示さなかった。
 サトルは、もう一度言葉を考えて言った。
「管制塔を呼ぶと、どこからか声が聞こえて、迷走飛行しているトッピーが、ちゃんと普通に空を飛べるように誘導してくれた」
 すると、教科書が森の中と同じように金色に光り輝き、どこからか、ザザザッ……ザザザッ……という雑音に混じって、かすれたような声が聞こえてきた。
『もしもし、誰か私を呼んだ人はいますか――』
「もしもし!」と、サトルはどこからか聞こえてくる声に答えた。「もしもし、聞こえますか、どうぞ――」
『あー感度良好』と、声が言った。『君か、飛行船でこの世の果てまで飛んでいこうとしているのは? 危険だからすぐに止まりなさい。もう少しで空気のまったくない世界に入りこんでしまうぞ』
「だけど、どうすれば止まるのか、わからないんです――」
 サトルが言うと、トッピーも助けを求めるように言った。「止めてくれぇー」
『……その飛行船に舵はないのかね。それとも、あるけれど壊れてしまったのかね?』
「あっ、そうか……」サトルは思いつくと、教科書を手にして言った。
「飛行船の胴体に大きな翼とプロペラが現れ、サトルが乗っているゴンドラが、飛行船を操縦するコックピットに変わった」
 サトルが手に持った教科書が、再び金色に輝いた。明るい光が目をつぶっていてもまぶしいほど、ほとばしり出た。森の中で輝いた時よりも、光は長く輝き続け、気がつけば、背中からのしかかるようだった圧力が、うそのように消えて軽くなっていた。
「サトル、サトル……」と、金魚だった時のトッピーの声が聞こえてきた。
 うつぶせになっていた体を起こすと、それまでバスタブのようだった粗末なゴンドラが、見違えるほど立派に変わっていた。しっかりと丈夫な屋根がつき、窓には厚いガラスがはめこまれていた。凍えるような風もピシャリと遮られ、決して吹き抜けていくことはなかった。ゴンドラの前側には、大きな椅子が据えつけられ、びっしりと幾つもの計器が並ぶコックピットになっていた。
「トッピー、聞こえますか、どうぞ……」サトルは飛び乗るように椅子に腰を下ろすと、シートベルトをつけながら言った。
「もしもし、ちゃんと聞こえてるよ  。管制塔とかコックピットとか、よくわからないけど、どうやらサトルのおかげで、自由に動かせる翼が生えたみたいだ。もうちゃんと目も開けていられるよ」と、うれしそうなトッピーの声が、計器と一緒に並んでいるスピーカーから聞こえてきた。「ほんと、声の人が言ってたとおりだったな。あのままもう少し飛んでいたら、きっと星を追い越していっちゃうところだったよ」
「よかった」と、サトルはうれしそうに言った。「管制塔、管制塔、こちらトッピーの飛行船。ぼく達はどちらに向かって飛べばいいでしょうか、安全なところまで誘導願います。どうぞ――」
『了解――』と、スピーカーから男の人の声が聞こえた。『今、風の便りで確認した。どうやら、この世の果てに行く危険は回避されたようだ。これから、安全な場所へ君達を誘導する。申し遅れたが、私は、世界中の風を研究している者だ。誰が言い始めたかは知らないが、私のことをみんなは風博士と呼んでいる。君は、別のどこかの世界から来たサトル君だね……』
「えっ」と、サトルは操縦桿を握りながら言った。「どうして、ぼくの名前を知ってるの」
『風にウソはつけないのさ。君を、さっそく私の研究室に招待するよ。私が誘導するとおり、操縦してくれるかな――』
「はい――」と、サトルは大きくうなずいた。
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夢の彼方に(25)

2016-04-03 23:21:14 | 「夢の彼方に」
「トッピーは糸から離れると、蜘蛛人間の手が絶対に届かない遠くの空へ、光のような早さで飛んでいった――」
 だが本は、やはりどんな反応も示さなかった。
「どうしちゃったんだよ、サトル。宿屋じゃ、ちゃんと使えたじゃないか……」と、トッピーが震える声で言った。「そうだ! どうやって糸から離れるか、ちゃんと説明してやらなきゃだめなのかもしれない。まったくマジリックの奴ったら、肝心な時に使えない魔法ばっかりなんだから……」
 サトルはこくりとうなずくと、目をつぶって気持ちを落ち着かせ、しっかりと考えてから、大きな声で言い直した。
「トッピーの体が地震のように大きく揺れると、ネバネバと絡みつく糸をすべて断ち切って、襲いかかる蜘蛛人間達の手が届かない遙か遠くの空に向かって、目も眩むほどの早さで飛んでいった」
 ゴンドラががくん、と大きく左右に揺れた。高波に乗り上げた船のようだった。蜘蛛の姿をした人間達が、サトルの声を聞きつけ、獲物を狩りにやってきたのだった。
 黒い毛で覆われた足が、のっそりと、ゴンドラの縁に鋭い爪をかけた。何本もの足が、ゴンドラのあちらこちらから足を伸ばし始めた。ロウソクのように白い顔が、口を大きく開け、先の鋭い杭のような牙を剥き出しにしながら、真っ赤な目をぎろりとさせて中をのぞきこんだ。
 ――サトルが短い物語を言い終えるが早いか、それまで何の変化も示さなかった本が、ページの間という間から、目も眩むほどの金色の光を、泉の水がこんこんと湧き出すように溢れさせた。
 いまにもサトルに飛びかかろうとしていた蜘蛛人間達は、”物語をかなえる本”がほとばしらせた眩しい光で目を焼かれ、ゴンドラにかけていた足を離して、散り散りに逃げていった。
「あっ」と、トッピーが声を上げると、サトルが教科書に言ったとおり、飛行船の体が地震を起こしたように大きく左右に揺れ始めた。見えない糸を伝って、トッピーをぐるぐる巻きにしていた蜘蛛人間達は、不意に足場を失い、バラバラと、雪崩を打ったように次々と森の下に落ちていった。
「やった!」サトルは右手の拳をぎゅっと握ると、胸の前で小さく構えた。
 しかし、サトルが喜んだのもつかの間、体がゴンドラの床にぴったりと張りつけられるほど、トッピーの飛行船が急速に空へ舞い上がった。竜巻のようにぐるぐると回転しながら、大空を行方も知れず突き進んでいった。強い力に逆らって、無理に立ち上がろうとすれば、どこかにしっかりとしがみついていない限り、簡単に振り落とされてしまいそうだった。
「苦しいよ、トッピー。どこまで飛んでいくの――」と、サトルは床にうつぶせになりながら、かすれたような声で言った。
「どこまで飛んでいくかなんて、ぜんぜんわからないよ」と、トッピーが不安そうに言った。「それにあんまり風が強すぎて、目なんてほとんど開けられないんだ。今どこを飛んでいるかなんて、まったくわからないよ。もしかすると、このまま世界の果てまで飛ん行くんじゃないだろうか……」
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夢の彼方に(24)

2016-04-03 23:20:15 | 「夢の彼方に」
 目を凝らしてよく見ると、風に揺れる葉の間から、時折ちらりと差しこむ日差しによって、何本もの細い線が、くっきりと照らし出された。透き通った細い糸が、森の木々の間に網を張り巡らせるように仕掛けられていた。獲物がかかるのを、今か今かと待っているようだった。トッピーは、見えない糸で編まれた網に頭から突っこんで、身動きが取れなくなってしまっていた。
「あっ――」と、サトルは息をのんだ。
 木の枝に絡まったロープを伝って、飛行船に登ってこようとしていた黒い蜘蛛のような姿の人間が、森の木の影から現れた。
 蜘蛛の姿をした人間は、飛行船を絡め取った糸を伝って、ゆっくりとこちらに向かって進んで来た。ひとつだけではなかった。あちらの木からもこちらの木からも、見渡す限り広がっている周囲の木々の影から、ひとつ、またひとつと、見えない糸を伝って、次々と飛行船を目指して進んできた。
「サトル、どうなってるんだ、教えてくれよ。なんだか、体がむずむずするんだ……」と、トッピーが震えるような声で言った。
 蜘蛛の姿をした人間達は、飛行船のぐるりに集まってきた。見えない糸の上で一度動きを止めると、それぞれの口から、ネバネバする糸を吐きだした。そして、お互い協力し合いながら、トッピーが身動きできないように糸を架け、体をぐるぐる巻にしていった。
「いいかい、トッピー――」と、サトルが気持ちを落ち着かせるように言った。「蜘蛛みたいな人間達が、見えない糸でぼく達をぐるぐる巻にしようとしてるんだ」
「ヒッ……」と、トッピーが悲鳴のような声を上げた。
 サトルが心配してトッピーを見上げると、ゴンドラの真上に茂っている木の枝から、きらりと光る細い糸を延ばして、蜘蛛の姿をした人間が、スルスルと下に降りてくるのが見えた。いち早く気づいたサトルは、急いでゴンドラの中に身を伏せた。蜘蛛の姿をした人間は、息を潜めているサトルに気がつくことなく、カチカチと、歯ぎしりをするような耳障りな音を鳴らして、ゴンドラの横をするりと通り過ぎていった。
「サトル、オレ達これから、どうなっちゃうんだろう……」トッピーの声は、あきらかにおびえていた。「お願いだよサトル、なんとか脱出しなきゃ……」
 と、サトルはゴンドラの中でうつぶせになったまま、ランドセルを手に取ると、蓋を開けて教科書を取り出した。マジリックが魔法でタネを仕掛けた教科書は、まだ”物語をかなえる本”であるはずだった。希望の町の宿屋では、サトルがイメージしたとおりの自動販売機を出すことができた。だとすればきっと、蜘蛛の姿をした人間達の罠から、サトルが思ったとおりに脱出することができるはずだった。
「ようし――」と、サトルは教科書を左手に持つと、表紙に右手を乗せ、思い浮かんだ言葉を大きな声で叫んだ。
「トッピーは糸から離れると、蜘蛛人間の手の届かない遠い空に飛んでいく――」
 しかし、息を詰めて待っても、本はピクリとも反応しなかった。
 カチカチ、と歯ぎしりに似た音が、いくつも近づいてきた。蜘蛛の姿をした人間達が、サトルの声を聞きつけて、ゴンドラの様子をうかがいに来ているようだった。
 サトルは手に汗をかきながら、すぐにもう一度同じような言葉を、前よりももっと大きな声で叫んだ。
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夢の彼方に(23)

2016-04-03 23:19:07 | 「夢の彼方に」
 黒い塊が、みるみる近づいてくると、サトルにも、毛むくじゃらの黒い塊が、蜘蛛に似た、けれどまったく違う生き物なのがわかった。毛で覆われた体の前には、肌がロウソクのように白い男の人の顔が、真っ直ぐこちらを向いて付いていた。見ると、顎まで裂けているような大きな口からは、杭の先のような鋭い牙がびっしりと生え、白目のない、ぎょろりと見開かれた目は、炉で熱せられた鉄のように真っ赤だった。火にかけられたやかんが、フゥーッと激しく湯気を噴くような息吹が、ロープを通じて、サトルの手にしびれるほど強く伝わって来た。
「はやくっ!」と、トッピーが叫んだ。
 歯を食いしばってロープを引っ張っていたサトルは、不意に軽くなったロープごと、ゴンドラの後ろにひっくり返った。絡まっていたロープが、するり、と木の枝からはずれた。自由になった飛行船が、ふわりと空に浮かび上がった。ロープを登っていた蜘蛛のような姿の人間は、キラリと光る糸を口から宙に吐き散らしながら、深い森の中へ、長い手足を縮めたまま、黒い塊となって落ちていった。
「よかった、ロープがはずれた……」サトルは、ロープをつかんだまま起きあがると、下に垂れ下がっているロープを両手で勢いよくたぐり寄せた。
 しかし、ほっと胸をなで下ろしたのもつかの間、ふわりと空高く舞い上がるはずの飛行船が、なぜか空へは上らず、木々が茂った森の上を、そのままゆらゆらと、強い磁力で引きつけられるように飛び始めた。
「どうしたの、トッピー……」と、サトルが心配そうに言った。「このままじゃ、森の中に落ちていっちゃうよ」
「無理なんだ」と、トッピーが困ったように言った。「この体じゃ、翼もヒレも硬くって、飛び上がりたくても、思い通りに動かせないんだよ。もっと強い風が下から吹いてくれなきゃ、これ以上高く浮かび上がるなんて、とってもできそうにないよ……」
飛行船は、だんだんと高度を落としていった。深い森に吸い寄せられているかのようだった。幹周りの太い、大昔から森に生えているような大木の間を、何度となくぶつかりそうになりながら、奥へ奥へと、かろうじて縫うように進んでいった。
 トッピーが、悲鳴のような声を漏らした。
「ウッ、ワワワ……」
 と、がくん、とも、ぶよよんともつかない、なにか柔らかい物に絡め取られたような衝撃を感じて、飛行船が止まった。ゴンドラが、飛行船が飛んでいた勢いのまま、大きく前後に揺れ動いた。
「どうしたの!」と、サトルは言いながら、揺れるゴンドラから身を乗り出して、飛行船の前の様子をうかがった。
「わからない。なにかが体中にまとわりついて、動けなくなっちまった――」と、トッピーがべそをかいたように答えた。「どうしたのか確かめたいけど、ネバネバする物が顔にべっとりとくっついて、目を開けたくても開けられないんだ」
 一見すると、飛行船はぽつりと森の中に浮かんだまま、木々に囲まれて風が吹くのを待っているかのようだった。しかし、先ほどから飛行船を進めていた弱い風は、けっして止んではいなかった。むしろ森の木々に茂った濃い緑色の葉を、ひらひらと翻らせるほど、強く吹いていた。
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夢の彼方に(22)

2016-04-03 23:18:04 | 「夢の彼方に」
 サトルは、ロープを片手でつかんでゴンドラから身を乗り出すと、トッピーの顔を見上げながら、大きな声で言った。
「トッピー、大丈夫かい――」
 サトルが言うと、がたがたと震えるような揺れが強くなった。
「どうかしたの、トッピー」と、サトルはもう一度大きな声で言った。「まだしゃべれないのかい。――ぼくの声、聞こえてる?」
 ぼんやりと、聞き取りにくい間延びした声が、震えるように言った。
「は、早く逃げなきゃ……」
 サトルは、えっ? と小首をかしげた。
「ここは、もしかすると、”人間の土地”だ――」トッピーの声は、明らかに震えていた。
「えっ?」と、サトルは聞き返した。「人間の、土地……」
「ああ、人間の土地さ」と、トッピーが言った。「オレも、聞いたことがあるだけなんだ。奇妙な姿の人間達が、うじゃうじゃいる場所らしい――」
「よかった――」と、サトルは胸をなで下ろしたように言った。「話せば、きっと助けてもらえるかもしれないよ」
「そんなこと、できやしないさ」と、トッピーがあわてて打ち消すように言った。「なぜって、その土地に住む恐ろしい人間達は、町の人間とは違って、言葉なんか持っちゃいないって話だ。いつの頃からか、人間以外の動物がいなくなって、生き残るためにいろいろな生き物を模した姿に変わったらしい。もしもそんな連中に見つかったら――」
 と、飛行船の下、ロープが絡まった木の影から、黒い毛で覆われた蜘蛛のような生き物が、静かに姿を現した。そろそろと音も立てず、木の枝に絡まったロープに長い足をかけ、ゆるゆると、飛行船に向かって登り始めた。器用に動く八本の足は、いずれも黒く硬そうな毛で覆われ、足の先には、鋭い針のような爪が伸びていた。進む足の後ろから、すぐにまた別の足を伸ばし、繰り返し歩を進めて、氷の上を滑るように近づいてきた。
「おろろ……」と、トッピーがぞくぞくっと鳥肌を立てるような声を出した。
「どうしたの」と、サトルが言い終わるが早いか、
「下を見ろ、早くロープを外してくれ! 感じるんだ。もぞもぞした物が、こっちに向かってきてる――」
 と、硬い飛行船の体をぶるぶると左右に震わせながら、トッピーが泡を食ったように叫んだ。
 サトルが急いでゴンドラの下をのぞくと、先ほどまでなかった黒くこんもりとした塊が、木の枝に絡まったロープを伝って、こちらに近づいて来るのが見えた。
「なんだろう、あれ――」サトルは言いながら、ゴンドラから身を乗り出すと、木の枝に絡んだロープに手を伸ばした。サトルは、両手でしっかりとロープをつかむと、ゴンドラの縁に足をかけ、綱引きをするように「うんしょ……」と後ろに体重をかけながら、力いっぱい引っ張り上げた。
 引っ張られたロープが、しなる木の枝に引き戻され、縄跳びのようにブルンブルンと回り始めた。ロープの動きを感じて、黒い塊が振り落とされまいと、はたと動きを止めた。
 しかし、サトルに目一杯揺すられたロープが、絡まった枝から今にもはずれそうになると、黒い塊は、血相を変えたように足早にロープを登り始めた。
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夢の彼方に(21)

2016-04-03 23:16:21 | 「夢の彼方に」
 濃く、厚く立ちこめていた靄は、夜明けと共にすっかり風に押し流され、はるか彼方の空へ、跡形もなく姿を消してしまっていた。
 サトルは、ズボンの後ろを払いながら立ち上がると、ゴンドラの縁に手をかけ、恐る恐る外を眺めた。夜の闇に包まれた空では、地上の光は星のように小さく、遠くで瞬くともし火にしか見えなかった。空高く飛んでいる怖さは、それほど感じなかった。しかし、まぶしい光があふれる空では、地上にあるものすべてが、澄んだ空気のもとに隅々まで姿を現していた。飛行船とロープで繋がっているゴンドラが、急に頼りなく思えてきた。揺れているわけではないが、足に必要以上の力が入った。優しく頬をねぶっていく暖かな風も、首筋の弱い部分をいたずらにくすぐって、今にも落ちそうだよ、と耳元でからかっているようだった。
 うっそうとした森が、地平線の遙か向こうまで、見渡す限り広がっていた。テレビの番組でしか、同じような光景は見たことがなかった。「うわー」と、思わず声が漏れてしまった。見とれてしまうほど、雄大な景色だった。
 サトルは、ふとマジリックのことが気になった。青い鎧を身につけた不気味な騎士に襲われ、はたして無事でいるのだろうか――。
 とっさの機転で、マジリックはトッピーと金魚鉢を飛行船に変え、サトルと共に空へ逃がした。しかし、階下に落ちた青騎士が、剣を手にして再び部屋に現れると、マジリックはたった一人残って、勇敢に立ち向かっていった。勝負の行方はどうなったのか、遠く離れてしまったサトルには、知るよしもなかった。サトルは、青騎士と戦ったマジリックを思い出して、彼が強い勇気を持った本物の魔法使いだったと、今は心から信じる事ができた。
 けれど、どうして自分達が青騎士に襲われたのだろうか? サトルは疑問に思った。マジリックに剣を振り下ろしてから、青騎士は自分の方に向かってきた。トッピーが泳いでいる金魚鉢を抱えていたとはいえ、おそらく青騎士の狙いは、ぼくだったに違いない……。でもどうしてなのか? サトルには、思い当たることが何もなかった。自分の住んでいた町から遠く離れ、おとぎ話に出てくるような人達が暮らす見知らぬ場所で、元の町に帰らせてもらえるという”ねむり王様の城”を目指して、旅をしている途中だった。
 ひゅうるるー、とにわかに吹いた風が、飛行船を揺らした。
 飛行船は、空高く舞い上がることなく、ただゆったりと、振り子のように前後に漂うだけだった。
 サトルは、ゴンドラの縁から身を乗り出すと、恐る恐る下をのぞきこんだ。飛行船から伸びた一本のロープが、遙か下に見える太い木の枝に絡まっていた。
「よかった」と、サトルはほっと息をついた。「ここがどこだかわからないけど、とにかく助かったみたいだ……」
 飛行船は、時折吹きつける弱い風にあおられ、同じ場所に浮かんだまま、ゆっくりと、飛び上がることなく漂っていた。しかし、風の揺れとはあきらかに違う、ぶるぶると、震えるような小刻みな揺れが、ゴンドラの縁に手をかけているサトルに伝わってきた。
(どうしたんだろう……)サトルは自分の膝に手を当てて、震えていないのを確かめると、揺れを感じる箇所にひたひたと手を当てながら、原因を探していった。すると、飛行船とゴンドラとをつなぐロープを通じて、揺れが伝わってくるのがわかった。
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夢の彼方に(20)

2016-04-03 23:15:21 | 「夢の彼方に」
         4
 トッピーの飛行船は、風の流れに乗ってどんどん高く舞い上がっていった。
「トッピー、どうにかならないの」と、サトルは吹きつける風に目を細めながら、ゴンドラと飛行船をつないでいる太いロープをつかみながら言った。
「無理だよ……」と、トッピーが間延びしたような声で答えた。「この体のヒレは硬くって、思うように動かせないんだ」
 飛行船はどんどん流され、厚く立ちこめた靄の中を進むと、それまでぼんやりと眼下に見え隠れしていた町の灯りも、まったく見えなくなってしまった。
「だんだん寒くなってきたけど、何か見える?」と、サトルは自分を抱きしめるように腕を組むと、あごをがくがく振るわせながら聞いた。
「こっちも……ぜんぜん……見えないよ」と、トッピーが途切れ途切れに答えた。「それに……だんだん……寒く、なってくる。口が……ぜんぜん……動かなくなって、きちゃった――」
「トッピー、大丈夫――」と、サトルは大きな声で叫んだ。しかし何度呼びかけても、トッピーはそれきり、ひと言もしゃべらなくなってしまった。
 サトルは寒さをこらえようと、ゴンドラの隅に腰を下ろした。深く背中をあずけると、ぎゅっと膝を抱えた。体を低くすると、ゴンドラで風が遮られ、それだけでも凍えるほどの寒さは感じなくなった。ひゅうるるー、とかすれたような風の音が、止むことなく聞こえていた。
 飛行船は、暗闇の中をどんどん進んでいった。ゴンドラが不意に揺れると、その度に心臓が口から飛び出しそうなほど恐くなったが、慣れてくると、左右の揺れも心地よく感じられるようになった。するといつの間にか、サトルは思わずうとうとと、目を閉じてこっくりと眠ってしまった……。

 ――ガクン。

 トッピーの飛行船が、大きく揺れて止まった。ゆるりとした反動で、後ろ向きに戻り始めた。がくん、と再び大きな揺れを感じると、また引っ張られるように前に進んだ。飛行船は何度も前後に行きつ戻りつしながら、振り子のように動いていた。やがて動きが小さく、次第に揺れを感じなくなると、ぴたりと動かなくなった。
 サトルは、飛行船ががくん、と何かに引っかかったような動きを感じて、はっと目を覚ました。
 日差しが、まぶしかった。風が、ほとんど止んでいるのがわかった。バスタブのような狭いゴンドラと、飛行船の胴体をつないでいるたくさんのロープが、真夜中とは違う、暖かな微風を受けて、ギュッギュッと小気味のいい音を立てて軋んでいた。
「止まった、みたい……」サトルは眠い目をこすりつつ、座ったまま、「んー」と大きく腕を上げて背伸びをした。
 見上げると、柔らかそうな白い雲が、青々とした空にもくもくと隊列を組んでいた。目を細めずにはいられないほどまぶしい朝日が、空の一番高いところを目指して、見えない軌道を昇り始めていた。
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よもよも

2016-04-03 06:05:21 | Weblog
なんとも、

札幌風が強くって、

ホコリやら花粉やらゴミやら土やらどら猫やら、

どら猫はウソだけど

風に舞って鼻も目もグスングスン。。

つらいわぁ。

4月に入ったせいと思うけど、

引っ越しトラックやら

荷物を降ろしているトラックをあちこちで見た。。

いろんな人達が新しくスタートする時期なんだよね、

そんな人達街で見かけると、

こっちも背筋の伸びる思いで緊張します。
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