くりぃーむソ~ダ

気まぐれな日記だよ。

夢の彼方に(64)

2016-04-11 23:59:25 | 「夢の彼方に」
 又三郎は目を凝らし、暗い湖面の変化に注意を払っていた。
 物語をかなえる本を手にしたサトルは、無言のまま言葉を綴ると、大きな声で言った。
「ボートの後ろに力の強いエンジン付きのスクリューが現れると、波を蹴立てて、避難所まで一気に湖を走り抜けた」
 物語をかなえる本が、金色にまぶしく光り始めた。溢れ出すように迸る光は、ボートの周りだけを昼間のように明るく浮かび上がらせた。
「危ない! 本を捨てるんだ――」振り返った又三郎が、大きな声で叫んだ。
 あっけにとられたサトルは、まぶしく光る本を手にしたまま、凍りついたように動かなかった。

 ザッパ―――

 水中から、青騎士が再び姿を現した。又三郎が、鋼鉄の棒を手にして、サトルに走り寄った。しかし、激しく宙を蹴る馬の前足が、又三郎の行く手をはばんだ。本を持ったサトルめがけて、青騎士の槍が突き出された。
 サトルの胸を、青騎士の槍が貫こうとした刹那、トッピーが金魚鉢ごと槍の切っ先に立ちふさがった。ドン、と金魚鉢が鈍い音を立てて砕け、中の水がトッピーもろとも四方に飛び散った。
 狙いのはずれた槍は、まぶしく光る本を浅く貫いただけで、間一髪サトルに突き刺さることなく、青騎士とともに瑚中に没していった。
「トッピー!」サトルが、大きくうねる波に揺れるボートから、身を乗り出して叫んだ。
 物語をかなえる本は、青騎士の槍に貫かれたとたん、まぶしく迸らせていた光を、プッツリと失った。ロウソクの炎が、ひと息に吹き消されたようだった。しかし、ブロロロ  と振動する機械音が轟き、エンジン付きのスクリューが、ボートの後ろに現れた。
 ボートは、水しぶきを上げながら、湖の上を跳ねるように走り始めた。
 一気に速度を上げたボートは、ガクガクと不安定に揺れ、どこか手がかりにつかまっていなければ、簡単に振り落とされてしまいそうだった。
「ダメだ、これじゃ逃げられない」と、サトルの前でかがんでいる又三郎が言った。「同じ所をぐるぐる回っているだけです」
 サトルは、吹きつける風の勢いに目を細めながら、振り返ってボートの後ろを見た。ブルブルと、力強く波を蹴立てているエンジンには、操作する舵棒がついていなかった。
「舵がない――」
 サトルが前に向き直って言うと、黒目をぱっちりと見開いた又三郎が、「ナゴ……」と、牙を見せながら恨めしそうに短く鳴いた。
 湖を覆っていた靄は、にわかに吹き始めた風にすっかり追い立てられ、少しばかり縁の欠けた月が、雲ひとつない夜空に怪しく輝き、ゆらゆらと波打つ湖面を照らしていた。
 ドッグン……と、ボートが一瞬跳ねるように浮き上がり、船底を破って、なにかが突き出した。
 ハッとして息をのむと、月明かりを鈍く反射している青騎士の槍が、サトルの目の前にそそり立っていた。
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夢の彼方に(63)

2016-04-11 23:58:40 | 「夢の彼方に」
 ひくっ、と又三郎の耳が動いた。
 ピンと伸びたヒゲを振るわせながら、又三郎がすっくと二本足で立ち上がった。
「なにか来る。気をつけて――」ボートの舳先に足をかけて立った又三郎が、振り向きながらサトルに言った。
 サトルは、頭を低くしながら、静かに息を潜めた。

 ザッパン―――

 湖の中から姿を現したのは、青騎士だった。滝のような水しぶきを上げ、乗っている馬ごと、水面に躍り出た。
 馬が前足を暴れさせながら、耳が壊れそうなほど甲高い金切り声で嘶いた。
 しっかりと手綱を持った青騎士は、長い槍を右手に大きく振りかぶり、サトルに突き立てようとしていた。
 舳先に立っていた又三郎が、青騎士に向かって駆け寄った。大きく払うように右手を振ると、その手には、角張った長い鉄の棒が握られていた。
 カチン、と鉄の打ち合う音が響くと、火傷しそうなほどまぶしい火花が、四方に飛び散った。
 サトルに突き出された槍を、又三郎が、鋼鉄のドン突き棒で受け止めたのだった。
 青騎士は、ズドンと大きなしぶきを上げながら、湖の中に沈んでいった。
 大きな波を受けたボートは、転覆しそうなほど左右に揺れると、そのまま動かなくなってしまった。
「くそっ、湖で襲ってくるなんて――」又三郎が、くやしそうにつぶやいた。
 サトルがボートから湖をのぞくと、青騎士の沈んだ場所から、ブクブクと泡が浮かんで弾け、ボートからスーッと遠ざかって見えなくなった。
「気をつけて、ヤツはまた襲ってきます……」又三郎は言うと、青騎士が姿を消した湖の奥に目を向けた。二本足で立ったまま、一方の端だけが鋭く尖っている鋼鉄の棒を両手に構え、身じろぎもしなかった。
 波が治まると、ボートがまた進み始めた。タプンタプンと、ボートを打つ波の音が聞こえていた。
「岸までもう少しの我慢です。窮屈でしょうが、なるべく頭を低くして、座っていてください。青騎士は、倒されるたびに強くなっていきます。見たところ、まだ水の中では自由に動けないようですが、次もまた同じように水中から襲ってくるとは限りません  」
 サトルは小さくうなずくと、トッピーの金魚鉢を抱えて、ボートの後ろに腰を下ろした。と、はっと思いつき、金魚鉢を置くと、背負っているランドセルを下に降ろして、中から物語をかなえる本を取り出した。
 トッピーが、「なにする気だよ……」と、不安な表情を浮かべて、サトルのそばにフワフワと浮かび上がった。
「いいこと考えたんだ」と、サトルは小声で、けれど力強く言った。「青騎士になんて、負けるもんか――」
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夢の彼方に(62)

2016-04-11 23:57:55 | 「夢の彼方に」
「大臣からお話は聞いております。私と同じ場所から、こちらにいらっしゃったそうですね。私のような者では役不足かもしれませんが、ぜひお供させて頂きます――」
 ニャン、と又三郎は深々と頭を下げると、そのまま手をついて柱のそばに下がり、眠そうにゴロリと横になった。
「――まぁ、あいつなら、オレの出る幕もないか」と、ガッチがサトルを見上げながら言った。「王様が戻るまで、無事でいろよ」
 サトルは、唇を固く結んで、大きくうなずいた。
 大臣がサトル達を連れてきたのは、城の地下にある船着き場だった。ゴツゴツとした石壁に覆われた船着き場は、天井も低く、ジメジメとしていて、狭い通路のようだった。どこからともなく落ちる滴が、あちらこちらで、ぽたりぽたりと競うように音を立てていた。
 薄暗闇の中、一艘のボートが止められているのが見えた。
 サトルがボートに乗りこむと、又三郎もちょこんと飛び乗ってきた。トッピーは食べられるのを怖がっているのか、又三郎が飛び跳ねても、決して手の届かないところに浮かびながら、ジッと不審な目を向けていた。
「又三郎、ちょっと待て――」と、船着き場に立っている大臣が、なにかを取り出しながら言った。「この世界に来て、青騎士と最後まで戦い抜いたおまえだ。いらぬお節介かもしれないが、これはわしの気持ちじゃ」
 大臣が広げたのは、透き通るほど薄い銀色のマントだった。
「お城の魔法使い達に術をかけてもらった”みかわしのマント”じゃ、くれぐれも、気をつけるのじゃぞ」
 二本足で立った又三郎は、大臣にマントをつけてもらうと、首周りが窮屈なのを気にしながら、小さくうなずくように一礼した。
「では、よろしく頼んだぞ」大臣がボートを押すと、サトル達が乗ったボートは、櫓を操る者がいないにもかかわらず、水の上を音もなく進んでいった。
 ボートが船着き場を離れると、又三郎は手を下ろし、猫の姿勢に戻った。長いしっぽを振りながら、舳先のそばに歩いていくと、ゴロリと眠そうに横になって、体を丸くした。
 湖に出ると、もうすっかり日が暮れていた。青い湖面は姿を消し、替わってミルクのように濃い靄が、辺り一面を白一色の世界に変えてしまっていた。厚い靄のカーテンを透して、おぼろな月明かりだけが、かろうじて湖面を照らしていた。
 さざ波が、サァーと小魚の群れのような波を立て、ボートを揺らして過ぎていった。これまでほとんど吹いていなかった風が、濃い靄を追い立てるように吹き始め、次第に強さを増していった。
 周りを覆っていた靄が、風に吹かれて徐々に薄くなっていった。ボートは、夜の色に黒く染まった湖の上を、滑るように進んでいた。
 サトルは、トッピーの金魚鉢を胸に抱えたまま、ボートの後ろに腰を下ろし、緊張した面持ちで、辺りに注意を払っていた。
「寒くなってきたな、サトル……」と、トッピーが震える声で言った。
「うん――」サトルは答えると、ボートの前で丸くなっている又三郎を見た。目をつぶって寝転がったまま、ほとんど動いていなかった。何度か声をかけようとしたが、ピリピリとした空気を感じ、声にならない言葉を飲みこんだ。
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夢の彼方に(61)

2016-04-11 23:57:04 | 「夢の彼方に」
「――いいか、落ち着いて、ワシの話をよく聞くのじゃ。ねむり王様が救出されるまで、夢の扉を使うことはできない。サトル君には我慢してもらわなければならないが、ガッチの言うとおり、このまま城にいても、兵士達が不在の中、襲ってくる青騎士から守ってあげることなど、とうていできはしないだろう。それにこのまま城にいたとして、もしも夢の扉が青騎士に壊されてしまうようなことがあれば、ねむり王様はおろか、救出に向かった多くの兵士達まで、二度と夢の中から戻ってこられなくなってしまう。そこでだ、ワシの考えじゃが、サトル君には、湖のそばにある避難所で、いったん身を潜めてもらおうと思う。要塞とまでは行かないが、万が一の時のため、城にも負けないくらい堅牢に造られた砦じゃ。食料もたんと蓄えておる。青騎士が襲ってきても、分厚い石積みの壁は、容易に壊せやしないだろうて」
「避難所に逃げるのはいいが、ただ隠れていたって、青騎士は止められないぜ――」と、ガッチが怒ったように言った。「誰かが一緒について行かなきゃ、守れるものも守れやしないさ」
「やれやれ……」と、パルム大臣がため息混じりに言った。「きかん気が強くて、力をもてあましておる小人には、どうにも手を焼かされるわい」
 大臣が夢の扉から離れて、出入口の方へ歩きながら言った。
「城には誰も兵士が残っておらぬと言ったが、まだおるじゃろうが、とっておきの者が――」
 と、ガッチが腕を組みながら「ふん」とつまらなさそうに鼻を鳴らした。
「青騎士からサトル君を守るため、城の者を一人守りにつかせることにした」と、大臣が振り返って言った。「しばらくの間、その者と共に湖のそばにある避難所に隠れていてほしい」
「もう来ておるはずなんじゃが……」と、大臣が広間の入り口に向かって、大きな声で呼んだ。「おい! 又三郎。又三郎はどこじゃ――」

 ニャー。

 聞こえたのは、猫の鳴き声だった。
「まったく、フラフラと正体のつかめんやつじゃ」大臣が困ったように言った。「さあ又三郎、出てくるんだ」
 ニャー、と鳴きながら、ちょこんとどこからともなく、猫が広間に現れた。
「来ておるのなら、さっさと姿をあらわさんか」と、大臣が小走りに戻ってきた。「猫の又三郎じゃ。これ、しっかりサトル君をお守りするんだぞ――」
 ニャー、と鳴いた猫は、黒い目の玉を細い皿のように立てながら、サトルに足音もなく近づき、品定めをするように顔を向けたまま、周りをぐるりと一回りした。
 又三郎と呼ばれた猫は、四肢の先が靴下を履いたように白く、体は灰色がかった虎縞模様で、見たところ、普通の猫と変わったところはどこにもなかった。猫の姿を見るなり、それまでジッとしていたトッピーが、フラフラと落ち着かなげに飛び始めた。
「こらっ、しっかりと挨拶せんか!」と、パフル大臣が言った。
 大臣に叱られた猫は、あわててサトルの前に来ると、人のように二本足で、スッと自然に立ち上がった。
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夢の彼方に(60)

2016-04-11 23:56:12 | 「夢の彼方に」
「これが、”夢の扉”じゃよ――」大臣が、扉を示しながら言った。
「へぇー、はじめて見るなぁ」と、トッピーが扉に近づいて言った。
 トッピーの後に続いて、サトルも小走りに扉に近づいた。四角い木の扉は、縁から少し内側に入って段差がつき、四角の中にまた四角があるようにくぼんでいた。装飾と呼べるものは、それしかなかった。いつ頃作られたのか、しぶい焦げ茶色に染まった扉は、長い時の流れを感じさせた。よく見ると、閉じられた扉の中から、床を這うように一本の赤いロープが延び、広間を横切って、そばの柱に結わえられていた。
「王様を捜索するために、城の兵士が山ほど扉の奥に行っておる。延びているロープは迷わないための備えじゃが、果てしがない夢の中、あまり役に立つとは言い難い。扉の奥では、兵士一人一人の技量と経験だけが便りなのじゃ。本来なら、サトル君をあの扉から帰してさしあげたいところじゃが、扉で行ける夢の世界はひとつだけ。ゆえに王様を見つけ出すまでは、なんとか我慢して欲しいのじゃ……」
 どう答えていいものか、サトルが戸惑っていると、大臣が言った。
「ねむり王様が無事に救出隊に保護されれば、あの銅鑼を叩いて、すぐにでも目を覚まさせることができるんじゃが――」
 大臣が見上げたところには、一見すると壁一面に描かれた壁画かと思うほど、巨大な銅鑼が据えられていた。丸い縁取りの中には、幾重にもとぐろを巻いて宙を舞う龍が彫刻されていた。両目は力強く見開かれ、黄色く光っていた。大きな口をカッと開け、鋭い牙を恐ろしげに剥き出していた。
「あー、もういつまで待たせる気だよ!」
 と、銅鑼の下で小さな影が動くと、赤い小人がちょこんと立ち上がった。
「こらガッチ、救出隊からいつ連絡が入るかわからんのじゃ、気を抜くんじゃない」
「わかってるよ。だけどこう暇じゃあな――」
「ガッチ?」と、サトルは嬉しそうに言った。
 小人が、背伸びをしながら言った。
「遅かったじゃないか――とはいっても、城がこのザマじゃ、帰るに帰れないけどな」
 ガッチはサトルに駆け寄ると、ちょこんと肩に飛び上がり、いたずらをするように耳を手でねぶった。
「元気そうだな、大臣からちょこちょこ話は聞いていたが、村であった時よりずいぶん逞しくなったみたいじゃないか」と、ガッチは体をよじってくすぐったがるサトルに言った。「これからはオレも一緒だ。怪力ガッチ様にかかりゃ、青騎士なんかに負けやしないさ」
「いい加減にせい、お調子者が!」と、パルム大臣が大きな声を上げた。片手を伸ばして、サトルの肩に乗っているガッチをつかまえようとしたが、ガッチは難なく大臣の手をよけ、ストンと広間の床に降り立った。
「オレが守らなきゃ、誰がサトルを青騎士から守ってやれるんだ……」と、ガッチが腰に両のこぶしをあて、小さな胸を張るように言った。「ねむり王の捜索にてんやわんやで、城の中はほとんど空っぽじゃないか。青騎士にひるまないで立ち向かえるヤツなんて、誰一人として残っちゃいないだろ」
「んむむ……」と、眉をひそめた大臣が、静かに話し始めた。
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夢の彼方に(59)

2016-04-11 23:55:24 | 「夢の彼方に」
「ほっほっ……この絵に描かれておる人物はな、ねむり王様の亡くなられたお父上、前ねむり王様じゃよ」と、パフル大臣が笑いながら言った。「わしも若い時分は、王様になにかとご心配をおかけしたもんじゃ。当時のことを思い出すと、この歳になってもまだ、恥ずかしさで顔が赤らんできてしまう。いつか恩返しをしなければと思っていたが、亡き王様に代わって、この私がねむり王様のお世話をまかされるとは、身に余る光栄であり、なんとも奇妙なご縁じゃ――」
 大臣は、ふと言葉を途切ると、申し訳なさそうに言った。
「サトル君と同じように、異世界からこの国に人が訪れるのは、そうめずらしいことではない。我々にはとうてい知るよしもないが、条件さえそろえば、双方の夢の通路がつながって、たやすく行き来ができるらしい。正式な記録が残っていないものも含めれば、かなりの人々が訪れておるだろう。君がどうしてドリーブランドに来ることになったのか、詳しい事情は、風博士の便りに記されておった。せっかく来たのだから、城の中だけではなく、にぎやかな城下町もぐるりと案内して、すぐにでも元の世界に戻してあげたいところじゃが、知ってのとおり、城も、ねむり王様がいまだに行方不明で、大騒ぎしておるのだよ」
「なんだよ、大臣」と、トッピーが生えていない牙を剥き出すように言った。「苦労してここまで来たってのに、元の世界に戻せないって言うのかよ」
「そうは言っておらん――」と、大臣は首を振った。「本来なら、すぐにでも元の世界に帰してさしあげるところだが、事情が事情なだけに、しばらく待っていてほしいのじゃ」
 こちらへ……、と先導する大臣の後ろを、サトルは小走りについていった。腹の虫がおさまらないといったトッピーは、宙に浮かんだまま、カンカンになってさんざん悪態をつくと、いつの間にか姿の見えなくなった二人の後を追いかけて、あわてて飛んでいった。
「我がねむり王様は、夢を見るのがお仕事でのう、起こして差し上げなければ、何日でも何年でも、目覚めることなく、深い眠りについておられるのだ。その時に見た夢が、そのままの形で外に現れて、この世界の平穏な生活を守っておるのだよ」
「夢って? ねむり王様が夢を見ると、それが本当になるんですか」
「そうなんじゃ。それが代々のねむり王様に伝わるお力でのう、わしの唯一の悩みでもあるのじゃ。国を思う夢なら良いのだが、いたずら好きのねむり王様は、なにかとあれば夢の中で自由にお遊びになられる。起きている間は、私のように口うるさいお目付役も、夢の中までは、そう簡単に手が出せないからのう。時には、別の夢につながるトンネルを安易に掘ってしまわれて、迷いに迷ったあげく、帰り道がわからなくなって、行方不明になってしまう騒ぎもたびたび起こされるのじゃ。ねむり王様がいなくなれば、この世界の均衡が崩れ、人々の勝手な夢があちらこちらで実体を持ち、国中が混乱してしまうだろう。歴代の王様には、これまで必要なかったのじゃが、ねむり王様が夢に迷わないよう、いつでも起こして差し上げられるように、大きな目覚まし時計を枕元に置き、さらに起床の曲を演奏する楽団も結成したのだが、いずれも力不足で、ねむり王様を目覚めさせることはできなかった。そこで、城の識者達と改めて知恵を絞り出し、夢の中まで大音声を轟かす特別な銅鑼を作らせて、その音で、ねむり王様を起こして差し上げることにしたのじゃ――」
 大臣がサトルを連れてきたのは、地下の大きな広間だった。
 壁も床も、白い大理石に覆われた広間のまん中には、古ぼけた木の扉がぽつんと建てられていた。扉の周りには、やはり白い大理石でできた太い円筒形の柱が、扉を中心にして、互い違いに輪を描きながら、放射状に建っていた。
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夢の彼方に(58)

2016-04-11 23:54:14 | 「夢の彼方に」
 水槽から体を半分乗り出しながら、宙に浮かんでいるのをいいことに、広いテーブル中に置かれた料理を、次々とつまみ食いするようにかじりついていった。
「――トッピー、行儀の悪い真似やめなよ」と、顔を赤くしたサトルが、小声で言った。
 ちゃんとした食事は、砂漠の町を出てから一度もしていなかった。旅をしながら、ほとんど干しイモだけでがまんしていたサトルは、テーブルの中央に近い椅子に座ると、ランドセルを足下に降ろして、給仕の人が、飲み物を持ってきてくれるわずかな時間も待ちきれず、お腹をすかせた獣のようにガツガツと料理を頬張り始めた。
 次々と席を移りながら、サトルはお腹がパンパンになるまでたらふく料理を食べると、「ごちそうさまでした……」と満足そうに言って、溢れてくるゲップをがまんしながら、椅子の背もたれにどっかりと体をあずけた。
「どうでしたかな? お城の料理は、お気に召していただけましたか――」と、テーブルの端の席に座っていたパフル大臣が、サトルとトッピーに聞いた。
 二人とも、声も出せないほど苦しそうにうなずいた。
 満足そうに微笑んだ大臣が、お茶の入ったカップを口に運びながら言った。
「それでは、少し休んでから、お城の中を見て歩くことにしますかな……」
 椅子に腰掛けたまま、満腹になった心地よさで、ついつい眠気に誘われ、うたた寝をしてしまったサトルは、トッピーの声で目を覚ました。
「おい! いつまで寝てるつもりだよ。グズグズしてたら、元の世界に帰れなくなっちゃうぞ――」
「まぁまぁ……」と、大臣が声をひそめながら、トッピーをなだめるように言った。
 サトルは、ぼんやりと焦点の定まらない目を開けると、独り言のように言った。
「ごめんなさい……」
 眠い目をこすりながら、サトルはふらふらと席を立った。
 パフル大臣の案内で、サトル達は城の中を見て歩いた。廊下が広く、天井も高かった。床には、ふかふかの絨毯が敷かれ、壁も天井も、多くの絵画や装飾品で埋め尽くされていた。たくさんの部屋があって、中に入らせてもらったどの部屋にも、それぞれのテーマに沿った装飾が施されていた。ほかの部屋はどうなっているのか、サトルは興味を覚えたが、駆け足ですべての部屋を見ることは、とうていできなかった。
 城の中を足早に移動しながら、サトルはひとつだけ、奇妙に思ったことがあった。広い城にもかかわらず、ほとんど人がいないことだった。大臣はなにも言わなかったが、どこもかしこもガランとしていて、城中の人達が、なにかしらの行事に参加するため、全員出払っているかのようだった。
 サトル達は、城の中央にある広間に戻ってきた。一階まで延びる階段が、ゆるりと弧を描くすべり台を思わせた。段差の低い階段を降りていくと、手すりの横の壁には、大小様々な大きさの額に入れられた肖像画が、所狭しと掛けられていた。大臣に聞くと、描かれているのは、歴代のねむり王とその家族の肖像画だという。中には、サトルが出会ったねむり王とそっくりな絵が掛けられていて、サトルは思わず指を差しながら、頓狂な声を上げてしまった。
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夢の彼方に(57)

2016-04-11 23:52:07 | 「夢の彼方に」
 サトルは、巨人が現れそうなほど大きな門に近づくと、ピタリと閉じられた重々しい扉を、ドンドン、ドンドン、と力をこめて叩きながら、「開けてください!」と、何度も大きな声で叫んだ。
 ガチャン、ガチャチャン……と、硬い鉄の錠が外される音がして、扉の横の小さな扉が不意に開き、銀色の鎧を着た門番が、ヒゲの生えた顔をにょきりと外に突き出した。
「――サトル君、かね?」
 サトルは、門番の顔を見ると、黙ってうなずいた。
 門番は、いぶかしげな面持ちでサトルをためつすがめつして見ると、さっと顔を引っこめてバタンと扉を閉め、すぐにまた開けると、サトルを手招きして、扉の中に入れた。
 扉をくぐると、中央に噴水がある大きな広場になっていた。広場の向こうには、互い違いの塔を山の形にいくつも束ねたような城が建っていた。城の入り口は、広場を真っ直ぐに進んだ奥に見える、小高い階段をのぼったところにあった。
 物珍しげにキョロキョロと辺りに目をさまよわせながら、サトルは広場を抜けて、城の入り口に向かって歩いていった。中央の噴水を過ぎた頃、白髪頭の男の人が、シーツを頭から被ったような長い着物を翻して、階段を小走りに駆け下りて来るのが見えた。
「おっ、なつかしいなぁ……」トッピーが、こちらに駆けてくる男の人を見ながら、つぶやくように言った。
 白髪頭の男の人は、息せき切って走ってくると、サトルに言った。
「待っていたよ、サトル君。そちらは、金魚のトッピー君だね。わしは、大臣のパフルじゃ――」パフル大臣は右手を差し出すと、サトルと握手をした。
 ひょろりと背の高い大臣は、真っ白い髪を肩まで伸ばしていた。にっこりと、深いしわを浮かべてうれしそうに微笑む顔は、けれど瞳の奥だけが、どこか悲しげに見えた。
「ガッチと風博士から、サトル君のことは聞いておる。長旅で、さぞ疲れているだろう。まずは腹ごしらえじゃ。ご馳走をたっぷり用意させておるから、遠慮せず、たくさん食べてくれたまえ――」
「ガッチが来てるんですか?」と、サトルは歩きながら大臣に聞いた。
「ああ、君のことを真っ先に知らせてくれたのは、彼じゃよ」と、大臣は笑いながら言った。「食事が終わったら、お城の中を案内してさしあげよう。ガッチには、その時再会できるじゃろう」
 サトルは、「はい!」とうれしそうに返事をした。
 城の食堂は、学校の体育館ほどの広さだった。中央にどんと長いテーブルが置かれ、数えるのもイヤになるほど、多くの椅子がぴったりと向かい合わせに並べられていた。サトルが扉を開けると、手前の壁に沿って並んでいた城の人達が、「いらっしゃいませ――」と、うやうやしくお辞儀をした。
「うわー」と、サトルは思わず声をもらした。テーブルの上には隙間もないほど、色とりどりの料理を盛りつけた器が並べられていた。
「どこに、座ればいいの……?」と、サトルは帽子を脱ぎながら、近くにいた女の人に聞いた。
「どこにでも、お好きな席におかけください――」
 サトルがちらりと大臣の顔を見ると、パフル大臣は黙ってうなずいた。
「いただきまーす」と、真っ先に食事に手をつけたのはトッピーだった。
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夢の彼方に(56)

2016-04-11 23:51:09 | 「夢の彼方に」
         9
 サトルは、絵の中の道を歩きながら、ニセモノだった町に迷いこんでしまったことを思い出していた。
 どこを見ても、自分が住んでいる町とそっくり同じだったが、高く見える空は低く感じ、遠いはずの建物は近くに感じた。目にしている町は、キャンバスに描かれた絵のように平面的で、奥行きがなく、重量感もなかった。見慣れた人達もどこかふわふわとしていて、あらかじめ決められた型どおりにしか動くことができず、浮かべる表情も一様で、影が薄かった。
 絵の中の道も、見た目は、小石を固く敷き均したような細い道だった。しかし、固い地面だと思って踏み出した足が、グニャリとくるぶしに届くほど深く沈みこんだ。大きくよろめきながら足を進めると、周りの景色が沈んだ地面にグイッと引っ張られた。空に浮かんだ白い雲が、歩くたびに長く尾を引くと、また弾んで元に戻った。森の奥に見える青い宝石のような湖も、親切な男の人が言っていたとおり、ため息が出そうなほどきれいだったが、道を歩いてどんどん湖面が近づいてきても、遠くから見えていた景色に何の変化もなかった。さざ波ひとつ立てない湖面は、森の木々に囲まれて、ただ青く映え、凍りついたように動きを止めていた。
「ハハハッ、サトルもやって見ろよ、ボヨンボヨン弾んで面白いぞ――」と、トッピーが高いところから地面に落ちて、反動でまた飛び上がりながら言った。
「やめなよトッピー……」サトルは立ち止まって振り返ると、怒ったように言った。「絵が破れたらどうするのさ。もしかしたら、絵の向こうに青騎士がいるかもしれないんだよ」
 トッピーが、金魚鉢を逆さまにしたまま動きを止め、ブクブクと泡を吹きながら、しょぼくれたようにサトルの後ろについていった。
 キャンバスに描かれた道は、限られた大きさの中で、遠近感を巧みに利用して表現されていたが、実際に絵の中へ入りこむと、城までの道のりは、見た目よりもずっと短かった。森の中に見え隠れしていたねむり王の城が、ずんずんと、ひと足ごとに大きさを増し、その城壁を見上げるほど近くまで、難なく歩いて行くことができた。
 三角形の屋根を、笠のように頭に乗せた白い塔が、いくつも背くらべをするように建っていた。絵に描かれた石積みの高い城壁が、目前に迫ってきた。くっきりと、太い木目をいく筋も浮かべた大きな門は、ぴったりとかたく閉じられていた。
「ウッ……」と、城に到着する直前、サトルは、水の中に顔をつけたような違和感を感じ、とっさに目を閉じながら、喉を詰まらせるように息を飲みこんだ。
 踏み出した足が、ずしりと急に重くなった。勢いこんで、思わず前のめりによろけたが、倒れるより早くあわてて足を小刻みに進め、かろうじて立ち止まった。柔らかだった道が、急に硬く変わった。敷き詰められた小石が、ジャリッと音を立て、固い粒々の感触が、足の裏から伝わってきた。驚いて振り返ると、なにもない空間から、スポンとトッピーが飛び出してきた。後には、丸く波紋を描くような陽炎がゆらゆらと揺らめいて、すぐに消えてしまった。見えない壁を越えて、絵の中から抜け出したようだった。目の前には、本物の城壁に囲まれた堅牢な城が、山のように聳えていた。
「とうとう来たな、サトル――」と、トッピーがねむり王の城を見上げながら言った。
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よもよも

2016-04-11 06:24:04 | Weblog
なんとも、

週末、札幌で研修会があったりしてバタバタしてたんだけど

天気の様子見て車のタイヤ交換するぞって

息巻いてたりして。

だけど家の中にいても様子が変なんで

外から帰ってきたらと思ってたら

いやに寒い。。

今にも雪が降りそうな風の冷たさで、

まさかとは思いつつ

すんでの所で思いとどまって交換しなかったら

深夜から天気予報に雪のマークがつき始めて、

どうも交換し無くって助かったらしいわ。。

コロコロ変わる天気はもういいわ。
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