又三郎は目を凝らし、暗い湖面の変化に注意を払っていた。
物語をかなえる本を手にしたサトルは、無言のまま言葉を綴ると、大きな声で言った。
「ボートの後ろに力の強いエンジン付きのスクリューが現れると、波を蹴立てて、避難所まで一気に湖を走り抜けた」
物語をかなえる本が、金色にまぶしく光り始めた。溢れ出すように迸る光は、ボートの周りだけを昼間のように明るく浮かび上がらせた。
「危ない! 本を捨てるんだ――」振り返った又三郎が、大きな声で叫んだ。
あっけにとられたサトルは、まぶしく光る本を手にしたまま、凍りついたように動かなかった。
ザッパ―――
水中から、青騎士が再び姿を現した。又三郎が、鋼鉄の棒を手にして、サトルに走り寄った。しかし、激しく宙を蹴る馬の前足が、又三郎の行く手をはばんだ。本を持ったサトルめがけて、青騎士の槍が突き出された。
サトルの胸を、青騎士の槍が貫こうとした刹那、トッピーが金魚鉢ごと槍の切っ先に立ちふさがった。ドン、と金魚鉢が鈍い音を立てて砕け、中の水がトッピーもろとも四方に飛び散った。
狙いのはずれた槍は、まぶしく光る本を浅く貫いただけで、間一髪サトルに突き刺さることなく、青騎士とともに瑚中に没していった。
「トッピー!」サトルが、大きくうねる波に揺れるボートから、身を乗り出して叫んだ。
物語をかなえる本は、青騎士の槍に貫かれたとたん、まぶしく迸らせていた光を、プッツリと失った。ロウソクの炎が、ひと息に吹き消されたようだった。しかし、ブロロロ と振動する機械音が轟き、エンジン付きのスクリューが、ボートの後ろに現れた。
ボートは、水しぶきを上げながら、湖の上を跳ねるように走り始めた。
一気に速度を上げたボートは、ガクガクと不安定に揺れ、どこか手がかりにつかまっていなければ、簡単に振り落とされてしまいそうだった。
「ダメだ、これじゃ逃げられない」と、サトルの前でかがんでいる又三郎が言った。「同じ所をぐるぐる回っているだけです」
サトルは、吹きつける風の勢いに目を細めながら、振り返ってボートの後ろを見た。ブルブルと、力強く波を蹴立てているエンジンには、操作する舵棒がついていなかった。
「舵がない――」
サトルが前に向き直って言うと、黒目をぱっちりと見開いた又三郎が、「ナゴ……」と、牙を見せながら恨めしそうに短く鳴いた。
湖を覆っていた靄は、にわかに吹き始めた風にすっかり追い立てられ、少しばかり縁の欠けた月が、雲ひとつない夜空に怪しく輝き、ゆらゆらと波打つ湖面を照らしていた。
ドッグン……と、ボートが一瞬跳ねるように浮き上がり、船底を破って、なにかが突き出した。
ハッとして息をのむと、月明かりを鈍く反射している青騎士の槍が、サトルの目の前にそそり立っていた。
物語をかなえる本を手にしたサトルは、無言のまま言葉を綴ると、大きな声で言った。
「ボートの後ろに力の強いエンジン付きのスクリューが現れると、波を蹴立てて、避難所まで一気に湖を走り抜けた」
物語をかなえる本が、金色にまぶしく光り始めた。溢れ出すように迸る光は、ボートの周りだけを昼間のように明るく浮かび上がらせた。
「危ない! 本を捨てるんだ――」振り返った又三郎が、大きな声で叫んだ。
あっけにとられたサトルは、まぶしく光る本を手にしたまま、凍りついたように動かなかった。
ザッパ―――
水中から、青騎士が再び姿を現した。又三郎が、鋼鉄の棒を手にして、サトルに走り寄った。しかし、激しく宙を蹴る馬の前足が、又三郎の行く手をはばんだ。本を持ったサトルめがけて、青騎士の槍が突き出された。
サトルの胸を、青騎士の槍が貫こうとした刹那、トッピーが金魚鉢ごと槍の切っ先に立ちふさがった。ドン、と金魚鉢が鈍い音を立てて砕け、中の水がトッピーもろとも四方に飛び散った。
狙いのはずれた槍は、まぶしく光る本を浅く貫いただけで、間一髪サトルに突き刺さることなく、青騎士とともに瑚中に没していった。
「トッピー!」サトルが、大きくうねる波に揺れるボートから、身を乗り出して叫んだ。
物語をかなえる本は、青騎士の槍に貫かれたとたん、まぶしく迸らせていた光を、プッツリと失った。ロウソクの炎が、ひと息に吹き消されたようだった。しかし、ブロロロ と振動する機械音が轟き、エンジン付きのスクリューが、ボートの後ろに現れた。
ボートは、水しぶきを上げながら、湖の上を跳ねるように走り始めた。
一気に速度を上げたボートは、ガクガクと不安定に揺れ、どこか手がかりにつかまっていなければ、簡単に振り落とされてしまいそうだった。
「ダメだ、これじゃ逃げられない」と、サトルの前でかがんでいる又三郎が言った。「同じ所をぐるぐる回っているだけです」
サトルは、吹きつける風の勢いに目を細めながら、振り返ってボートの後ろを見た。ブルブルと、力強く波を蹴立てているエンジンには、操作する舵棒がついていなかった。
「舵がない――」
サトルが前に向き直って言うと、黒目をぱっちりと見開いた又三郎が、「ナゴ……」と、牙を見せながら恨めしそうに短く鳴いた。
湖を覆っていた靄は、にわかに吹き始めた風にすっかり追い立てられ、少しばかり縁の欠けた月が、雲ひとつない夜空に怪しく輝き、ゆらゆらと波打つ湖面を照らしていた。
ドッグン……と、ボートが一瞬跳ねるように浮き上がり、船底を破って、なにかが突き出した。
ハッとして息をのむと、月明かりを鈍く反射している青騎士の槍が、サトルの目の前にそそり立っていた。