「ぼくは、一度も行ったことがないんだけどね。この絵を見ていると、ねむり王様の城は、とっても青くて澄んだ湖のほとりに建つ、まぶしいほど白くて美しいお城なんだなって、手に取るようにわかるよ」
絵には、たっぷりと水をたたえた青い湖と、森に囲まれた白い城が描かれていた。地面の起伏に沿って、うねるように延びる一本の細い道が、城に続いていた。サトルは、見上げるように絵を見ていたが、湖のほとりに近い森に小さな女の子が描かれているのを見つけた。目を凝らしてよくみると、髪の長い女の子は、胸の前で祈るように両手を組み、、湖に負けないくらい青い空に向かって、歌を歌っているようだった。
トッピーが、大きな絵の隅から隅まで、何かを確かめるように見ていると、振り返ってサトルに言った。
「間違いない。これは、ねむり王様の城だよ」
案内してくれた親切な男の人にお礼を言うと、サトルとトッピーは、男の人が戻っていった後も、絵の前に立ったまま、どうすればいいのか考えていた。
「この絵の中の道が歩けりゃ、王様の城はもう目と鼻の先なんだけどな……」と、トッピーがため息混じりに言った。
「ひょっとすると、風博士はこの絵があるのを知っていて、ぼく達をこの町に来させたんじゃないのかな? だったら――」
サトルは言うと、背負ったランドセルを下に降ろして、中から物語をかなえる本を取り出した。
「また、失敗しちゃうかもしれないけど――」と、サトルは自信なげに言った。
「ここまで来たんだ、思い切って試してみようぜ」と、トッピーが不安を打ち消すように言った。
サトルは力強くうなずくと、ランドセルを背負って、両手で物語をかなえる本を持ちながら、胸の前で腕を伸ばした。心を落ち着かせるように目を伏せ、何度も暗唱するように短い言葉をつぶやくと、サトルはパッと目を開け、絵に向かって大きな声で叫んだ。
「絵に描かれたねむり王様の城に続く道が本物になると、サトルとトッピーはその道をズンズン歩いて、ねむり王様の城に行くことができた」
物語をかなえる本が、金色の光を迸らせて、まぶしく輝きだした。本を手にしたサトルの姿が、すっぽりと光の中に包まれて、見えなくなるほどだった。大きく膨らんだ光は、ゆっくりと明滅しながら勢いを失い、泉のように湧き出していた光は、本の中へ静かに消えていった。
ねむり王の城を描いた絵には、どこにも変わったところがないようだった。
サトルは、絵に人差し指を伸ばすと、ツンと探るように指先を当てた。絵の表面が、プルルンと波打つように揺らめいた。もう一度、今度はゆっくり触れていくと、やはり絵がプルルンと揺れ、絵の中にスッと指が入りこむと、コップの水に入れた棒のように指が屈折して見えた。
もしかしたら、とサトルは絵に描かれた道の前に立つと、恐る恐る伸ばした足先から、少しずつ絵の中に入っていった。
「やったぜ、サトル――」喜んだトッピーは、何度も弾むように宙を飛ぶと、サトルに続いて絵の中にスポンと入りこんだ。
絵と一緒になったサトルとトッピーは、ねむり王の城に延びる道を、急ぎ足でどんどん進んでいった。