サトルはうつぶせのまま、ろくに身動きもできないほど、ゴンドラの床に体を張りつかせていた。見えない重しを、どっかりと背中に乗せられているようだった。左手に持った教科書を、のしかかる強い圧力に耐えながら、顔の前まで持ってきた。トッピーが言ったとおり、目も開けていられないほど強い風が、ゴンドラの中にも吹きつけていた。教科書は今にも飛ばされてしまいそうなほど、ばたばたとページを羽ばたかせていた。もしもサトルが、教科書を持つ手を少しでもゆるめたなら、風がやすやすと奪い取っていくに違いなかった。そうすればもう二度と、飛行船を止める事など、できなくなってしまうはずだった。
「ダメかもしれないけど、やってみるよ……」サトルはぼそぼそと、なにやら小さな声で言葉を選ぶと、教科書に右手を置いて言った。
「管制塔を呼ぶと、トッピーがちゃんと空を飛べるように誘導してくれた――」
しかし、教科書は何の反応も示さなかった。
サトルは、もう一度言葉を考えて言った。
「管制塔を呼ぶと、どこからか声が聞こえて、迷走飛行しているトッピーが、ちゃんと普通に空を飛べるように誘導してくれた」
すると、教科書が森の中と同じように金色に光り輝き、どこからか、ザザザッ……ザザザッ……という雑音に混じって、かすれたような声が聞こえてきた。
『もしもし、誰か私を呼んだ人はいますか――』
「もしもし!」と、サトルはどこからか聞こえてくる声に答えた。「もしもし、聞こえますか、どうぞ――」
『あー感度良好』と、声が言った。『君か、飛行船でこの世の果てまで飛んでいこうとしているのは? 危険だからすぐに止まりなさい。もう少しで空気のまったくない世界に入りこんでしまうぞ』
「だけど、どうすれば止まるのか、わからないんです――」
サトルが言うと、トッピーも助けを求めるように言った。「止めてくれぇー」
『……その飛行船に舵はないのかね。それとも、あるけれど壊れてしまったのかね?』
「あっ、そうか……」サトルは思いつくと、教科書を手にして言った。
「飛行船の胴体に大きな翼とプロペラが現れ、サトルが乗っているゴンドラが、飛行船を操縦するコックピットに変わった」
サトルが手に持った教科書が、再び金色に輝いた。明るい光が目をつぶっていてもまぶしいほど、ほとばしり出た。森の中で輝いた時よりも、光は長く輝き続け、気がつけば、背中からのしかかるようだった圧力が、うそのように消えて軽くなっていた。
「サトル、サトル……」と、金魚だった時のトッピーの声が聞こえてきた。
うつぶせになっていた体を起こすと、それまでバスタブのようだった粗末なゴンドラが、見違えるほど立派に変わっていた。しっかりと丈夫な屋根がつき、窓には厚いガラスがはめこまれていた。凍えるような風もピシャリと遮られ、決して吹き抜けていくことはなかった。ゴンドラの前側には、大きな椅子が据えつけられ、びっしりと幾つもの計器が並ぶコックピットになっていた。
「トッピー、聞こえますか、どうぞ……」サトルは飛び乗るように椅子に腰を下ろすと、シートベルトをつけながら言った。
「もしもし、ちゃんと聞こえてるよ 。管制塔とかコックピットとか、よくわからないけど、どうやらサトルのおかげで、自由に動かせる翼が生えたみたいだ。もうちゃんと目も開けていられるよ」と、うれしそうなトッピーの声が、計器と一緒に並んでいるスピーカーから聞こえてきた。「ほんと、声の人が言ってたとおりだったな。あのままもう少し飛んでいたら、きっと星を追い越していっちゃうところだったよ」
「よかった」と、サトルはうれしそうに言った。「管制塔、管制塔、こちらトッピーの飛行船。ぼく達はどちらに向かって飛べばいいでしょうか、安全なところまで誘導願います。どうぞ――」
『了解――』と、スピーカーから男の人の声が聞こえた。『今、風の便りで確認した。どうやら、この世の果てに行く危険は回避されたようだ。これから、安全な場所へ君達を誘導する。申し遅れたが、私は、世界中の風を研究している者だ。誰が言い始めたかは知らないが、私のことをみんなは風博士と呼んでいる。君は、別のどこかの世界から来たサトル君だね……』
「えっ」と、サトルは操縦桿を握りながら言った。「どうして、ぼくの名前を知ってるの」
『風にウソはつけないのさ。君を、さっそく私の研究室に招待するよ。私が誘導するとおり、操縦してくれるかな――』
「はい――」と、サトルは大きくうなずいた。
「ダメかもしれないけど、やってみるよ……」サトルはぼそぼそと、なにやら小さな声で言葉を選ぶと、教科書に右手を置いて言った。
「管制塔を呼ぶと、トッピーがちゃんと空を飛べるように誘導してくれた――」
しかし、教科書は何の反応も示さなかった。
サトルは、もう一度言葉を考えて言った。
「管制塔を呼ぶと、どこからか声が聞こえて、迷走飛行しているトッピーが、ちゃんと普通に空を飛べるように誘導してくれた」
すると、教科書が森の中と同じように金色に光り輝き、どこからか、ザザザッ……ザザザッ……という雑音に混じって、かすれたような声が聞こえてきた。
『もしもし、誰か私を呼んだ人はいますか――』
「もしもし!」と、サトルはどこからか聞こえてくる声に答えた。「もしもし、聞こえますか、どうぞ――」
『あー感度良好』と、声が言った。『君か、飛行船でこの世の果てまで飛んでいこうとしているのは? 危険だからすぐに止まりなさい。もう少しで空気のまったくない世界に入りこんでしまうぞ』
「だけど、どうすれば止まるのか、わからないんです――」
サトルが言うと、トッピーも助けを求めるように言った。「止めてくれぇー」
『……その飛行船に舵はないのかね。それとも、あるけれど壊れてしまったのかね?』
「あっ、そうか……」サトルは思いつくと、教科書を手にして言った。
「飛行船の胴体に大きな翼とプロペラが現れ、サトルが乗っているゴンドラが、飛行船を操縦するコックピットに変わった」
サトルが手に持った教科書が、再び金色に輝いた。明るい光が目をつぶっていてもまぶしいほど、ほとばしり出た。森の中で輝いた時よりも、光は長く輝き続け、気がつけば、背中からのしかかるようだった圧力が、うそのように消えて軽くなっていた。
「サトル、サトル……」と、金魚だった時のトッピーの声が聞こえてきた。
うつぶせになっていた体を起こすと、それまでバスタブのようだった粗末なゴンドラが、見違えるほど立派に変わっていた。しっかりと丈夫な屋根がつき、窓には厚いガラスがはめこまれていた。凍えるような風もピシャリと遮られ、決して吹き抜けていくことはなかった。ゴンドラの前側には、大きな椅子が据えつけられ、びっしりと幾つもの計器が並ぶコックピットになっていた。
「トッピー、聞こえますか、どうぞ……」サトルは飛び乗るように椅子に腰を下ろすと、シートベルトをつけながら言った。
「もしもし、ちゃんと聞こえてるよ 。管制塔とかコックピットとか、よくわからないけど、どうやらサトルのおかげで、自由に動かせる翼が生えたみたいだ。もうちゃんと目も開けていられるよ」と、うれしそうなトッピーの声が、計器と一緒に並んでいるスピーカーから聞こえてきた。「ほんと、声の人が言ってたとおりだったな。あのままもう少し飛んでいたら、きっと星を追い越していっちゃうところだったよ」
「よかった」と、サトルはうれしそうに言った。「管制塔、管制塔、こちらトッピーの飛行船。ぼく達はどちらに向かって飛べばいいでしょうか、安全なところまで誘導願います。どうぞ――」
『了解――』と、スピーカーから男の人の声が聞こえた。『今、風の便りで確認した。どうやら、この世の果てに行く危険は回避されたようだ。これから、安全な場所へ君達を誘導する。申し遅れたが、私は、世界中の風を研究している者だ。誰が言い始めたかは知らないが、私のことをみんなは風博士と呼んでいる。君は、別のどこかの世界から来たサトル君だね……』
「えっ」と、サトルは操縦桿を握りながら言った。「どうして、ぼくの名前を知ってるの」
『風にウソはつけないのさ。君を、さっそく私の研究室に招待するよ。私が誘導するとおり、操縦してくれるかな――』
「はい――」と、サトルは大きくうなずいた。